白いカーテンに覆われた窓から西日が赤い帯を投げかけるその時刻、マッドはお気に入りの塒で

 きらきら星の鼻歌を歌いながら、ジャガイモの皮を剥いていた。
 
 

  先程立ち寄った町はジャガイモが収穫期だったらしく、破格の値段で叩き売られていた。それを
  
 見て大量に買い込み、マッドは山盛りのジャガイモをどう料理してやろうかと、ほくほく顔で考え
 
 ながら、塒に返ってきたわけである。
 
 

  ジャガイモは味が淡泊なだけあって、色んな料理の添えにもうってつけの食材だ。自然、思い浮
  
 かぶ料理も増えるというものである。

  とりあえずミンチ肉と卵とパン粉を買って、まあそのへんはじっくりと考えようと、上機嫌でジ
  
 ャガイモの皮剥きをしていたマッドは、不意に眉根を寄せた。 

  




  Potage Lies











  外の風景は太陽が地平に顔を隠そうとしている頃間だと思う。

  鳥達も各々の塒に帰り、逆に獣達は闇に紛れて猟をする。荒野を流離う者達が、そのどちらと同
  
 じ判断をするのか、それは彼らの裁量による。

  塒を求めて町や廃屋を捜す者もあれば、賞金首を闇に乗じて撃ち取ろうとする者もいる。ただ塒
  
 を捜す者は、運悪く塒にありつけずに野営をする者もいるだろう。

  しかし、野営は危険と隣り合わせだ。その首に賞金を懸けられている者ならば、賞金稼ぎ達の熱
  
 い牙に曝されるし、そうでなくともコヨーテか狼が狙ってくる。出来る事ならば、野営は避けるに
 
 こした事はない。

  しかし。
  
  
 
  マッドは硬く乾いた大地を叩く馬蹄がこちらに向かってくる音に、眉間の皺を深くする。

  必死になって塒を捜す気持ちは分かる。マッドだって、夜露に濡れる事は出来る事なら勘弁して
  
 ほしい。

  けれど荒野には暗黙の了解というものがあって、それはこうした誰かが捨てていった小屋は誰で
  
 も使って良いという事と、もう一つ、誰かがその小屋を使っている場合はその小屋を避けるという
 
 事がある。

  この二つは、とんでもなく無礼な無法者でもない限り、基本的には守られている。

  だが、硬く響く馬蹄は間違いなくマッドがいるこの小屋に近づいている。

  小屋に添え付けられている厩にはディオが繋がれており、この馬蹄を操る者がどれほどうっかり
  
 さんであろうとも、馬を繋ぐ時にこの小屋に誰かがいる事に気付くというものだ。

 
 
  しかしその予測は、馬蹄の音が消えてしばらくした後、普通に扉が開かれて足音が過たずマッド
  
 がいる台所に向かってくる事で、あえなく潰えた。

  ただ、この足音の持ち主――暗黙の了解を無視してマッドが滞在中の塒に侵入してきた者は、生
  
 憎とうっかりさんでもとんでもなく無礼な無法者というわけでもなかった。

  ずかずかとさも当然の権利であるかのように入って来た時点で、ある意味とんでもなく無礼では
  
 あるわけだが。
 
  しかもこの男、台所の扉を開ける時にノックをしなかった。もしもマッドが全裸だったらどうす
  
 るつもりだったのか。

  そんなどうでも良い事を考えながら、マッドはジャガイモを剥く手を止め、ノックせずに入って
  
 きた男をむっつりとした視線で睨みつけた。

  だが、荒野の暗黙の了解を一切無視した男には、マッドの凝視など一向に効果がなかった。

  今更だが。



  果たして表情一つ変えずに、台所にあるジャガイモとそれを剥いているマッドと対峙した男は、
  
 マッドが追い求めて止まない賞金首サンダウン・キッドだった。

  しかし追い求めて止まないといっても、マッドとしてはこんな時に現れて欲しくはなかった。

  マッドは今ジャガイモを剥いている真っ最中だったし、辺りにはジャガイモの皮が散在している。

 かといって外に出て決闘をするには時間が遅すぎるし、先程も述べたようにマッドはジャガイモの
 
 皮剥きをしているのだ。決闘の為にジャガイモの皮剥きを止めるのは、今夜の食事を作る時間の事
 
 を考えれば少々頂けない。

  しかし無礼にも人が使用している真っ最中の小屋に入ってきた男に、何か一言言ってやらないと
  
 マッドとしても気が済まなかった。

  

 「おい、てめぇ、なんで俺がいるのに入ってくるんだよ。」



  涼しげな表情で、今にも型崩れを起こしそうな古い帽子と、端々が擦り切れているポンチョを脱
  
 いでいる男に、マッドは最重低音の、並みの賞金首なら裸足で逃げ出すような声音で警戒音を吐く。

  しかし、それは我が道を行き過ぎているきらいのあるサンダウンには、全く効かなかった。

  それどころか、五千ドルの賞金首はこう返してのけた。


 
 「お前がいるから、来た。」


  
  その台詞に物差しを呑みこんだような表情をして絶句するマッドを置き去りに、サンダウンは台
  
 所の扉を開け放すと、廊下に置きっ放しにしていたらしい、マッドには見覚えのないソファをずり
 
 ずりと台所の前にあるリビングに設置してしまう。

  そのソファがこの小屋の何処にもなかった備品である事に気付いたマッドは、たった今自分の眼
   
 の前でサンダウンが勝手にリフォームを企てて完了させたのだと思い至った。

  というかどうやってそんなもんを此処まで運んでくるんだ。

 
 
  呆気に取られるマッドの前で、サンダウンは自分が運んできたソファに腰かけた。そしてもう一
  
 度、台所の様子とマッドの姿を見比べる。

 
 
  ザルに大量に詰め込まれたジャガイモ。

  テーブルの上に置かれたミンチ肉と卵とパン粉。

  そして最後にマッドを見つめると、おもむろに口を開いた。


 
 「………コロッケ、か。」

 「ちげぇよ、馬鹿。」


 
  サンダウンの夕飯予想に間髪入れずに返したのは、サンダウンへの反抗心意外に、実際にその予
  
 想が外れていたからだ。

  すると、サンダウンの眉根が意外そうに――と言うよりも不服そうに顰められた。


 
 「コロッケが食べたい。」

 「街にでも行って買ってこいよ。それか作ってくれるような女を探せばいいんじゃねぇの。」



  まるで子供の駄々のような台詞を吐いたおっさんに――おっさんだからしかも可愛くない――マ
  
ッドもむっとして言い返す。

  しかしサンダウンは、常日頃の無口を何処に置き去りにしたのか、妙にしつこく食い下がる。
 
  しかもその内容が、また内容だった。
 
 

 「今日はお前が食事を作る日のはず。」

 「勝手に決めてんじゃねぇ!いつからそんな当番制になったんだよ!ってかなんで俺があんたの為
 
  に飯を作ってやんなきゃならねぇんだ!」

 「私はお前の為に豆スープを作ったが。」

 「誰がいつ作ってくれって頼んだよ!俺は一言も言ってねぇぞ!豆の『ま』の字も口にしてねぇ!」



  以前、サンダウンが今と同じように塒に入り込んで豆スープを作り――挙句、ベッドをダブルベ
  
 ッドに代えてのけた時の事を思い出し、マッドは着けていたエプロンを翻して怒鳴った。

  が、サンダウンはそのエプロン姿を見た後、やはり当然の顔でこうのたまった。



 「お前が今日、パン粉とジャガイモを買ってきたという事は、期待しても良いという事だ。」

 「なんでパン粉とじゃがいもで晩飯をコロッケにするってとこまで飛躍できるんだよ!他にもなん
 
  か使い道あるだろうがよ!」

 「パン粉とジャガイモで連想するものなどコロッケしかないだろう。」



  きっぱりと言い放つサンダウンに、マッドは確かにジャガイモ料理の一つとしてコロッケも考え
  
 ていた事を遥か後方に投げ出して、鼻先で笑い飛ばした。

  そしてサンダウンの浅はかな考えを打ちのめすかのように、宣言する。



 「は!残念だったな!パン粉はハンバークのタネの繋ぎに使うつもりだったんだよ!ジャガイモは
 
  ハンバークの添えだ!人参と一緒にハンバークの隣に鎮座させるんだよ、馬鹿!残ったジャガイ
  
  モも、潰してポタージュにしてやるぜ!」


 
  堂々たる宣言に、サンダウンは一瞬、沈黙した。

  そして、何に納得したのか、こう告げた。


 
 「そうか。」


 
  続けて、



 「今日は、お前が、ハンバーグと、ポタージュを、作るんだな。」



  まるで、お前はさっきそう宣言したぞと確認するように、ゆっくりと。








  で。








  テーブルには、湯気をほかほかと立てているハンバーグとポタージュが二皿ずつ用意されている。

 ハンバーグの隣には、マッドの宣告通り人参とジャガイモが鎮座していた。

  それらを前にして、マッドは突っ伏している。



 「………なんで俺は馬鹿正直にミンチ肉捏ね繰り回してジャガイモすり潰してんだ!しかも二人分!
 
  一人分で良いじゃねぇか!」



  まるでサンダウンに乗せられたかのように――というかコロッケが食べたいというサンダウンに
  
 対する嫌がらせのつもりで――ハンバーグとポタージュを作った自分が恨めしい。  
  
  しかもしっかり、二人分。

  一人分で良かったのになんでサンダウンの分まで。

  だが、マッドの心境など全く理解しない男は、マッドの台詞を受けてこう告げた。


 
 「食欲がないのか?」


  
  自分の分をマッドが作らないという選択肢は、完全に除外されているおめでたい頭に、マッドは
  
 突っ込む気力も失せる。

  しかしこのままでは、あまりにも悲しすぎる、自分が。
 
  だからせめてもの意趣返しに、マッドは吐き捨てた。



 「ポタージュ作って牛乳使い切ったから、明日の朝の分の牛乳はねぇからな。」