3.たどたどしい恋だった




  いつもは派手な音を立てているハーレーが、ぎりぎりまでそのエンジン音を落として、チビッコハウスの前
 
 にやってくるのが見えた。

  しかしハーレーは、チビッコハウスの前まで来る事なくその手前で停止し、そこで運転者を降ろした。

  子供達の眠りを妨げぬようにと、不器用な男の気配りに妙子は小さく笑った。


  無法松と呼ばれる男がチビッコハウスに寄付金を持ってやってくるのは、いつだって日が暮れて子供達が眠
  
 りに落ちる頃だった。チビッコハウスで行われるイベントの手伝いには、普通に昼間にやってくるのに、寄付
 
 金を持ってくる時はいつも夜遅くになってからだ。


 「夜遅くにすまねぇな。」


  大きな身体を恐縮したように縮こませる彼に、園長も妙子も何度も昼に来たらどうかと言う。昼間ならば、
  
 子供達も皆起きていて無法松が恐縮する必要はないし、子供達も喜ぶだろう。

  しかし、無法松は頑として首を縦に振らない。

  もしかしたら、以前その風貌から職業にあらぬ疑いをかけられ、出入りしているチビッコハウスにまでおか

 しな噂を生んでしまった事を気に病んでいるのかとも思ったが、話を聞けばそうではないらしい。

  確かに昼間のイベントの手伝いにやってくる所を見れば、自分の風体を気にしているわけではない事が分か
  
 るし、どうやらあらぬ噂をぶちまけた犯人達には『俺自身についてどうこういうのは勝手だが、関係のない奴
 
 らまで巻き込むんじゃねぇ』と一喝して解決したようだ。


  では、何故。


 「子供が、金の事で気を遣っちゃいけねぇ。」


  自分が寄付をしているところを見られて、子供達が気にするのが嫌なのだという。

  真面目な顔をしてそう告げる男は、巷で恐れられている『無法松』の顔からは程遠い。

  思わず妙子が笑ってしまうと、笑い事じゃねぇ、とそっぽを向かれてしまった。

 

  そして今日も彼はハーレーを押して、ライトも消して、チビッコハウスにやってくる。
  
  その様子を見て、出迎えなくてはと玄関に向かいながら、これが自分を迎えにきてくれたのなら、と思う。


  攫って欲しいとは思わない。

  妙子はこの場所を愛している。

  それは無法松も同じはずだ。

  だが、自分を迎えにきて、少しの間だけ二人だけしかいない夜の下に行く事が出来たなら。



 

 「夜遅くにすまねぇな。」

 
  出迎えると、いつものように男は低い声で挨拶代わりの言葉を告げ、そっと寄付金を手渡す。

  そして、ほんの少しチビッコハウスの奥を気にするような素振りを見せる。この男が気にしているのは、や
  
 っと此処に慣れ始めた兄妹の事だ。


 「アキラもカオリも大分慣れてきたみたい。友達も随分出来たわ。」

 「そうか。」

 「上がって行かないの?お茶くらいなら出せるけれど。」
 
 「いいや、子供達を起こしちゃいけねぇ。」


  そう言って背を向ける男の姿はいつもの事だ。

  それに一抹の寂しさを覚えながらも、妙子は努めて普段通りに接する。


 「今度は昼に来てあげて。みんな喜ぶわ。」

 「おう。」


  交わされる言葉は短い。

  視線が絡むのも一瞬だけ。

  そこにどれだけの想いが詰まっているかなど。


 「じゃあな。」

 「ええ。」 


  別れの言葉はいつも無法松からだ。
  
  妙子はそれに頷くしかない。

  ゆっくりと視線が外れる。

  光と闇の間でだけ交わされる逢瀬は、黄昏時のようにあっと言う間に終わる。

 

  そして、男は女を光の中に残して、闇の中に消えていった。