氷を溶かすように解された身体は、水よりも粘度の高い流体のようにどろどろに溶けている。泣き
 
 叫ぶまで執拗に加えられた愛撫を受け止めきれず、マッドのいう事など利いてくれない。それでも
 
 サンダウンは、マッドの身体を解放しようとはしない。



「っああああ!も、……あ!いや、っだ!」



 身体の中で蠢くごつごつした指は、何本あるのか分からない。それらはマッドの中を押し広げ、マ
 
 ッドが跳ねるたびにその場所を強く押し、かと思えば奥まで突き進んでいく。もちろん、これまで
 
 だってこうやって解されてきた。もともと受け入れる為の場所ではない。指一本入り込む事だって、
 
 最初のうちは気持ち悪かった。だからサンダウンがこうして解すのは、マッドの身体にとっては重
 
 要な事ではある。



 だが、それを差し引いても、今日の愛撫は限度を越えていた。いつもはある程度解れたらすぐに割
 
 り入ってくるはずなのに、今日はマッドの腰が重く濡れてもそれ以上先に進もうとしない。代わり
 
 に指がずっと添えられている。しかも的確に感じる所を引き摺り出し、なのに絶頂に向かおうとす
 
 ればはぐらかす。苦しさと紙一重の位置にある快楽に、マッドは全身を上気させてびくびくと震え
 
 るしかない。

 

 行き過ぎた快感にぼろぼろと涙を零すマッドの額には、サンダウンがずっと口付けている。時折、
 
 涙で濡れた頬に優しく唇を押し当てながら、しかし何度も請うているマッドには頷かない。

  

「も、やぁ………!」

「まだ、だ………。」



 周りを囲う雨音と同じくらい低い声は、だが、ほんの少しの乱れがあった。だが、今のマッドにそ
 
 れを感じ取る余裕などない。感じるのは、蕩けそうな腰の中心に穿たれた快楽と、それを齎す指の
 
 形だけだ。



 迫りくる何度目かの絶頂の気配に、マッドの脚の付け根が震えた。背筋を這い上がるぞくぞくとし
 
 た感覚に、腰が不規則に跳ねる。だが、後一歩のところで、サンダウンは指を止めてしまう。これ
 
 ではぐらかされるのは何度目か。限界まで反り返ったマッド自身は、ぐちゅぐちゅと濡れて幾つも
 
 の滴を垂らしている。いやいやと首を振りながら、しかし快楽を求めて知らず知らずのうちに腰を
 
 揺らすマッドに、サンダウンは囁く。



「どうして、欲しいんだ………?」



 ゆっくりと壁を撫でられて、マッドは身を逸らして喘ぐ。

 

「ん、もぅ……は、やく……!」

「……………。」



 必死の懇願に返ってきたのは沈黙だった。縋りついて見上げれば、そこにあった双眸は酷く真摯で、
 
 マッドは虚を突かれた。熱に浮かされながらも、うろたえてサンダウンを見ると、耳朶を甘噛みす
 
 るように顔を寄せられる。



「マッド………私は、お前が、欲しい………。」

「あっ………!」



 言葉と同時に感じる所をなぞられて、マッドはぴくんと跳ねる。その身体に、サンダウンは言葉を
 
 落とす。



「お前は………?」

「………っあ、ああっ!」

 
 
 静かな問い掛けに、マッドははっとするが、しかし快楽に乱されて考えが纏まらない。そこにさら
 
 に快楽を注ぎ込まれ、言葉が降りかかってくる。



「マッド………答えろ。」

「ん………、あ!あぅぅ………。」

「マッド………。」

「は、う………、やっ、ああ!」

「欲しいんだ………。」

「やめっ………あ、う………!」

「お前は、どうなんだ…………?」



 ぬちゃぬちゃと耳を塞ぎたくなるような音が聞こえるくらいに解されて、瀬戸際まで追いつめられ
 
 た欲望からは絶え間なく滴が溢れ出して、身体はこれ以上はないくらい感じてしまっていて、その
 
 全身に欲しいと囁かれて、更には追い詰められて。
 
 

 思考回路は徹底的に引き裂かれて、それでも頭の奥底では酷いくらいにサンダウンの言葉の意図を
 
 理解しているが、それに対抗する方法を考える事などできはしない。どろどろに溶けた腰が、頭が、
 
 身体の全部が、ずっと否定していた言葉を快楽に押し出されて吐き出そうとしている。



「ひっ………キッド………っ!も、欲し………っ!」



 首に腕を回してしがみつくと、乾いた風と紫煙、そして硝煙の匂いがした。それらは水分を大量に
 
 含んだ空気と混じり合って、いつもよりも重量を持ってマッドに降りかかる。眼に見えない、それ
 
 らの質量でさえ感じてしまう。女の香水でこんなに感じる事などなかった。その理由を口にする事
 
 は野暮だ。代わりに口にするのは、物質的とも精神的ともとれる台詞だ。きっと、身体が追い詰め
 
 られた今でしか、口にできない。



「キッド…………欲しい………っ!………っお前が、欲し、っから、早く……っ!」



 泣きながら欲しいと告げると、いきなり指が引き抜かれた。その感覚にさえ感じて思わず仰け反る
 
 と、サンダウンの腕が背中を支える。



「………掴まっていろ。」


 
 言うや否や、指がなくなって寂しくなりひくつく場所へ、熱い剛直が押し当てられる。眼を見開い
 
 て身を強張らせる暇もない。一気に奥まで突き進む、待ち望んだそれにマッドは悲鳴を上げた。



「んやああああああっ!」



 普段なら解されても残る引き攣れたような痛みなど、何処にも見当たらない。感じたのは一瞬の圧
 
 迫感のみ。その圧迫感でさえ、焦らされすぎた身体にはすぐさま快感に置き換わる。そして最奥ま
 
 でサンダウンを迎え入れたマッドの身体は、その衝撃で達してしまった。しかし、弛緩したマッド
 
 の身体は休む暇も与えられずに、激しく揺さぶられる。



「あっ、あっ………んっ!」



 容赦のない突き上げに、一度は達して萎えたマッドの欲望は、再び首を擡げ始めている。眼の前が
 
 ちかちかと明滅し、腰より下は熱の塊になってしまったようで、飴のようにどろどろに溶けたよう
 
 な感覚がある。本当に、このまま、溶けてしまいそうだ。床に蕩けてしまいそうな身体は、しがみ
 
 つく事だけで精一杯で、後はサンダウンの思うがままに揺さぶられる。



「ふ……っ、あうっ!あぁっ、だ、駄目、も……っ、キッドっ!」


 
 波打つ身体が押さえ込められる。腰をなぞるかさついた指にさえ、甘い痺れを感じる。ぞくぞくと
 
 這い上がるそれに嬌声を上げ、限界を訴える。子供のように泣き叫んで、名前を呼ぶと耳を舌先で
 
 捕えられた。その感覚にびくんと震えるのと同時に、下から激しい突き上げに貫かれた。



「あ、ああっ、あ―――っ!」



 最後に一際高く鳴いた身体の奥に、そのまま下半身と混ざり合ってしまいそうな、蝋よりも熱い液
 
 体が注ぎ込まれた。床に広がりそうに蕩けた身体が意識にまで及び、白く溶け崩れて沈むのに、そ
 
 う時間は掛からなかった。








 


 身を捩って眼を覚ますと、そこには薄暗い光が朽ちかけた窓から差し込んでいた。湿気た空気がひ
 
 んやりと身体に降り積もり、マッドはぶるりと身を震わせた。しかし、けだるい思考には未だ靄が
 
 かかっており、冷え込んだ身体を動かすのは非常に億劫だ。
 
 

 深い溜め息を吐いて白い夢を振り払おうとしていると、床にへばりついている肌にかさついた皮膚
 
 が重ねられた。蕩けて広がる身体を床から引き剥がす手に、マッドはぎくりとした。それと同時に、
 
 自分の身に起こった事を思い出す。

 

 跳ねる身体。

 揺れる腰。

 高く上がる声。

 それを齎す指。

 

 西部の男を象徴するかのような武骨な手が、マッドの身体を引き寄せる。紫煙と硝煙の匂いとサン
 
 ダウンの熱に包み込まれて、マッドは開いたばかりの眼を思わず伏せた。するとその額に唇が当て
 
 られる。サンダウンの吐く息がかかり、その熱さにマッドは身じろぎした。
 
 

 身体を重ね一晩明かした後に、こんなふうに触れ合う事は今まで一度もない。去り際はいつも乾い
 
 ていて、一旦身体を離した後は、手を触れ合う事もなかったのに。

 

「まだ、早い…………。」



 離れるには、と言う低い声に重なる、雨だれの音。降り止まない雨に、共にいる時間がまだ長くあ
 
 る事が知れる。
 
 
 
 柔らかい檻は、マッドがその気になればあっと言う間に打ち破れる。しかし、他者が突き破るには
 
 雨音は強靭で、それらに囲まれているが故に、誰に襲われる心配もなく、サンダウンは存分にマッ
 
 ドを貪る事が出来る。
 
 

 だが、マッドを放さないサンダウンはマッドの身体を貪ろうとはせず、ただ腕の中に閉じ込めてマ
 
 ッドの肌の熱さを享受していた。口付けはこのまま情事に雪崩れ込むような熱っぽさはなく、ただ
 
 穏やかに顔に押し当てられるだけだ。

 
   
「キッド………。」



 掠れた声で名を呼ぶと、髪に指を差し込まれ、柔らかく撫でられる。何かが大きく間違っているよ
 
 うな触れ方を、しかしサンダウンは止めない。



「お前が、欲しいんだ。」



 情事の最中に何度も繰り返された台詞を、再び落とされる。しかし、情事に雪崩れ込む激しさは何
 
 処にもない。それはまるで、慈しむような響きさえ持っている。

 

 これは、まるで、まるで。



 柔らかい声も、指も、視線も、全部が欲しいと告げており、その裏側に横たわっている言葉は、ど
 
 う考えても自分達には必要のないものだ。しかし、それにうろたえながらも喜んでいる自分がいる
 
 事を、マッドは知っている。そしてきっと、それはサンダウンにも気付かれている。情事の際に無
 
 理やり吐き出された言葉が、紛れもない本心――しかも物質的ではなく寧ろ精神的な――だった事
 
 も知れているのだろう。それはマッドの羞恥心を今更ながら煽るが、だが、逃げ場など何処にもな
 
 い。そもそもサンダウンも逃がす気がないようだ。
 
 

 羞恥と居た堪れなさに赤くなっているであろう顔を伏せ、その顔をぐりぐりとサンダウンの胸に押
 
 し当てて隠す。雨の所為で小屋の中が薄暗いのが、幸いだ。尤も雨が降っていなければ、こんな事
 
 にもならなかったのだが。

 

「…………お前は?」



 身体をなぞる手と一緒に問われた言葉は、情事の最中に問われたものと同じ。どう考えてもマッド
 
 の心の琴線を鳴らす為に落とされた言葉は、素面で答えるにはあまりにもあんまりな問いだ。
 
 

 だが、逃げ場のない今、はぐらかす事は出来ないのだろう。雨が上がるまで耐えさせてくれるほど、
 
 サンダウンは優しい人間ではない。

 

 もごもごと口の中で呟いていると、促すように指が背骨を伝い落ちた。仕方なく、サンダウンに顔
 
 を押し付けたまま、もぞもぞと身体を伸ばしてマッドは口元をサンダウンの耳朶まで運ぶ。

 

 マッドが意を決して口を開くまで、あと数拍。