1.夢にまでみた恋だった
広場に人が集まる。
国王が住まうという城の前に広がる、国中の人が集まる事が出来るんじゃないかと思うくらい大きな広場だ。
行商が珍しいものを広げたり、子供達が遊んだり、戦が近い時は兵士達が行き交ったりする、
ルクレチアで一番、人が集まりやすい場所だ。
その場所に、今、国中の人が挙って集まっている。
みんな一様に首を精いっぱいに捩じって、天を仰いでいる。
痛むほどに曲げられた首は、けれども一向に飽きる事なく天を振り仰いでいる。
皆が見上げている空は、神々しいくらいに突き抜けて、青い。
何よりも青く深く、何もかもを吸い込みそうなほど、強い青。
けれど、みんなが見ているのは、そんな天を支配している青じゃない。
ずっと視線が集まっているのは、王宮から突き出たバルコニー。
王族が、唯一、庶民の前にその姿を見せる場所。
そして。
歓声が上がった。
赤い垂れ幕が下がったバルコニーの両脇に、物々しく甲冑を着込んだ兵士達がずらりと立ち並ぶ。
その中央に、ゆっくりと姿を見せたのは、白い髭を厳かに流し灰色の髪に金の宝冠を頂いた、現ルクレチア国王だ。
そして、もう一人。
その脇にそっと佇む、菖蒲を思わせるほっそりとした身体。
緩やかに肩へと落ちる紫紺の髪が、例えようもなく美しい。
まるで絵画の中から抜けだしたような、いや、絵画で描く事は不可能な色合いに満ちた少女。
恐らく、誰しも一度は想像した事があるだろう、御伽噺に出てくるお姫様そのもの。
ルクレチア王女、アリシア。
彼女のほっそりとした手が、彼女の国民達に向かって、そっと振られる。
その瞬間に歓声が更なる波となって巻き起こる。
そう、その時に、私は彼女に恋をした。
「優勝者!オルステッド!」
怒鳴り声に近い勝利を確定するそれに、喜びを噛み締める。
吹き荒れる紙吹雪と、勝利を称える賛辞の声の向こう側に、あの時見た白い菖蒲のような姿があった。
紫紺の髪はいよいよ美しくなり、唇は朱を引かなくても柘榴のようだ。
その瞳は髪と同じ紫紺で、そこに星屑をまぶしたかのような光が輝いている。
少女だった身体は、いつの間にか若々しく育っており、今まさに花開こうとしているようだった。
「見事な戦いぶりでした。」
初めて聞く声は、銀の鈴。
あの日から、ずっと耳にしたいと願っていた声は、何度も想像していた以上に麗しかった。
その声が、この胸を、ゆっくりと熱くさせる。
「これからは、父よりも誰よりも、貴方を、信じます。」
ああ、何よりも、誰よりも、それを、願っていた。