05: 無敵艦隊の輪舞曲







 こら、いつまで起きているつもりだ。
 子供はもう寝なさい。
 それに明日は母さんの手伝いをする約束だっただろう?
 寝坊して怒られても知らんぞ。


 ………………ん?なんだ、それは………? 

 

 ……………。


 
 ああ…………!懐かしいな。一体どこで見つけたんだ?
 
 何?お祖父さんの古い引き出しから?

 ああ、屋根裏部屋に埋もれていた、あの古い机か。
 そうだな………、あの机は昔、お祖父さんが仕事用に使っていた机だったっからな。
 きっと、お祖父さんが閉まったまま、忘れてしまったんだろう。

 うん?これは何かって?
 見ればわかるだろう?

 そうじゃない?
 何に使ったのかって?
  
 何にもないだろう。
 こんなもの使い道など一つしかないじゃないか。


 え?何をして取り上げられたのかって?


 …………違う違う。
 残念だが、お前の想像しているような事はないよ。
 どうせ、父さんがいたずらにこれを使って、お祖父さんに取り上げられたと思ったんだろう。
 残念ながら、その予想は外れだ。
 だいたい、父さんはお前くらいの頃には、そんな玩具からは卒業してしまったからな。 
 多分、あの後お祖父さんが放り投げられたそれを拾って、そこに仕舞ったんだろう。 


 …………あの後?
 何があってこの玩具で遊ばなくなったのかって?
 

 ……………。


 …………ずっと、昔の話になるな。

 父さんが、お前よりも小さかった頃の事だ。 


 え?

 聞きたいって?
 
 ………明日は早いんだろう?



 ………仕方ないな。

 明日、ちゃんと起きるんだぞ。
 あと五分、なんてぐずるなよ。
 わかったわかった。
 まったく返事だけはいいんだから。
 

 
 ……………。

 
 
 ……お祖父さんが、保安官だった事は、お前も知っているだろう?
 今はもう、引退してしまったけれど。
 これはお祖父さんが、まだ保安官をしていた時の話だ。








 あの頃は、この街―――サクセズタウンはもっともっと小さかった。
 ヴェイン・ホテルだって、ホテルなんて大層な名前じゃなくて、小さな安っぽい宿屋だった。
 クリスタル・バーも、今じゃ若者が大勢集まる賑やかで大きな酒場だけど、その頃はマスターとその妹の二人でやっている酒場だったんだ。
 ちょうど、ゴールドラッシュが通り過ぎたばかりだった事もある。
 サクセズタウンでは金銀の夢がなくなって、一気に人が街を捨てて、街は急速に寂れた。

 そんな時代だった。

 
 どうだ?そんなの、想像できるか?

 ああ……わかった、さっさと話をしよう。





 とにかく、この街は父さんが子供だった頃、寂れた街だった。
 周囲は乾いた荒野ばかりで、近くの街にいくにも馬で三日はかかる。
 何の楽しみもない、そんなつまらない街だった。


 でも、それだけじゃあなかった。


 金銀があると考えられて、正しくゴールドラッシュの名前に相応しく人を呼び込んだこの街は、夢が消えた後も金の幻想だけは消えなかった。

 それをどこで嗅ぎつけたんだろうな。


 
 忘れもしない。



 ………スー・シャイアンに殲滅された第七騎兵隊の生き残りが、落ちぶれた姿となり金を求めてこの街にやってきたのは、珍しく激しい雨の降る夜だった。

 子供だった父さんは、ベッドのある部屋の小さな窓から、奴が暴れ馬に乗って泥のようになった道を蹴散らすのを見ていた。



 あっと言う間だったよ。



 奴が――O.ディオが肩に担ぐガトリング銃が、夜の中で赤い火花を散らした瞬間、轟音と共に家々の窓硝子や壁が粉々に砕け散った。
 あちこちで悲鳴が上がり、少しでも裕福そうな家は奴と、その手下達――クレイジー・パンチの餌食になった。
 僅かな蓄えは残らず搾り取られ、若い女性が攫われた家もあった。
 そして街の住人の何人かは、その初めての襲撃の際に命を落とした。


 奴らは寂れた街だからって容赦はしてくれなかったよ。


 よく覚えている、ディオの高笑いを。
 完膚無きまでに恐怖を植え込んで、奴は嗤ってこう言った。

 この街の金は全て俺の物だ、と。

 この街の全ては俺の物だ、とね。


 それは奴らクレイジー・パンチがこの街から手を引かない事を意味していた。
 奴らの蹂躙がまだまだ続く事をね。
 金など街のどこにも残っていないのに、そう言っても、奴らはこの街を支配する事を選んだ。
 金なんかよりも一つの街を思うがままにする事に喜びを覚えたのかもしれないな。
 人間の最も醜い部分を奴らは剥き出しにして、この街を襲撃し、色んなものを奪い去っていった。

 

 ――――お祖父さんはどうしてたのかって? 



 そう、父さんも思っていたよ。



 保安官であるお祖父さんが、何故、奴らを野放しにしておくのかって。
 保安官なら街を守るはずなのに、どうして奴らの言いようにさせておくのかって。



 でも今思えば、お祖父さんが奴らを倒そうと声を上げたところで、誰もついてこなかったんだろうな。
 最初の襲撃で街の住人は奴らに対する恐怖を叩きこまれてしまっている。
 それでも当初は抵抗しようとした人もいたけれど、そういう人達は全員殺されてしまった。
 そうなると、街の皆も諦めてしまってね。
 変に奴らに刺激を与えて奴らの怒りを買ってしまえば、それこそ自分だけでなく街全体の命が危ない。


 結局、お祖父さんだけじゃなく、街の誰も奴らに抵抗できなかった。


 ………でも、当時はそんな事理解できなかった。
 街を守る保安官が戦わないなんて、父さんには許せなかったよ。
 その事でよくお祖父さんとは喧嘩した。
 散々お祖父さんを詰ったなぁ……………『臆病者!』って。

 そう、それでお祖父さんが何もしないのなら自分が街を助けようとして、酒場のアニー―――ーお前も知ってるだろ?
 ああ、クリスタル・バーの女将さんだよ――――アニーに絡んでいる、クレイジー・パンチの一人に突っかかった事もあった。


 酒場にいる人達は皆、見て見ぬふりをしていたから、つい、な。



 で、勝てたのかって?

 

 勝てた、と言ってやりたいところだが、お前も勝てたなんて思っちゃいないだろう。
 ………そういう顔をしているぞ、負けたんだろうって顔を。

 ああ、お前の想像通りだ。

 思いっきり頭を掴まれて投げ飛ばされたよ。
 


 …………ああ、そうだな。


 よく殺されずに済んだと思う。


 父さんは………この街は、とてつもなく運が良かったんだろう。
 あのままだったら、この街は今も奴らの支配にあって、ずっと寂れていただろう。
 そして父さんもいつか、奴らに殺されていたかもしれない。



 じゃあ何故、今この街が奴らの支配を受けずこんなに発展できたのか。


 きっかけは、今話した、父さんがクレイジー・パンチの一人に投げ飛ばされた事にある。


 奴らの一人――パイクに投げ飛ばされた父さんは、ちょうど、偶々この街を訪れていた旅人にぶつけられる格好になってしまった。



 古びた帽子を深く被った、砂色の髪と青い眼が印象的な、壮年の男の人だったよ。



 父さんがその男の人にぶつかったのを見て、馬鹿にするつもりだったんだろうな、パイクは彼に絡み始めた。
 いくつもの侮蔑したような言葉を並べて、その男の人の反応を楽しもうとした。

 でも、その人はね、パイクなんて全く相手にしなかった。

 小馬鹿にした言葉も、態度も、飄々として受け流していたよ。

 それで結局パイクがその人のそんな態度に腹を立ててね、銃を抜いた。
 そう、たったそれだけの事で銃を抜いたんだ。


 勝負は一瞬だったよ。


 パイクの銃はその人の放った銃弾によって遠くに弾き飛ばされて、パイクは捨て台詞と共に去って行った。



 その人がディオを倒したんだろうって?

 …………まあ、そうなんだけどな、要は。

 でもそんな簡単に事が運ぶはずがないだろう?

 どれだけその人が強くたって、クレイジー・パンチは大勢いる。
 一人で敵うはずがない。


 じゃあどうしたか。


 簡単な事だ。その他大勢の手下達は、罠にかけてしまえばいい。
 人数を減らせば、その分勝ち目も増える。
 だから、街のみんなで手分けして罠を仕掛けたってわけだ。
 
 その玩具は、罠の一つさ。
 父さんはそれでクレイジー・パンチの一人を馬から打ち落したんだ、すごいだろう?




 え?怯えていた人達がそんな簡単に罠を張ろうなんて考えるのかって?



 ………………。
  
 ………ああ、その通りだ。

 父さん達は、最初、その人がクレイジー・パンチを倒してくれると思っていた。

だって、父さん達じゃ何も出来ないだろうからな。



 けど、それを許さない人がいたんだ。






 ………父さん達が助けを求めた人―――その人は実は賞金首だった。

 その首に掛けられた賞金は5000ドル。  
  
 そして、その賞金を狙って彼を追いかける賞金稼ぎがいた。


 黒い髪の若い賞金稼ぎでね、強い光を持った黒い眼を良く覚えているよ。


 その賞金稼ぎは、その日も賞金首を追いかけてこの街にやってきた。
 そして、パイクを倒したばかりのその人に決闘を叩きつけたんだ。

 うん、お前は決闘なんて見た事無いだろうけど、当時はこの街でもそういう事があったんだ。

 決闘の場所はクリスタル・バーの前、背中合わせに五歩進み、次の瞬間、互いの銃が引き抜かれ………。



 その時の興奮といったら!いや、興奮なんて言葉じゃ語れないな。


 二人が狙ったのは相手の心臓なんかじゃなかった。
 物陰にこそこそ隠れていたクレイジー・パンチの二人だった。
 二人にはそれが見えていたんだろうね。
 そして互いがそれに気づいていた事も分かっていたんだろう。


 賞金首と賞金稼ぎという正反対の位置にいる二人なのに、互いの事を分かりすぎている節もあった。


 きっと、それだけ長い間、生死のやり取りをしてきたんだろうなぁ。




 そう、だからかもしれない。




 若い賞金稼ぎが父さん達に、他人任せで終わるつもりか、と言ったのは、

 もしかしたら、賞金首である男に、何もかもを背負わせないようにするためだったんじゃないだろうか?

 うん、父さん達に罠を張れと言ったのは、その賞金稼ぎだよ。
 
 今にして思えば、彼の言葉のおかげで、父さん達は臆病者にならずにすんだんだ。

 彼は、そこまで考えていたんだろうか?

 いや、きっと、そこまで深い意味はなかったんだろうな…………。







 ただ、二人ともとにかく格好良かった。
 街の若い男なんか、どちらかにアニーが盗られるんじゃないかって心配してたな。

 ………お前な、アニーは昔は美人だったんだぞ。

 まあ、とにかく、街の男達が嫉妬するくらいに格好よかったって事だ。

 尤も、あの二人は恋人やそういった存在を作っても、無駄だったんだろうな。
 どう考えても、あの二人は互いの存在が一番だったから、恋人を作っても結局はそれを一番の存在にはできない。






 
 ……ああ、でも、本当に不思議な二人だった。

 二人とも、本当に強かったんだ。
 クレイジー・パンチのうち誰一人として――ディオでさえ、彼らには敵わなかったんだから。

 二人の共同戦線は、何と言うんだろう。
 まるで、別個体なのに一つの意志に従って動いているようだった。

 銃撃戦で一番恐ろしいのは味方の銃弾に撃たれてしまう事だ。
 けれど二人とも、ほとんど無造作に動いているようにみえて、互いの弾道は分かっているように見えた。



 互いの気配、癖。眼を閉じていても分かるんじゃないのか、そう思うくらいに。



 ああ、相手の行動を推し量るなんて事、しているようには見えなかったな。

 思いやるだとか、そんな事は必要ないくらい、知っていたんじゃないだろうか?



 クレイジー・パンチは、ディオの統率がとれているように見えても、結局、ならず者が一時的に身を寄せ合ったにすぎない。
 そんな奴らが、あの二人に敵うはずがなかったんだ。






 でも、それでも二人は、やっぱり共に在る事はできなかったんだろうね。



 どれだけ互いの事を分かり合っていても、認め合っていても、あの二人は相反せざるを得なかった。

 二人でこの街を救ったのに、二人でいる時は自分の事のように相手の事が分かっていたのに、少しも馴れ合おうとはしなかった。




 どうしようもないくらい雁字搦めになるほどの絆で結ばれているのに、その絆はぴんと張り詰めていて触れる事を躊躇う――そんな二人だったよ。





 そんな二人を見たせいかな?

 この玩具は彼らと一緒にクレイジー・パンチを倒した思い出の品だけれど、そう思えば思うほど、これで遊ぶ事はできなくなった。
 玩具とは言え、人を撃つ事に遊びで挑んではいけないような気がしてしまったからね。
 父さんの中で、とても重いものになってしまったんだ。


 

 ん?

 その二人はその後どうなったのか?





 それは父さんにもわからない。


 それぞれの噂は時々聞いたんだよ。   
 どこかのならず者を捕まえたとか、そういう類の噂は。
 でも、二人の間に何らかの決着がついたとかいう話は聞いた事がない。
 勝ったとか、負けたとか、そんな話は今の今まで聞いた事がない。









 どうなったんだろう、あの二人は?

 背中合わせになる事は躊躇わないのに、手を取り合う事ができない彼らは、結局、何処にも着地できなかったんじゃないだろうか?

 少しずつ変わっていく荒野で、あの二人も変わっていく事が出来たんだろうか?







 ……………。







 ああ、もう、こんな時間か。


 さあ、もう寝なさい……………。 

















 少年は暗い窓の外を見て、昔、この街で起きた出来事に想いを馳せる。 

 
 飛び交う銃弾と、怒号と、そしてその中で軽やかに舞う二つの影。


 彼らは自分達に決着をつけたのだろうか。 
 
 どちらかがどちらかの心臓を撃ち抜く事に耐えられただろうか。



 共にあればこの荒野を制する事もできただろうに、抱き合う事は出来ずに、背中合わせになる事しか出来ない。


 その、悲劇と幸いを併せ持ったような関係を、どちらか一方を消してしまう事で、終わらせたのだろうか。





 それとも。





 ―――――彼の腕が遂に鈍ったのか―――――

 ―――――彼の腕が遂に追いついたのか―――――






 互いで互いの心臓を撃ち抜いたのだろうか。 
 


 この荒野のどこかで、満ち足りて。











Rondo of the Invincible