6.後悔ばかりの恋だった






 ぎしぎしと奥歯を噛み締め、轟々と吹き荒ぶ風に鈍色の髪を嬲らせて、男は眼下に広がる暗い森
 
を見下ろす。

  夜の光に照らされて、深緑を通り越して既に黒に近い森からは、木の葉が風によって擦れ合う激
 
しい閃きの音が舞い上がっている。

  枝から引き千切れたまだ青い葉が、幾つも視界の前を通り過ぎていった。



  暗い森の中、一際黒々とした影が聳え立っている。その周囲だけは忙しなく赤い光が不吉な人魂の
 
ように行き交っている。

 それはきっと、彼を追いかける兵士の持つ松明だ。



 王殺しの罪を負う勇者が、激しく身を捩ってあの閃光から逃げ惑っている。



 ストレイボウは、その様子を思い浮かべ、そのあまりの滑稽さに唇を歪めた。
 
  勇者と皆から崇め奉られていた彼が、今、貶められて虐げられている。その鮮やかな移り変わりは、
 
 もはや喜劇だ。
 
 何せ、彼の敬われ方は、誰よりも彼の傍にいたストレイボウが良く知っている。誰よりも傍にいて、
 
誰よりも彼と比較されてきたのだ。知らぬはずがない。

  そして彼は知らないのだ。

  ストレイボウがその事でどれだけ苦しんでいたか。



  せめて、彼がストレイボウの事など歯牙にもかけなかったなら。

  何の感情も抱かずに路傍の石に対する興味しかストレイボウに向けなかったなら。

  或いはストレイボウが彼から距離を持つ事が出来たなら。

 長じるにつれ、徐々に親しいものが移り変わっていくように、ストレイボウと彼もそんなふうに
 
変わっていき、疎遠になっていったなら。


 
  けれど彼がそれを許さない。

  彼が隣にと望むのは、いつだってストレイボウだった。

  ストレイボウ以外の人間など隣に立たせるつもりなどないかのように。

  そんなふうに求められたら、ストレイボウには拒めるはずがない。

 

  拒む事が出来ぬくらいに近くに在り過ぎた存在から逃げるには、もうこうする以外に手がなかっ
 
たのだ。


 
 縋るお前の指を外せるはずがない。

 だから、こうやってお前ごと壊すしかない。



 ああ、憎め恨め。 
 
  俺もお前を憎んでいる。

  こんなふうに、お前を裏切る事でしか、お前から離れられないくらいに。
 
 

 それほど、