鉛玉を吐き出す銃口から、伸びる舌のように火花が飛び散った。闇夜に咲いた花弁は、舞い落ち
 るたびに何処かで悲鳴を生み出している。
  微かに阿片の匂いが漂う中、それを硝煙の匂いが掻き消して、そしてそれさえも次いで湧いてく
 る血の匂いに澱んでいく。
  阿片窟の中から上がる悲鳴を聞きながら、マッドはその黒い眼を予断なく周囲に巡らせていた。
 此処まで派手な争いだと、普通はその場の空気に呑まれてしまうものだが、マッドに限ってはそれ
 はない。何か勘違いされているかもしれないが、マッドは別に流れる血に酔うなどという事はない
 のだ。
  むろん、気分が高揚しないとかそういうわけではないのだが、そんなものに流されて隙を取られ
 るなんて事は、賞金稼ぎの王としてあってはならない。
  慌てて窟の中から飛び出してくる中毒者達を撃ち払いながら、マッドは彼らの人相を一つずつ確
 かめていった。此処にいるのは全員が犯罪者、もしくはそれに与する連中だ。そんな連中を憐れむ
 ほどマッドは出来た人間ではないし、そもそも此処で殺さなくては『嘆きの砦』としての本分を果
 たせないだろう。
  マッドの本分を知る賞金稼ぎ仲間は、少なからずとも多い。マッドが狩りに誘った賞金稼ぎは基
 本的に『嘆きの砦』として動くマッドの事を知っているからこそ誘ったのだし、狩りの事を聞きつ
 けてやって来た中にも、それを察する者はいる。例え察していなくても、単に狩りが出来るという
 だけで来ても構わないが。
  しかし。
  マッドはちらりと、遠くで声を上げて銃を撃っている青臭い青年を見つける。まるで自分の存在
 を知らしめるように叫ぶその様は、この夜の闇をまるで理解していない。闇に溶け込む事を知らな
 い愚か者は、ただの格好の餌食でしかないというのに。
  現に、今も青年の後ろで幾つもの影が蠢いている。それらを一瞥したマッドは、鼻先で笑い、一
 呼吸で撃ち払う。ほとんど重なって聞こえた銃声は、蠢く闇を確かに撃ち抜いた。驚いたように青
 年が振り返ったが、マッドは興味も示さない。救った事で文句を言われるのも面倒な話だし、マッ
 ドには助けたという気分もない。
  一瞥して振り返りざまに、今度はもう一つのどうしようもない影を見つける。
  肩やら手、足から血を流す男達に縄を掛け、捕縛しているナインハルトだ。右手に持った銃で周
 囲を牽制しながら、自分が撃ち抜いたならず者の手当てをし、けれども逃げられないように縄で縛
 りあげている。
  殺すつもりはないが、逃がすつもりはない。
  それは、今回の戦いでも貫くつもりのようだ。マッドに、偽善者と謗られているにも等しい台詞
 を吐かれたにも拘わらず。
  マッドにも、それを止めさせようという気持ちはまるでない。マッドの邪魔をしなければ、誰が
 どんな信念を持っていようが勝手だ。マッドの邪魔をしなければ。
  ならず者を転がしているナインハルトの背後でも、幾つもの影が蠢いている。だが、それは流石  と言うべきか、ナインハルトは自分でどうにか決着をつける。右手で構えていた銃で、男達を撃ち
 払っている。しかし雪崩のように迫る彼ら全員を撃ち落とすのは無理だったらしく、最後の一人は
 体当たりをして止めた。
  しかし、それだけでは終わらない。撃ち落とした男達は、身体に鉛玉をめり込ませたとは言って
 も命に別条はない。それ故に、傷の浅い連中はナインハルトに掴みかかりに行ったのだ。
  無血で捕縛してきた、名だたるナインハルトも圧し掛かる男達全員を全て払いのけるのは困難で
 あるらしく、しかも男達は何一つ諦めないままに手に銃を持っている。
  それを見たマッドは、喉の奥で笑い声を一つ零す。
  見た事か、と思わぬでもないが、それでも心臓に銃を向けようとしないナインハルトは、もはや
 天晴れと言うべきか。
  だが、マッドはそんな褒め言葉は欲しくはない。ナインハルトを見殺しにするのは簡単で、その
 汚名を被る事も特に気にはしないが、しかし賞金稼ぎの王は賞金稼ぎ一人助けられないという噂を
 立てられるのは面白くないし、何よりもそれでならず者共の声が大きくなるのはもっと面白くない。
  なので、マッドはナインハルトの矜持だのなんだのは放置して――最初から考えるつもりはなか
 ったが――ナインハルトの上に群がる男達を、やはり一呼吸の内に撃ち落とした。
  響いた銃声と共に、自分の上にいたならず者達が消えた事にナインハルトはぎょっとしたようだ
 ったが、彼ら全てが心臓を撃ち抜かれていると知るや、物凄い顔をしてこちらを睨んできた。睨ま
 れる謂れはないマッドは、一瞥さえせずにナインハルトに背を向け、ひらりと別の影の群れに向か
 って銃を払う。
  おそらく、もう少ししたらこの騒ぎは収まるだろう。
  尤も、マッドにはまだ仕事は残っているのだが。それは『嘆きの砦』ではない賞金稼ぎには関係
 のない仕事だ。
  睨むナインハルトの視線になど、露ほど興味も示さず、ただこの後に起こるであろう出来事を想
 像し微かに眉を顰めた。

 

 
  凄惨たる場となった阿片窟は、小さな篝火に流れた血と呻き声、そして累々と積み重ねられた遺
 骸を照らし出されている。
  眼を背けたくなるような現場を、沈痛な眼差しで睨んでいるナインハルトの前で、パエトーンが
 騒いでいるのを見た。

 「あんた、何だよその後ろにあるのは。」

  ナインハルトの後ろには、捕縛された男達十数名が一塊になっている。結局、この夜ナインハル
 トが撃ち落として捕縛出来たのはこれだけで、他の男達は全員が心臓や頭を撃ち抜かれて殺されて
 いる。
  パエトーンも、男達を撃ち殺した賞金稼ぎの一人だ。いや、誰も殺さなかった賞金稼ぎなどいな
 いのではないのか。

 「そいつらを殺さずにおいてやるなんて、やる気あんのかよ、あんた。」

  これだから貴族様はお綺麗事が好きで困る。
  やれやれとそう嘯くパエトーンに、ナインハルトは低く呟く。

 「我々に、彼らを裁く権限はない。生死問わず、など、私刑を増長するだけだ。」
 「綺麗事だよなあ。やっぱり都会育ちの坊ちゃんには、荒野の厳しさなんて、わかりっこねぇんだ
  な。」

  パエトーンの鼻先の笑い声に、ナインハルトはそれ以上は反応しなかった。人を殺した後の高揚
 感に浸っている青年に何を言っても無駄だと思ったのか。それとも最初からパエトーンなど、相手
 にするに値しないと思っていたのか。
  ただ、ナインハルトの眼は、これから保安官の元に突き出されるであろうならず者達に向けられ
 ている。
  そんな二人のいる場所にマッドは近付く。するとそれに気が付いたパエトーンが、無謀にもマッ
 ドに噛みついてくる。

   「どうだ、見たかよ。俺だってちゃんと狩りに出る事くらいできる。足手纏いにもならなかっただ 
  ろ?どっかの誰かさんみたいに、犯罪者に情けをかけるような甘っちょろい事もしねぇ。」

  俺は一人前の賞金稼ぎだ。
  こんなふうに短期間で、こんな大きな狩りに参加した賞金稼ぎはいない。そうパエトーンは言い
 たいのだろう。確かに、マッドも賞金稼ぎになってからこんなにすぐには、大きな狩りには参加し
 なかった。
  いや、出来なかったと言うべきか。 
  マッドが賞金稼ぎになった当時は、こんなふうに賞金稼ぎが纏まる事はなかったのだと言っても
 パエトーンは信じないだろうが。
  マッドはパエトーンの顔を横目で見ると、すぐにナインハルトに視線を映す。

 「で……?こいつらはてめぇが責任持つんだろうな?」
 「当然だ。私が、責任を持って保安官に引き渡す。」
 「保安官に、ねぇ……。」

    マッドはゆったりとした手つきで懐から葉巻を取り出すと、口に咥えて火を付けた。一瞬にして、
 その場に蟠っていた血の匂いが、甘ったるい独特の匂いに上塗りされて消えていく。

   「ま、好きにしな。てめぇの獲物だ。横取りする気はねぇ。てめぇでしっかり責任取るって言うん
  ならな……。」

    その、最期の瞬間まで。
  腹の中でそう続けて、マッドは凄惨たる場を一瞥すると、ならず者達を撃ち取った証拠を漁って
 いる賞金稼ぎ達に向けて声を上げた。 

 「さあ、てめぇら!帰るぞ!」