久しぶりの逢瀬だった。
  一か月ぶりに自分を見つけ出した賞金稼ぎは、一ヶ月という時間を感じさせない口調で普段通り
 に決闘を申し込んできた。
  だが、サンダウンにしてみれば、今まで三日単位、どれだけ長くとも一週間で自分を見つけ出し
 てきた賞金稼ぎが、何故今回ばかりは一ヶ月も時間が掛かったのか気にならないはずがない。この
 一ヶ月間何をしていたんだとか、他の賞金首とまさか浅はかならぬ仲になっていたりしていないだ
 ろうな、などと埒も明かぬ事ばかり思い浮かんで、その結果、いつも通りに彼の銃を撃ち落とした
 後、彼がいつも通りきゃんきゃんと吠えるよりも早く、いそいそと跪いたその身体に近付き、自分
 の知らない痕がないかを隅々まで調べたのである。
  白い身体に、誰からも愛された痕がない事に安堵した後、そのまま、流れで情事に雪崩れ込んだ
 のは、別段おかしな話ではない。
  サンダウンは、マッドの身体が一ヶ月間誰も受け入れていない事を示すように硬く締めつけてき
 た事を思い出して薄ら笑いを浮かべ、すぐ横に寝ているはずのマッドを引き寄せようとした。そし
 てそれは、空振りに終わった。




  Pillow Talk





  サンダウンは、マッドを連れ込んだ小屋の中で寝そべっている。その横に、マッドも転がってい
 るはずだ。そして、激しいサンダウンの責めに耐え切れずに意識を失っているはずだ。
  サンダウンにも、今回は流石に年甲斐もなくがっついたという自覚はある。受け入れるマッドに
 してみれば、何度も襲いかかる快感に耐え切れずに失神してもおかしくはない事だろう。だが、サ
 ンダウンにして見れば何せ一ヶ月ぶりだったのだ。若くはないが、けれども若い恋人を失いたくな
 いという気持ちはある。マッドが飽きないように、その身体に快感を与え続けるのは、サンダウン
 にとってはもはや責務のようなものだった。
  が、サンダウンの与える快感に善がり狂い、その果てに失神してしまったマッドは、サンダウン
 が引き寄せようとしたら何故かすぐ傍にいなかった。
  内心でむっとしてサンダウンは閉じていた眼を開き、視線だけ動かしてマッドを探す。すると、
 マッドはすぐに見つかった。サンダウンが眠っているベッドの端っこで、サンダウンに背を向けて
 横たわっている。
  ベッドから出ていったわけではない事に安堵しつつ、しかし何故そんな端っこで眠っているんだ、
 と不愉快にも思う。せっかくの逢瀬なのだから、もっと近くで眠れば良いだろうに。背を向けたり
 せずに。
  サンダウンは少し冷たい、恥ずかしがり屋の恋人を自分の元に引き寄せるべく、寝起きの気だる
 い身体を起こした。サンダウンが動く気配に、いつもならすぐに反応するマッドは疲れきっている
 のかぴくりとも動かない。
  さて、後ろから抱き竦めるか、それともこちらを向かせてから抱き竦めるか。
  マッドの綺麗に伸びあがった背骨を見ながら、項に顔を埋めて眠るのも良いかもしれないと思う。
 だが、やはりマッドが背を向けているのはおもしろくない。マッドは、サンダウンに背を向ける存
 在ではないのだ。いつだって、サンダウンを追いかけていて、背を向けるのはサンダウンのはずな
 のだから。
  サンダウンはもぞもぞとマッドの傍に近付き、その身体をひっくり返そうとした。そして、動き
 を止めた。そして、そのまま不機嫌になった。
  サンダウンが見下ろしたマッドは、両腕で白くてふかふかの枕を抱き締め、それに顔を埋めてい
 るのだ。
  何故だ。
  マッドの姿を見下ろしたサンダウンは、即座にそう思った。
  何が『何故だ』なのかと言えば、何故マッドが枕に抱き付いているのかという事である。要する
 に、自分には背を向けておきながら、何故枕なんぞに抱き付いているのか、と言っているのだ。
  つまり、枕に嫉妬しているのだ、このおっさん。
  そんなサンダウンの嫉妬など露知らず、マッドは枕に顔を埋めて眠っている。むぎゅっと形が崩
 れるほど抱き締められている枕は、何となく幸せそうだ。少なくともサンダウンにはそう見える。
 サンダウンだって、マッドにそんなふうに抱き締められたりした事ないのに。
  嫉妬に駆られたサンダウンは、当然の如くマッドから枕を引き剥がそうと、枕を引っ張る。が、
 余程マッドは強く抱き締めているのか、その腕の中から枕が抜け出る気配はない、それどころか、
 サンダウンが強く枕を引っ張れば引っ張るほど、マッドはますます枕を抱き締めているような気が
 する。
  何故だ。
  サンダウンは再び疑問を呈する。
  そんなに、その枕が好きなのか、と。どう考えてもマッドを喜ばせる技能など付いていないのに。
 そんなに抱き締めるとは何事か。
  ふつふつと救いようのない嫉妬に身を焦がしているサンダウンは、何が何でもマッドから枕を引
 き剥がそうと躍起になる。しかしマッドはむぎゅっと枕を抱き締めて、離れない。そうであればそ
 うであるほど、サンダウンもまた、無理やり引き剥がそうとするのだった。
  やがて、あまりにもしつこいサンダウンの枕の引っ張りに、流石のマッドも何かおかしいと夢の
 中で思ったのか、はたまた鬱陶しさを感じたのか、閉じていた眼をぱちりと開いた。そして、自分
 が顔を埋めている枕から、にゅっと腕が生えているのを見て、開いたばかりの眼を怪訝そうに細め
 る。その腕がサンダウンのものであると理解すると、マッドは視線を動かして、自分の頭上で何や
 ら枕を引っ張り上げようとしているサンダウンを見上げた。

 「何してんだ、あんた……。」

  マッドの疑問は当然の物だった。何せ、眼を覚ますと髭のおっさんが枕を引っ張っているのだ。
  マッドのその疑問に対して、サンダウンは悪びれもせずに答える。

 「お前が枕に抱き付いているからだ。」
 「……言ってる意味が分かんねぇ。あんたも枕が欲しいって事か?」
 「私が欲しいのはお前だけだ。」
 「……あんた、ほんと、ぶれねぇよな。」

    枕に顔を埋めたまま、マッドはげんなりしたように呟く。しかしサンダウンにして見れば、それ
 どころではない。眼が覚めたと言うのに、マッドはまだ枕に抱き付いたままだ。

 「マッド。いい加減に枕から離れろ。」

  なので、サンダウンは直球で言う事にした。回りくどく言ったところでマッドは怪訝な顔を深め
 るだけだろうし、そもそもサンダウンが回りくどい言い方なんて物を知らない。
  だが、唐突にそれを言われたマッドは、やはり怪訝さを深めるしかないのである。

 「何言ってんだ、あんた?さっきからの行動と言い、やっぱり枕が欲しいのか?なんなら、今度買
  ってきてやろうか?」
 「私が欲しいのはお前だけだと言っているだろう。だが、お前がくれるものなら何でも欲しい。」
 「がめついおっさんだな。」
 「何がだ。お前がくれるのなら、食べかけの飴玉でも欲しい。」

  いや、そうではなくて。
  話がまるで別の方向に進みそうになって、サンダウンは首を振る。マッドからの枕のプレゼント
 は惜しいが、しかしマッドが枕に抱き付いている現状をどうにかすべきだ。

 「何故、枕に抱き付くんだ。」
 「良いじゃねぇか、別に。」
 「良くない。」
 「何でだよ。やっぱりあんたも枕が欲しいのか。俺が枕を独り占めにしてるから、羨ましいのか。」
 「違う。むしろ羨ましいのは枕だ。」

  マッドが枕を独り占めしているのではない。枕がマッドを独り占めしているのだ。
  悪びれもせずにそう言った途端、マッドの顔から怪訝さが消え、代わりに眉間に皺が寄った。要
 するに呆れた――というか苛っとした。

 「そんなしょうもない理由で、俺は起こされたんか、ああ?」
 「しょうもない事ではない。」

  眼が覚めたら恋人が自分ではなく枕に抱き付いていた。これがショックで無い男などいない。し
 かし、マッドにしてみれば、眼が覚めたら恋人が枕に嫉妬しているほうがショックである。という
 か、うざい。

 「くだらねぇ。俺は寝るぜ。」
 「待て、話は終わっていない。」
 「俺の中じゃ終わった。」

  くるりとサンダウンに背を向けて枕に顔を埋めるマッドを、サンダウンは引き止めようとする。
 サンダウンとしては、マッドと抱き合って眠りたいのだ。久しぶりの逢瀬なのだからそれくらい、
 と思うのだが。変なところで淡白な賞金稼ぎは、同じく変なところでロマンチックな賞金首の言葉
 になど耳を傾けない。それどころか、

 「あんたみたいな、もさもさしたおっさんに抱きついたら、暑苦しい。」

  とまで言ってのけた。
  では何か。もさもさでなければ抱き付いても良いとでも言うのか。そういう男が好みか。
  ぶつぶつと地を這うような低い声で呟いていると、その声がマッドに届いたのか、マッドがもぞ
 っと枕に押し当てていた顔を上げ、呆れたような声を出した。

 「あんたなあ。じゃあ何か、あんた枕が羨ましいって、俺の枕にでもなりたいってのか?」
 「枕になったらお前は抱き付くのか?」
 「その代わり、あんたは枕だから大人しくしとかなきゃならねぇんだぜ。」

    枕である以上、マッドを抱き締めて、無体な事をしてはいけないのだ。
  そう勝ち誇ったように告げられたサンダウンは、マッドが再び枕に埋もれて行くのを黙って見る
 よりほかない。マッドに抱き締められないのは嫌だが、しかしマッドを抱き締められないのはもっ
 と嫌だ。
  黙りこんだサンダウンを置き去りにして、マッドはサンダウンに背を向けて、枕を抱き締めて眠
 りに向かおうとしている。
  そんなマッドの背骨を見つめた後、サンダウンは枕ではないので、後から思い切り抱き締めてや
 った。

 「……最初からそうしとけよ。」

  後ろから抱き竦められたマッドが、小さく呟いた。