鬱蒼と茂る森の中、それは人里から遠く離れており、それどころかそこに辿り着く道すら、ある
 かどうかも危うい土地だ。 
  森と、山に囲まれた土地は、冷静に考えれば人が暮らしているとは思えない場所であるのに、し
 かしその町は緑の毛糸を割り込むようにして現れるのだ。
  常に纏うくすんだ霧を、石畳の上に降り積もらせて。
  誰一人として住まわない家々を見る限り、結局はその地も人に見捨てられたのであろうと思うの
 だが、しかし何処かで誰かの呼吸が聞こえるような気がする。人が去っても思念のようなものが残
 っているのか、それとも本当に、誰かが住んでいるのか。
  いずれにせよ、ただただ放置された家具や食器が、ひたすらの沈黙と相まって不気味であった。




  City Legend





   「どう考えても、此処は都市伝説に出てくる廃村じゃねぇか!」

  山と森に囲まれた、人気のない小さな町で、日本の20XX年という昭和の匂いの残る時代からやっ
 てきたアキラは、くすんだ、見ようによっては不気味な町並みを見て叫んだ。

 「人里離れた山奥に、突如現れる町なんて、不気味以外の何物でもねぇじゃねぇか!絶対に悪魔的
  な何かを信仰してるとか、俺達には理解出来ねぇ文化が発達してるんだ!駄目だ!こんな所にい
  たら迫害される!」
 「安心しなよ、あたい達はあんたの言ってる事が既に理解できないから。」

  一人で勝手に盛り上がっているアキラに、背後でアキラの叫びを聞いていたレイが、お下げ髪を
 ぽんと後ろに払って、冷やかにつっこんだ。
  尤も、レイにしたってこの町並みは一種異様に見える。それは単純に、本当に文化の差という事
 だけで感じる違和感だけであって、アキラのようなオカルティックな意味合いは無きに等しいのだ
 か。  

 「何言ってんだよ!この、人気がないのに人の気配がするっていうのが、理解できねぇのか!」 

  背後を振り返って叫ぶアキラに、背後にいた面々は微妙な顔をする。 

 「あー確かに人の気配はするけどなー。」 
 「しかしそれは、恐らく拙者達のものではござらんか。」 

  アキラ曰く理解できない不気味な文化が発達している廃墟には、七人の人間があちこちに呼びつ
 けられ、彼らが事態を打開する為にあちこちうろつき回って、それ故に彼らの気配が刷り込まれた
 としてもおかしくなかった。
  確かに、この廃墟にいきなり連れ込まれた時は一人だったし、他に人の気配がする事に戸惑いは
 したが、既に七人がそろっている以上、どう考えても人の気配は彼ら自身であったわけだし、恐れ
 る事は何もない。
  というか、廃墟というものに何をそんなに驚いているのか、と言うのが、ほとんどの人間の心境
 である。
  バブル時代の日勝はともかく。 

 「飢饉だのがあったら、その町を捨てて別の土地に行くのは普通だろ?」 

  中国の山間部で生きてきたレイは、全部が全部そうじゃないだろうけれど、と付け加えつつも呆
 れたように言う。

 「戦が起きれば、村ごと焼打ちという事もあったであろうし。村人が兵として取られ、人がいなく
  なる事も珍しくはないのでは?」

  拙者の時代にはそういう事は少なくなっており申したが、と幕末時代のおぼろ丸。

 「……何もない場所でもそこに利益があるなら町も造るだろう。そして利益を生み出せなくなれば
  人は去っていくだけだ。」 

  ゴースト・タウンがごまんとある西部で生きるサンダウンにしてみれば、廃墟如き騒ぐに足るも
 のではない。
  そもそも、彼らにしてみれば、廃墟から人の気配云々も、普通に考えれば珍しい事ではない。人
 の居なくなった町や村に、人目を避けて生きる人々、例えば犯罪者、例えば修行中の僧、例えば病
 気や生まれながらの奇形故に人と交わる事を避ける者が住み着くのは、当然である。
  そんな、ディープな時代である。
  なので、アキラのように黒魔術だの、異文化だのよりも、真っ先に犯罪性を疑う。
  
    「うおおおお!てめぇら、都市伝説を甘く見やがって!」
   「そもそも、都市伝説ってなんだい。」

     20XX年の日本の言葉が、幕末の人間や外国人に伝わるわけがなかった。
  更に、

 「その都市で最強となった男の伝説に決まってんだろ!」

  日勝が、明後日の方向を目指した説明をしてしまった。

        「ちがーう!変な間違いを教えてんじゃねぇ!しかも男が最強になる事と廃墟は全く関係ねぇだろ!」
 「何言ってんだ!最強の男の周りには人が集まらないのは当然だろ!」
 「そりゃてめぇだけじゃねぇのか!」

  アキラと日勝が謎の言い合いをしているのを横目に、他の面々はもっと建設的な話をしようと二
 人を除いた輪を作る。

 「でも、どっちにしてももう少しこの場所は調べないと駄目だね。適当に一回りしてみたけど、家
  の中とかもきちんと見ていったほうが良いだろうし。」
 「まあ、何もないかもしれんが、情報として仕入れておくには良いだろう。」

  なにせ、この土地に関する情報が圧倒的に少ない。
  人智を超える何かが渦巻いているような気にはなるが、しかしそれならそれで、どうすれば対抗
 できるのか、元の世界に戻れるのかを探らなくてはならない。
  その為には、やはり虱潰しにこの町を探索するしかないだろう。

 「そうだ、探索だ!突撃だ!」

  先程まで日勝とじゃれ合っていたアキラが、けれどもどうやら会話だけはしっかりと聞いていた
 らしい。

 「でも間違っても一人で突撃すんなよ!少なくとも三人は必要だぜ!あと、護身用の武器とか、通
  信用に携帯電話とかも持っていかねぇとな!」

  明らかに、何処かの掲示板でそういった場所に突撃する部隊の実況を聞いていたような、妙に具
 体的なアキラの台詞に、しかしほとんどの人間が怪訝な顔をする。主に、通信用の携帯電話という
 言葉辺りに。
  くどいようだが、20XX年の日本の言葉が、幕末の人間や外国人に伝わるわけがない。
    しかし、アキラは一人祭り状態である。
  凸だ、凸するぜ!となんだか妙に盛り上がっている。というかこの少年もこの廃墟に下ろされた
 のだから、一通りはこの廃墟を巡っただろう。
  と思ったが、よく考えればアキラは誰かが見つけるまで民家の前で腹を出して寝ていたのだった。
 探索などしていない。まあ、日勝も牢屋の中でトレーニングをしていたので大差ないのだが。
  冷やかな幕末の人間や外国人の視線を、しかし日本人は気にしない。

 「写メれねぇのが残念だが、仕方ねぇ!だが、例えネタと言われても良いから、俺はこの事をネッ
  トで曝すぜ!」

  もはや別世界の人間との意志疎通を忘れているアキラは、別世界の人間から見れば、むしろお前
 が怪しい異文化を発達させた人間だと言われんばかりの様相である。
  が、他の人間にしても、この町を探索しない事には先に進めない為、一番体力がない上に面倒臭
 がり屋なアキラが、自発的に動き出した事について文句は言わない。尤も、戦力には全くならない
 事は眼に見えているが。
  現時点で後方支援確定――アキラの時代ならば、ただの通信支援でもやっていろ、と言われかね
 ないアキラは、行くぜ!と騒いでいる。
  意気込みだけは買いつつ、まあどうせ後方支援だな、とレイやおぼろ丸に思われながら、しかし
 アキラの人生初の廃墟探索は幕を開けたのである。