見下ろした身体は、昼間見る姿のどんなものとも違っている。乾いた大地の上に散った短い黒髪は
 
 甘さを秘め、身を捩る四肢は日に曝される事が少ない所為か白い。潤んだ眼を縁取る睫毛も今はし
 
 っとりと濡れ、上がる声からは切なさだけが溢れている。
 
 

 夜の帳が下りた事で、マッドの纏う透明な乱暴な防御壁が薄れ、隠された部分を昼間よりも感じる
 
 事が出来る。



「くっ…………。」



 小さく声を上げて跳ねる身体を腕の中に閉じ込めた。この荒野の何よりも凶暴な熱を帯びた命は、
 
 離れて眺めやっていてもその熱を感じる事が出来る。だが、人から離れ放浪するサンダウンに離
 
 れた世界を突きつける身体は、腕の中に掻き抱くと、想像していた以上の熱に満ち溢れ、サンダ
 
 ウンを焦がし、蕩かそうとする。その熱を更に溢れさせようと、まだ硬さのある身体を深く開い
 
 た。



「は………ぅ………。」

 

 マッドが眼を閉じ、快楽を耐えるように腰を捩る。それを逃がさないように押え込み、首筋から
 
 胸元にまで口付ける。鬱血の跡を散らしていると、身体全体がサンダウンに馴染んだのか、薄く
 
 色づいた両の乳首がつんと立ち上がった。それを口に含むと、背が撓る。



「あ…………っ!」



 高く上がった声が、二度と殺せないように執拗に責め立てると、案の定、マッドの口からは際限な
 
 く嬌声が零れ始めた。快楽に溺れようとしている身体は、しかし何故か意識を別の方向へ逸らして
 
 いるようだ。
 
 

 時折マッドはこうして、サンダウンに抱かれながら全く別の事を考えているような気配を浮かべる。

 サンダウンがマッドの熱にだけ溺れているのに、マッドは濡れた眼に何処か冷めた光を灯すのだ。

 それを叩き壊す為に、緩く律動させていた腰を、強く抉るように突き上げた。

 

「うぁあっ、あっ!」



 大きく見開かれたマッドの眼には、微かな驚愕が浮かんでいた。その眼に自分が映っている事に満
 
 足し、サンダウンは更に深くマッドを抉った。



「あっ、ぅ………くぅ………っ!」



 こうして身体を重ねるのは一体何度目か。だが、何度こうしてその身体の中に入っても、その熱は
 
 サンダウンの想像を越えた場所にある。熱さで蕩ける事が出来るとしたら、きっとこの瞬間がそれ
 
 だろう。

 

 マッド本人でさえ知らない奥深くまで入り込んで、その細い指に自分のかさついた手を絡める。耳
 
 を楽しませる唇に、僅かに惜しいと感じながらも口付けてその柔らかさを楽しみ、その奥にある熱
 
 い舌を引き摺り出す。 ひたりと身体を密着させると、本当にこのまま溶け合う事が出来そうだ。

 

 どうしようもなく、満ち足りた瞬間。乾いて穴が開いた自分の内側が、徹底的に満たされる。腹の
 
 底で広がる絶望から吹き荒ぶ冷たい風が、あっと言う間に塗り替えられる。限界を訴えてがくがく
 
 と震えるマッドの、熱を持って熟れた身体を、最後の快楽を貪る為に激しく揺さぶった。



「あっ……!ああっ、あっ!」



 逃げるようにずれた唇から、感極まった声が弾けた。それと同時にマッドの膨れ上がった熱も、勢
 
 い良く爆ぜる。その、誰も聞いた事も見た事もないであろう光景を、サンダウンはうっとりとして
 
 眺める。

 

 くたりと弛緩した身体は、胸を大きく喘がせ、短い息を吐いている。その眦から頬にかけて、堪え
 
 切れずに流した涙の跡が残っている事に気付き、そこに優しく口付けた。



 この男が泣くところなど以前は想像もつかなかったが、今ではその涙を掬う事さえ出来る。こちら
 
 が勘違いしてしまうくらい、色んな事を許しているマッドは、サンダウンのその行為を止めようと
 
 さえしない。
 
 

 犯されて無防備になった身体をサンダウンに好きなようにさせている事に、色々な意味を見出して
 
 しまいそうだ。何かを期待している自分を押し殺して、サンダウンはいつものようにマッドを抱き
 
 寄せようとした。



 いつも、こうして身体を重ねた後は投げ出されたマッドの身体を抱き締めて夜を明かす。
 
 
 
 だが、情事の後のけだるさに身を任せているはずのマッドは、不意にサンダウンから身を離し、散
 
 らばった自分の衣服を手繰り寄せ始めた。その身体を再び引き寄せようとしたが、するりと躱され
 
 る。



 眉を顰めているサンダウンを余所に、マッドは衣擦れを立てて身支度を整えていく。サンダウンの
 
 ほうなど見向きもしない。その背にあるのは、情事の最中に感じたあの冷え切った眼差しだ。
 
 

 何か別の場所へと意識を向けているその様子は、同時に何かに怯えているようだ。昼間見る、自信
 
 に満ちた眼差しとは全く違った光に、サンダウンは言葉を失った。いや、最初から掛ける言葉など
 
 持っていない。

 

 最後に、マッドの属性を象徴する、黒光りするバントラインが腰のホルスターへと差し込まれた。
 
 賞金稼ぎである彼と、賞金首であるサンダウンを大きく隔て、しかし引き寄せるもの。賞金稼ぎの
 
 顔に戻ったマッドは、振り返りもせずに停めてある自分の馬の所へと向かっていく。


 
 その歩みが、一瞬鈍った。戻ってくるのか、と期待した直後、マッドの背が薄く震えた。その震え
 
 が、サンダウンの望みを嘲笑うかのように、マッドの鈍くなった歩みを速める。

 

 立ち去る馬蹄の音が、暗がりの中に響いた。



























各章のTitleはB'z『I pray,You Stay』から引用