マッドは、5000ドルの賞金首の腰回りを見て、顔を顰めた。




 Putting on Weight from the Good Life





 「ぷよぷよしてやがったんだ。」

  唐突に、ぽつりと呟かれた台詞に、賞金稼ぎ達は顔を見合わせた。
  大きな狩りの後、賞金稼ぎ達が酒場に集まって飲む事は珍しい事ではない。大きな狩りは基本的
 に、胸糞の悪い連中を相手とする仕事である場合が多いから、尚更飲まずにはやってられない。
  わあわあと騒いで、胸に凝ったむかむかを、酒と一緒に飲み干して吐き出すのだ。
  そんな最中に、彼らの王である西部一の賞金稼ぎが、突然こう言ったのだ。

 「ぷよぷよしてやがったんだ。」

  と。
  西部一の賞金稼ぎは、自他共に認める銃の腕前を持ち、貴族然とした態度とすらりとした体躯を
 しているが故に誰からも跪かれている。名実共に賞金稼ぎの頂点に君臨するマッド・ドッグは、し
 かし同時に、突然意味不明な言葉を並べ立てる事も、しょっちゅうだった。
  なんだ、ぷよぷよって。
  明らかに何かの感触を示すであろう言葉なのだが、如何せん何の感触であるのかが分からない。
 ぷよぷよしているものと言われて思い浮かぶものは多々あるものの、マッドの表情が何処か苦い事
 から考えると、ぷよぷよしていては困る物なのだろう。つまり、普段はぷよぷよしてはいないもの
 だ。そうなると、さっぱり見当がつかない。
  しかし、首を捻る賞金稼ぎ達を尻目に、マッドはぶつぶつと呟き続けている。

 「久しぶりに逢ってさ、抱きついたら、ぷよぷよしてやがった。特に、腰回りの辺りが。」
 「…………。」

  続けられた呟きに、賞金稼ぎ達は、ようやく自分達の王が何を言っているのか理解し始めた。
  要するに、マッドは何者かの腰回りについて、ぶつくさ言っているのだ。久しぶりに逢って、何
 者かの腰回りに肉が付いている事に愚痴を言っているのだ。
  大方、久しぶりに抱いた女が、知らないうちに太ったという事なのだろうが。
  けれども、そうなると別の疑問が湧いてくる。
  女の腰回りが、柔らかいのは当然の事だ。男とは身体の構造も筋肉の付き方も脂肪の量も違う。
 腰回りに限らず、女の身体は柔らかい。胸も尻も、むっちりと柔らかく、それが良い。
  マッドも、そう言っていたはずだ。
  がりがりに痩せた女よりも、むっちりとしたほうが好きだと。
  太っているとかそういうのではなくて、身体の曲線が分かるのが良いと、言っていなかったか。
 しかし、柔らかい女の身体が好きなはずの賞金稼ぎの王者は、ぷよぷよと、さも嫌そうに繰り返し
 ている。

 「なんでだ?前はもっと引き締まってたぞ、あいつ。なんで最近あんなにぷよぷよになってやがる
  んだ?逢う度に、なんか、ぷよぷよ度が増してるぞ。」

  なんだ、ぷよぷよ度って。
  マッドが謎めいた言葉を残すのは、今に始まった話ではないが、今ほどおかしな言葉を吐いてい
 る事もない。
  一体、どうしたと言うのだろう。

 「腰回りだけじゃねぇ、なんか背中も胸板も、ぷよぷよし始めてんだぞ、あいつ。」

  ガン、と音を立ててグラスをテーブルに置くマッド。だんだん、自分の言葉に興奮してきたよう
 だ。そんなマッドの様子に、賞金稼ぎ仲間はびくりとするが、一方でマッドの言葉の中に、何か奇
 妙なものを見つけてしまった。
  ……胸板?
  引っ掛かった言葉に、怪訝な顔で顔を見合わせる賞金稼ぎ達。
  胸板という言葉は、基本的に、女に対して使う言葉ではない。というか、女に胸板なんてもの、
 あるのか。女の胸は、普通、ぷよぷよしているものだろう。
  賞金稼ぎ達の、非常に真っ当な突っ込みは、もしかしたら次のマッドの台詞を否定するが為に、
 無意識のうちに彼らが眼を逸らした想像を考えない為の、ギリギリの妥協点だったのかもしれない。
 しかし、彼らの王は、そんな彼らの良心による想像の停止を、思い切りぶち壊す。

 「おかしいじゃねぇか!何で荒野を彷徨う賞金首が、なんだってぷよぷよになれんだよ!あのおっ
  さん、もしかして冬眠の準備でも始めてんのか!?」

  言った。
  賞金稼ぎ達が、どうしかしてそこには行きつかないでおこうと思っていた物事を、他ならぬマッ
 ドが、自分で口にした。
  ああそうかい。あんた賞金首のおっさんの腰に抱きついてんのか。
  色々と合点が行き過ぎた真実に、賞金稼ぎ達は多いに溜め息を吐いた。




  マッドの眼の前で、サンダウンはもぎゅもぎゅと食事をしている。
  マッドが作ったハンバーグを、挽き肉の一欠けも残さずに平らげる男は、マッドが明日の弁当に
 入れようと考えていた残りにまで手を伸ばそうとしている。まるで魂を掠め去ろうとしている悪魔
 のような男の手から、マッドは無言で皿を引き剥がした。
  途端に、サンダウンが傷ついたような眼でマッドを見る。
  そんな眼をするな。たかがハンバーグくらいで。
  しかし、マッドの呆れなどに気付かない男は、じぃいいいっと穴が開くほど、皿の上に残ってい
 るハンバーグとマッドを交互に見つめている。

 「何故だ。」

  そして、真顔で、しかも真摯な声で、そう訊いてきた。何故ハンバーグを寄こさないのか、と。
  やかましい。
  
 「これは明日の弁当に入れんだよ。今食っちまったら、明日は弁当抜きだぞ。」
 
  唸るように言い返すと、サンダウンはけれども納得していない表情で、ハンバーグを凝視してい
 る。何故、ハンバーグ一つに此処まで熱烈な視線を向ける事が出来るのか。
  そう呆れるマッドの頭の中からは、そもそも何故賞金稼ぎが賞金首に食事を作って、挙句の果て
 に弁当まで準備してやっているのかという疑問は、さっぱり抜け落ちている。
  だが、そんな当然の疑問が湧く気配も見せないマッドは、ハンバーグを見つめ続ける男に、溜め
 息を吐く。

 「だから、ハンバーグは諦めろ。代わりにワッフル作ってやるから。」

  そう言った瞬間に、前かがみになって、まるで獲物を窺う肉食獣のような姿勢をしていたサンダ
 ウンの背筋が伸びる。そして、両手にフォークとナイフを持って、期待に満ちた眼差しでマッドを
 見つめ始めた。
  なんて、鬱陶しい。
  もさもさの髭面のおっさんに見つめられたマッドは、心の中で呻く。
  そもそも、このおっさん、何処かで拾い食いとかしてるはずだ。此処最近、逢う度に筋肉以外の
 肉が付き始めているのだから。一体、何処で何を食べているのか。どうせサンダウンの事だから、
 栄養の偏ったものばかり食べているに違いない。それに、きっと規則正しい時間に食べるなんて事
 もしていないだろう。
  おそらく真夜中に、塩辛い干し肉とかソーセージとかを、ウィスキーをがばがば飲みながら食べ
 ているに違いないのだ。塩分の取り過ぎは良くないのは当たり前だし、酒は変な飲み方をすれば太
 る原因に繋がる。
  間違いない。
  あのおっさんは、生活習慣病だ。
  ちゃんとそれを正さなくては。賞金稼ぎマッド・ドッグが追いかけている賞金首は、実はメタボ
 リックでしたなんて事、マッドは嫌だ。

 「マッド。」
 「なんだよ。」
 「……ワッフルには生クリームを乗せてくれ。」
 「いちいち言われなくても分かってんだよ、んな事は!」

  しかし、一番の原因がなんであるのか、マッドは気付いていないし、これからも気付かないだろ
 う。