肩と腰を抱えて、今にも何かが零れ落ちそうな瞳をしている身体を床に横たえる。困惑の深いマッ
 
 ドの表情は、しかし、その手をサンダウンの背から解こうとはしない。いつになく幼い表情を見せ
 
 る彼に、優しいが逃げ場のない口付けを落とす。角度を変えながら深めていき、舌を絡ませて呼吸
 
 を奪うと、苦しげに形の良い眉が顰められた。


 
 受け止めきれなかった唾液が口の端から零れるのを見て、サンダウンはようやくマッドを解放した。
 
 ぐったりと身を投げ出して空気を貪るマッドは、サンダウンの指が触れても抵抗一つできないくら
 
 い、その胸を喘がせている。
 


 人形のように力のない身体からジャケットを抜き取り、強固に首を守るタイを解く。光を遮るシャ
 
 ツのボタンを外し、脇腹に手を差し込んで、まだ未熟な実から皮を払い落して露わにする。
 
 

 日に焼かれていない実を眼下に見下ろし、その瞬間、サンダウンは僅かに眉根を寄せた。曝された
 
 マッドの身体に、点々と残る啄ばまれた跡。サンダウンが知らない所有印は、サンダウンの優越感
 
 を損ねるには十分すぎる効果がある。
 
 

 むろん、サンダウンとて、マッドが女を抱いた事がないなどとは思わない。しかし、それを理解し
 
 ている事と、この場でその跡を見る事とは全く話が違う。


 
 腹立たしさを隠しもせず、半ば怒りのまま、ほとんど薄れかけたその跡に噛みついた。その瞬間、
 
 マッドの口から押し殺したような悲鳴が零れた。 

 

「っあ………!」



 仰け反り声を上げ、過剰に反応する彼にほんの少しばかり溜飲が下がり、噛みついた部分を労わる
 
 ように舐め上げる。それを残る情痕全てに与えていくと、マッドは切なげに身を捩り、今にも泣き
 
 出しそうな声を上げる。許しを請うように鳴く姿は可愛らしいが、しかしまだ許してはやれないし、
 
 逃がしもしない。

 

「キッド………、っ………。」

「………済まないが、許してやれそうにない。」


 
 曝された首筋に唾液を練り込むように舌を這わせて、指は胸元を弄る。辿って行くと感覚の違う皮
 
 膚を見つけ、そこを摘まみ上げると、びくびくと身体が震えた。敏感な身体に満足しながら、それ
 
 でもまだその実を全て剥いたわけではない。サンダウンは、マッドの胸元に顔を埋めながら、手を
 
 マッドのベルトへと伸ばした。


 
「くっ…………!」



 咄嗟に身を捩る様は、彼がまだ、この行為に慣れていない事を示す。妖艶でありながら初々しい反
 
 応を示すマッドは、やはりまだ未熟な部分が多いのだろう。隠された敏感な部分を曝し、ぎゅっと
 
 眼を閉じて唇を噛み締める姿は、それを強く物語っている。
 
 

 その様子を愛おしいと感じると共に、赤く血が滲むほどに噛み締められた唇を痛々しいと思う。硬
 
 い実を解す為に、赤く血の滲んだ下唇を舐めとり、溶かす為の口付けを送る。マッドの意識を口付
 
 
 
 けに引き付けながら、腰に置いていた手を滑らせて、彼の滑らかな曲線を描く尻を掴んで持ち上げ
 
 た。そのまま柔らかな内股へと皮膚をなぞると、程よい弾力に満ちた肌が手の中で何度も震えた。


 
 マッドの肌は酷く柔らかく、今にもサンダウンを受け入れてしまいそうなのに、マッド本人は何度
 
 も繰り返された行為に震えている。背けられた顔に無理やり口付けても、やはり強張って解けない。



 むろん、このまま快楽を与えれば、感じて蕩ける事は知っている。熟していない身体に快楽を注ぎ
 
 込んで、熟れた様な錯覚を起こさせて抱く事は可能だ。
 
 
 
 だが、サンダウンは、縋るように肩に食い込むマッドの細い指の感覚を、忘れてなどいない。いじ
 
 らしいくらいに切ない返事を返してきた男に、それを無視するような触れ方など出来ない。

 

 軽く額に口付けて、硬い実を優しく撫でる。雨に閉じ込められた小屋の中に、時間は余裕を持って
 
 余りある。その与えられた時間全てを使っても、惜しくない。拒否するように身を捩るマッドを宥
 
 め、時折所有印を刻みながら、マッドの心が追いつくまで、ゆっくりと抱き締めようと考えていた。
 
だが、それを跳ね除けるように、マッドは低く吐き捨てる。
 


「っ………さっさとしやがれ!」



 硬い身体以上に頑なな言葉には、酷く冷たい色が見え隠れする。だが、眼に浮かんでいるのは凍え
 
 た様な光以上に怯えと諦めが多く、何よりも肩に回された腕は振り解かれていない。少し身を離し
 
 その顔を覗き込むと、うろたえたような眼差しとぶつかった。
 
 

 何をそんなに恐れているのか。
 
 マッドが恐れるような事がこの世にあるのか。
 

 
 再び腰を引き寄せ、その髪に手を差し込んで肩口へと導くと、やはり嫌がるように身を捩る。サン
 
 ダウンがマッドの身体を本気で手に入れようとすればするほど、拒絶の色を深めていく。抱かれる
 
 事を嫌がっているわけでも、サンダウンを嫌っているわけではないだろう。縋りつく指が、それら
 
 を全て物語っている。
 
 

 では、何か。



 何か、勘違いをしてしまっているのではないだろうか。
 
 自分が、マッドの眼に浮かぶ凝りを、サンダウンへの飽きだと思ったように。

 彼を貪る自分を、何か別のものと考えているのではないか。

 

 誘いの文句をかけるのは、いつもマッドからだった。

 マッドが声を出さない時は、無言で事が始まる。

 自分から何か言う事はないし、その必要もないと思っていた。

 気配と仕草で、その機嫌の在り処も分かるのだからと言葉は全て置き去りにしてきた。  

 それが、彼を苦しめたのだとしたら。
 
 

 それは酷く甘い優越感を引き起こす。
 
 

 マッドの中で、確実にサンダウンが甘い苦痛を伴う場所に置かれているのだから。
 
 

 だが、マッドはまだ苦さしか感じていないのだろう。サンダウンは、その中に甘さを注ぎ込むため
 
 に、囁いた。

 
 
「………お前が、欲しいんだ。」



 耳朶を甘噛みする時のように囁くと、マッドの眼が驚いたように見開かれた。今にも零れ落ちそう
 
 な夜空と同じ深い眼の色を覗きこむと、その白い頬に朱が散った。その顔を隠すかのように首が捻
 
 られるが、それを阻止するべく形の良い顎に手を掛けて、無理やりこちらを向けさせる。
 
 

 突然の甘さで刺し貫かれた身体は正直で、口付けると常よりも高い温度を持っていた。その身体の
 
 あちこちに唇を這わせながら、本当ならばもっと早くに言わねばならなかった言葉を落していく。
 

 
「マッド…………お前が、欲しい。」



 逃げ場がなくなるように、名前を呼んで、確実に彼が欲しいのだと告げる。頬を染め、うろたえた
 
 ように視線を彷徨わせるマッドは、だが先程のような拒絶を示さない。口付けるたびに、どうすれ
 
 ばよいのか分からないというような眼差しを浮かべるが、薄く応え始めたマッドをゆっくりと組み
 
 敷いた。

 

「欲しいんだ………。」



 彼が嫌がるならば諦めようと思っていた感情は、もう何処にもない。おそらく、今、嫌がっても、
 
 手を放してはやれない。 
 
 

 後は、決して逃がさないように繋ぎとめ、堕ちるだけだ。