マッドの懸念とは裏腹に、パエトーンは着実に賞金稼ぎとしての腕を上げていっているようだっ
 た。
  その事実をパエトーンは鼻に掛けてマッドを見ているようだが、しかしマッドにしてみれば子供
 の一人の嫉妬やら羨望やらの眼差しにいちいち付き合ってはいられない。だから、事実上マッドは
 パエトーンの事など歯牙にも掛けていないのだ。
  マッドは忙しいのだ。
  賞金稼ぎの王者として、別に他の賞金稼ぎを纏め上げたりしているわけではないのだが、それで
 も頂点に立つ者として、眼に余る者は粛清しなくてはならないし、他の賞金稼ぎの手に負えない悪
 辣な賞金首やならず者、時には検事や保安官などの有力者までもを撃ち落とさなくてはならない。
  それらは全て、マッドの気紛れによるものではあるのだが、しかしそれでもマッドは『嘆きの砦』
 としての機能を十分に果たしている。
  そしてその傍らで、マッドは自分と対極の座に位置している西部一の賞金首を追いかけてやらね
 ばならない。
  だから、一人の、貴族やらイギリス本国に対して負い目やら嫉妬を持っている子供の相手などし
 てやる暇はないのだ。
  幸いにして、パエトーンの本当の嫉妬の相手は、マッドではないという。別にマッドは誰が本命
 であろうと構わないのだが。だが、仕事の最中に、特に西部一の賞金首であるサンダウン・キッド
 を追っている最中に、邪魔をされては困るのだ。
  いや、きっと困るだけでは済まされないだろう。
  それを、マッドはパエトーンをこちらの世界に連れてきたプロメテウスに告げた。告げたのは、
 マッドが大きな狩りを算段している最中で、パエトーンは狩りに参加しようとしている事を知った
 時だった。

    「てめぇんとこのガキが参加するのは別にかまわねぇ。」
 「別に俺のガキじゃあねぇ。」
 「てめぇが連れてきた事に変わりはねぇだろう。だから、てめぇが最期まで見届けろって俺は言っ
  ただろう。」

    マッドは長い脚を持て余すように組み直し、肘掛けに肘を突いて、プロメテウスに眼を向けもせ
 ずに言った。
br>  「分かってんだろう?もしもあのガキが足手纏いどころか、邪魔しかしねぇようなら、俺があいつ
  を撃ち落とすぜ?」

  たった一人の子供の矜持の為に、大勢の賞金稼ぎを危険に曝すわけにはいかない。
 
 「しょうもねぇガキの為に、この狩りを潰す気は俺はねぇんでな。あのガキが狩りを運動会の競走
  くらいにしか思ってねぇのなら、参加を止めるように言いな。邪魔にしかならねぇ。」

  マッドの発言は、あまりにも最もだった。例え気紛れと雖も、マッドは紛れもなく賞金稼ぎの王
 であり、西部一の賞金稼ぎなのだ。その立場において、マッドは今回の狩りで犠牲者を出すわけに
 はいかないのだ。賞金稼ぎの中には本国育ちの者も大勢いれば、南部貴族が崩れた者もいる。証拠
 こそないものの、マッドとてそんな人間の一人に違いないのだ。そこへ、貴族やイギリスに敵愾心
 を抱くパエトーンを内包する事は、マッドでなくとも如何に危険であるか分かる。
  プロメテウスとて、それくらい分かっている。勿論、パエトーンがどんな意味を持ってこの狩り
 に参加しようとしているのかも。
  きっと、マッドも同じように、パエトーンの意図を悟っている。銃を持って、人を撃つ事に慣れ、
 賞金稼ぎとしての自信を抱いた少年と言っても差し支えない青年が、賞金稼ぎの王として君臨して
 いて、且つ敵愾心を抱いている貴族の色の濃いマッドが主催する狩りに参加する理由など、一つし
 かないではないか。
  マッドに自分の存在を知らしめたいのだ。
  マッドはパエトーンには興味はない。その事をパエトーンも分かっているのか。だから、わざわ
 ざマッドの狩りに参加し、自分が此処にいるとマッドに知らせたいのか。
  確かに、それは今のところは成功している。だが、それはパエトーンの意図した意味とはまるで
 違う。パエトーンはマッドに自分が出来る事を知らせたいのだろうが、マッドはパエトーンを危険
 因子としか見做していない。
  だが、いや、だからこそ。

 「パエトーンは、参加を取り止めたりしないだろうよ。」
 「てめぇの矜持の為に?」

  マッドはけだる気とさえ見えるほど優雅な仕草で顔を上げ、プロメテウスを見た。
  そして、小さく嘲るような笑みを浮かべた。

 「……ナインハルトとかいう奴を、呼んでみるか。」

    そこにいるのは、冷酷な表情をした賞金稼ぎの王だった。ナイトハルトを呼んで、パエトーンの
 意識をそちらに向けてしまおうと言うのか。それを仕掛けたマッドには、おそらく何ら心に咎める
 ものはないだろう。ナイトハルトをパエトーンの前にぶら下げて、その先に死が待ち受けていたと
 してもその表情は動かないに違いない。
  それが、賞金稼ぎの王たるマッドの本性の一つだ。

    「ナインハルトは、お前の前には出てこんだろう……。」
 「やってみなきゃ分からねぇな。」
 
     プロメテウスの、暗に止めさせようとする台詞に対して、マッドはひやりとした笑みを浮かべて
 答える。  

 「それに、呼ばなくても俺が行けば良いだけの話だしな。」 
 「ナインハルトが何処にいるのか、知ってるのか?」
 「知らねぇと、思ってんのか?」 

     思わない。
  いや、知らなくとも、マッドがその気になれば、一日と経たずにこの荒野の何処に誰がいるのか
 分かるのだ。それほどに、マッドの持つ網は広く深い。マッドが捕える事の出来ない人間など、こ
 の世に一人しかいないのだ。
  そして、立ち上がるマッドを、プロメテウスは止める事が出来ない。これからマッドは、ナイト
 ハルトのもとに行くのだろう。そして、パエトーンに対する何らかの仕掛けを作るのだろう。その
 仕掛けが、狩りの前に発動するのか、それとも後に発動するのか、もしくは発動させずに終わるの
 か、それはマッドの裁量一つで決まるのだろう。そこに、プロメテウスの発言が斟酌される余地は
 ない。
  マッドは薄い笑みを一つプロメテウスに投げて寄こすと、ひらりと優雅に裾を翻した。