「おい、あんた見苦しいぞ。もうちょっとまともにしろよ。」

  賞金稼ぎマッド・ドッグに苦り切った声を放たれた賞金首サンダウン・キッドは、しかし賞金稼
 ぎの言葉など聞いていないかのように、相変わらずべったりとテーブルに張り付いていた。そして
 その状態でフォークを使って、もぞもぞとソーセージを突き刺し口に運ぶという動作を、器用にも
 やってのけていた。




  Sausage





  サンダウンは別に最初から、こんなべったりとした姿勢をしていたわけではない。
  久しぶりに荒野でマッドに出会い、珍しい事にマッドが意気揚々とサンダウンを食事に誘ったの
 で、表情にこそ出さなかったもののサンダウンも嬉々としてマッドの提案を受け入れた。
  久しぶりにマッドの作ったご飯が食べられる、と思ったのだ。
  が、意気揚々としたマッドが向かった先は、お気に入りの塒ではなく、勿論野営するわけでもな
 く、少しばかり大きな人通りの多い街にあるサルーンだった。サルーンの一画にある酒場にマッド
 が入り込んだあたりで、サンダウンは萎えた。大いに萎えた。
  萎えたサンダウンは、そのままテーブルにべっちゃりと張り付き、注文を聞きにウェイターがや
 ってきても、頼んだ食事がやってこようと、べっちゃりとし続けた。
  その鬱陶しい姿は、勿論好奇の的である。
  サンダウンの、非常にうざい姿を間近で見る羽目になっているマッドは、ワイングラスを傾けな
 がら、苦々しげに言った。

 「それが人の金で飯を食う奴の態度か。」

  これはマッドの奢りだ。マッドの善意――というか憐れみからくる施しである。それはサンダウ
 ンも、多分承知している。
  だが、サンダウンにも譲れないものがある。
  
 「………そんなのよりも、お前の作った料理が食べたい。」

  どちらにしても、食材の費用はマッド持ちなので、マッドの奢りである事実は覆らないが。
  それに、そんな事を言いつつも、サンダウンの握り締めたフォークは動いて、子羊のソテーをサ
 ンダウンの口に運んでいる。

 「てめぇ、だったらその口に咥えてる肉をまず離せよ。」
 「……そんな勿体ない事が出来るわけがないだろう。」

  もぎゅもぎゅと肉を飲み込んだサンダウンは、けれどもやはりまだべっちょりとしている。べっ
 ちょりとした状態のまま、いじけている。

 「あのな、俺が飯を作るとして、だ。なんで俺がそんな面倒な事しなきゃならねぇんだ。」
 「別に、フルコース料理を作れと言っているわけではない。」

  普段は無口であるが、今日のサンダウンは妙に饒舌である。もしかしたら、自分の願いを通そう
 と躍起になっているのかもしれない。

 「お前の作ったものなら、なんだって良い。」
 「………。」

    今日は何の料理が食べたい?と聞いて、何でも良い、と返されたのと同じくらい夫婦喧嘩の嚆矢
 となりそうな投げ槍な言葉に聞こえるが、実際サンダウンはマッドが作った物なら、卵かけご飯で
 も文句は言わないような気がしてきた。
  それくらい、サンダウンの顔は真面目であった。

      「あんたなぁ……だったら、単にソーセージ焼いただけのもんでも良いってのかよ。言っとくけど
  俺は牛だか羊だかの腸に肉詰めるとこからソーセージ作りを始める気はねぇからな。」

  くだらない会話だと思いつつも、マッドはサンダウンを睨んだ。
  が、案の定サンダウンは頷く。

 「ソーセージを焼くという一手間が重要だ。」
 「あんたは重症だな……。」

  マッドがソーセージを焼くだけで、このおっさんは幸せになれるようである。
  というか、ソーセージを焼く事の、何処が料理だ。タコウィンナーにするならともかく。
  だがサンダウンは、

 「お前が私の為にソーセージを焼くという行為が重要であって、お前が焼いていないソーセージに
  は意味がない。」

     実に良く分からない事を力説し始めた。
  そもそも、マッドは別にサンダウンの為に料理を作ったつもりは一度もない。マッドが料理を作
 っている時にサンダウンが乱入してくるか、勝手にお零れを頂戴しているかのどちらかである。
  いや、大体。
  マッドは肉を口に咥えてぶら下げているサンダウンを、今度こそ睨み付けた。

    「だったら、今てめぇが咥えてる肉は、俺が焼いたもんじゃねぇだろうが。」
 「それはそれだ。」

  サンダウンは、完全に、夫婦喧嘩となってもおかしくない台詞を吐いた。
  というか、改めて言うが、食事を奢って貰っておいて、何様だこのおっさんは。しかも、未だに、
 お前の作った料理が食べたいとほざいているのである。

 「別に、ソーセージを焼いたのが食いたいんなら、てめぇで焼けば良いんじゃね?ソーセージ焼か
  せる為だけに俺がいるとでも思ってんのか、ああ?」
 「……ソーセージ以外のものも作ってくれるのなら、尚良い。」

  作ってくれるのか、と薄らとわくわくしているサンダウン。
  普段無愛想なおっさんだけに、なんとなくキラキラしている青い眼が、非常に薄気味悪い。
  あまりの薄気味悪さにマッドが眼を背けると、なんだかしょんぼりした雰囲気が伝わってきた。
 そして、もしゃもしゃと肉を咀嚼する音が。

 「なんであんたはそう、俺を悪人みたいにするんだ。賞金首のあんたの方が明らかに悪人だろうが。」
 「悪人ではないが、酷いとは思う……。」

  肉を齧りながら、サンダウンは恨めしげにマッドを見る。
  なんだか、餌が足りない動物園のライオンのようだ。要するに、非常に情けない。しかし、肉を
 しっかりと咀嚼しているので、マッドとしは腹立たしい限りである。
  が、肉を食べながら、憐れっぽい様相でテーブルに張り付いて上目遣いでマッドを見上げるサン
 ダウンは、腹立たしい以上に鬱陶しい。茶色くて小汚いから余計にそう思う。

 「あんたな、せめてしゃっきりしろよ。」
 「……ご飯を作ってくれるのなら。」
 「どういう取引条件だ、それ。」

  放っておいたら、撃ち取っても良いから食事を作れとか言い出しかねない雰囲気である。そんな
 様子が満載である。如何にサンダウン・キッドの賞金5000ドルを狙っているマッドとしても、そん
 な意味不明の撃ち取り方はしたくない。というか、これまで決闘で負けてきた意味が、遥か彼方に
 吹っ飛んでいきそうである。

 「分かったよ、あとでソーセージくらい焼いてやるから、しゃっきりしろ。あと、決闘もしろ。」

  途端に、サンダウンの背筋が伸びた。
  ところで、マッドが決闘の言葉を織り交ぜた事に気が付いているのだろうか。それとも、飯を作
 るから、きっちり決着をつけようと言ったら、そうするのだろうか。
  マッドはそう思ったが、それをやったら自分が非常に可哀そうな気がしたので、口にするのは止
 めた。