人生を最大級に謳歌しているであろう賞金稼ぎに、銃を突き付けられた。
 口元に皮肉げな笑みを湛え、その背中に目一杯の青空を負い、短い黒髪の先端は陽の光を戴いて微
かに白い。
 何一つとして己の成すべき事に迷いのない姿に、サンダウンは目の前に銃口が真っ黒に開いている
にも拘わらず、眩しいものでも見るかのように眼を細めた。それは一見すれば、老人が幼子を見る眼
差しに似ていたかもしれない。
 銃を突きつけていた賞金稼ぎも、サンダウンの眼差しに慈しみに近くて、されど全く別種の色合い
に気が付いたのか、口元に刷いていた笑みを消して、怪訝な顔をした。
 なんだよ、と低く端正な声が耳朶を打つ。
 荒野には珍しい、訛りの少ない声音に、サンダウンは耳を済ませた後、問うた。

「お前は、仕事で誤りを犯した事はないのか。」




 隻手音声





 しまった、と思った時にはもう遅かった。
 先程、サンダウンの後を尾行していた賞金稼ぎを一人、撃ち殺した。目の前にいる賞金稼ぎとは似
ても似つかない。冴えない男だった。
 年の頃は、サンダウンよりも少し若いかもしれないが、死に顔は酷くくたびれており、もしかした
ら実年齢よりも老けているかもしれない。疲れ切った顔に、身に着けている服は薄汚れており、裾も
男の身体に合っていない。腰のホルスターも今にも千切れてしまいそうで、銃もほとんど手入れがな
されていないようだった。
 と、此処までは別に賞金稼ぎの風体としては珍しくもない。賞金稼ぎをやっているような人間と言
うのは、大半は食うに困った、ならず者と紙一重のような連中ばかりだ。ろくな働ぎ口もない故に、
命を懸けるような仕事をする羽目になっている。
 目の前の賞金稼ぎのように、他にも仕事はあるだろう、と言いたくなるほど小奇麗な姿形をしてい
る者など、本当にごく一部だ。
 だからといって、サンダウンがみすぼらしい男に同情してやる必要は何処にもない。いや、腹の底
では確かに同情しているし、哀れだとも思う。
 だが、同情や憐憫で己の命をくれてやるわけにもいかない。これが、銃を見せれば逃げていくよう
な輩であったなら良かったのだが、賞金稼ぎとして食っていくのも困っているような身形の癖に、よ
りにもよって五千ドルの賞金首であるサンダウンに標的を定めたという事は、よほど切羽詰まってい
るのか。そして切羽詰まった男は、そう簡単にはサンダウンを諦めないだろう。
 だから、サンダウンは仕方なく男を撃ち落した。この時点で、サンダウンは乗り気ではなかったの
だが、しかし完全に後悔したのは撃ち落した男の首に、簡素なペンダントを見つけた時だ。ペンダン
トがロケットであった時点で、嫌な予感はしていた。
 嫌な予感を確認する為に、男の死体に手を伸ばし、ペンダントに触れる。何処か壊れていたのか、
触れただけでロケットは開いた。そして、案の定、そこに茶色くなった写真を見つける。
 薄々、分かってはいた。いや、分かる必要もない。誰にだって、家族というのはいるものだ。荒野
を一人彷徨うサンダウンとて、端から天涯孤独だったわけでもないし、北部の森を捜せば親戚くらい
は見つかるだろう。
 撃ち落した男にも、写真に載せるような家族がいる事は、何一つとして不思議ではない。
 ただ、それを明確にされると、少しばかり堪えた。保安官時代から、ならず者にも寄り添う家族が
居る事を知りつつ、それを断罪せねばならなかった。その度に残された家族から涙交じりの罵声をぶ
つけられた。それはいつまで経っても慣れるものではない。
 まして、見下ろした男の家族は、小さな子供であった。
 子供の為に賞金稼ぎになってまで稼がねばならなかった事は、想像に難くない。よりにもよって、
サンダウンという高額の賞金首を狙ったのは、子供が病にでも罹っていたか。その為の治療費が必要
だったからか。
 ぼんやりと想像してみるが、今更想像してやっても、もう遅い。子供の父親である男は既に息絶え、
子供を助けてやろうにも、何処の誰だかも分からない。
 ペンダントを元通り胸元に置いて、サンダウンは立ち上がるしかなかった。
 こういう事は、珍しい話でもなんでもないと、自分自身に言い聞かせながら。ならず者となった輩
にだって、こうして家族の為に強盗やらに手を染める者がいる。そしてサンダウンは、そんな弱者で
ある犯罪者を、保安官として撃ち落してきた。治安を護る者として、如何なる理由があろうとも、罪
を犯した輩を見逃すわけにはいかない。
 それが、正義であったかどうかは別として。
 しかしそれならば、眼の前にいる賞金稼ぎはどうか。この男もサンダウンを付け狙う賞金稼ぎの一
人だが、幸いにして切羽詰まってサンダウンを撃ち抜かなくてはならないというような男ではない。
遊びの延長のようにサンダウンに決闘を挑む男は、寝首を掻いてくる事はないので、サンダウンもそ
こまで本気で撃ち落そうと思った事はない。
 男のほうは、サンダウン以外の賞金首を撃ち抜いて生計を立てており、かなり優雅に暮らしている。
賞金稼ぎの中でも一、二を争う稼ぎを得ているだろう男は、賞金首を撃ち落す時に失敗したと思う事
はないのだろうか。

「俺が仕事を失敗するだって?あんた、この俺様を誰だと思ってやがる。」

 この賞金稼ぎマッド・ドッグ様が、仕事で失敗なんかすると思ってやがるのか。
 ふん、と鼻を鳴らして、偉そうに言う男に、サンダウンはそうではない、と呟く。そうではなく、
撃ち落した後、後悔した事はないのか、と。
 すると、また鼻を鳴らされた。

「ねぇな。」

 なんとも躊躇いのない答えだった。撃ち落した相手にどんな事情があろうとも、後悔はないのか。
 すると、今度は鼻先で嗤われた。

「なんだ、あんた随分と湿っぽい事考えてるんだな。それとも何か、あんた自身にそういう事情でも
 あるってのか。まさかそれで俺の同情を買おうっていうんじゃねぇだろうな。」

 サンダウンにも勿論、それなりの事情はある。だがそれをマッドに言おうとは思わないし、それで
同情して貰おうとも思わない。むしろ同情なんかされて己の哀れさが確定してしまったほうが、心が
挫けてしまうだろう。
 だが、この世にいるみすぼらしいならず者のほとんどが、サンダウンのようではないだろう。

「あのな、あんたが何を考えてるのか俺は知らねぇし、何をして賞金首になったのかも知らねぇ。だ
がな、あんたらと同じ境遇になっても賞金首になるような事をせずに生きてる奴だっているんだよ。」

 賞金首が同情してほしいなんて思うなんざ、お門違いだ。
 のっぴきならぬ状況に陥ったとして、片やそれでも実直に生きていく者と、片や道を踏み外す輩と。
どちらに同情しろだなんて、答えは聞くべくもない。

「賞金稼ぎも同じだぜ。賞金稼ぎが撃ち殺されたって、誰にも文句は言えねぇんだ。この職業が真っ
 当じゃねぇ事なんか、俺ら賞金稼ぎが一番よく知ってる。」

 法の網を掻い潜る賞金稼ぎは、法の庇護下にはない。故に私刑を頼まれて金を得る事も出来るが、
逆に報復を受けても法は助けてはくれない。
 ならず者も、賞金稼ぎも同じだ。
 法を掻い潜る者同士、法とは別の次元で生きている。ただし法による盾はない。片手で法を掴んで、
もう一方の手で非合法を得るだなんて事は出来ないのだ。法の盾を掲げるのも、非合の槍を突き刺す
のも両手でなくては出来ない。片手で一つずつ掲げるなんて事は、決してできない。

「まあ、賞金首が冤罪だった場合は話は別だけどな。けど冤罪なんて、この俺様が起こすとでも思っ
てんのか。」

 網目を掻い潜る連中を逃さぬ指が、実際に網目にかからぬ輩を、摘み上げるなんて事するわけがな
い。マッドは、断罪を間違えない。無軌道なマッドの網目は、時に罪なき者を刺し貫くが、叩けば必
ず埃が舞い上がる。
 そしてその網に引っ掛かったサンダウンも、やはり罪を犯している事になるのだろう。実際、此処
に至るまで、何人もの賞金稼ぎを殺してきた。マッドは賞金稼ぎのそれは自業自得だと言うが、しか
し荒野でのサンダウンに対する恨みは、確かに降り積もっている。
 自ら賞金首となった時点で、そうやって賞金稼ぎの命を無駄に費やしていくと定まった時点で、サ
ンダウンは罪人になると決まったのだ。
 無実の賞金首。なるほどそれは確かにいるかもしれない。犯してもない罪を押し付けられ逃げ惑う
無辜の逃亡者はいるだろう。だが、これから賞金稼ぎに襲われ、それらを撃ち殺していくと自ら決め
たサンダウンは、紛れもなく犯罪者だ。
 賞金首となった時点で、無辜であるなど有り得ない。法と非合法をそれぞれ片手に持てぬよう、サ
ンダウンも賞金首と無辜を片手で持てるわけがない。
 この先、サンダウンが無実となる事はないだろう。
 マッドも、その事を知っている。だから、サンダウンを追いかけるのだ。サンダウンが罪無き逃亡
者であるわけがないと、サンダウンに知らしめる為に。