肩と腰を抱え込まれた身体は床に横たえられ、見上げる視界には男の姿だけだ。

 いつもと同じ。

 だが、今日はこれまで地面に投げ出されていたマッドの腕が、サンダウンの背中に回っている。
 
 

 困惑混じりにサンダウンを見上げると、優しく口付けられた。角度を変えては徐々に深まるそれは、
 
 後頭部を手でがっちりと押さえられているため、逃げる事もできない。呼吸一つ許してくれないサ
 
 ンダウンが、ようやく唇を離した時には息が上がっていて、身体に力が入らない。


 

 胸を喘がせて投げ出されている身体に、サンダウンの指先が触れた。ジャケットが肩まで脱がせら
 
 れ、タイが解け、きっちりと止められたシャツのボタンは完全に外され、マッドの身体のラインに
 
 従って頼りなく揺れる。
 
 

 前を肌蹴させられた時、覆い被さる男から不穏な気配が立ち昇った。男の眼に映っているマッドの
 
 身体には、微かではあるがサンダウン以外の人間が付けた跡が残っているのだ。それが、どういう
 
 わけか気に障ったらしい。いきなり、その部分に、噛みつかれた。



「っあ………!」



 思わず仰け反り声を上げると、噛まれた部分に優しく舌が這う。それが、残る情痕全てに与えられ、
 
 マッドは身を捩った。まるで、他人の皮膚が触れた部分を塗り潰そうとするかのようなサンダウン
 
 の行為に、マッドは明確な理由をつける事が出来ない。

 

「キッド………、っ………。」

「………済まないが、許してやれそうにない。」


 
 首筋に舌を這わせ、指先でマッドの胸の突起を弄ぶサンダウンは低く囁きながら、もう一方の手を
 
 マッドのベルトへと伸ばしている。サンダウンの台詞の意図を問う暇も与えられない。


 
「くっ…………!」



 思わず逃げを打った身体を押え込み、サンダウンはマッドの下肢を覆う邪魔なものを下着ごと引き
 
 下ろす。敏感な部分を外気に曝された感覚に、マッドは硬く眼を閉じ、次にくる直接的な快感に耐
 
 えようと唇を噛み締める。その様子に気付いたサンダウンの唇が、優しく触れてマッドの唇を解そ
 
 うとする。赤く血の滲んだ下唇を舐めとり、歯列を割ろうと舌が侵入してくる。それに伴って、か
 
 さついた手がマッドの形の良い双丘を掴み、そのまま柔らかな内股へと滑る。しばらくその柔らか
 
 さを楽しむように蠢いていた指は、突然力を込め、すんなりと伸びた脚を左右に割り開き、腿が腹
 
 につくぐらい押し開かされる。

 

 何度も繰り返されてきた行為。この後、自身に欲望を与えられる事も、マッドにとってはもはや分
 
 かり切っている。だが、だからといって慣れるという事はない。

 

 顔を背け、身体を強張らせるマッドに、サンダウンは宥めるように口付けを送るが、その身の強張
 
 りはなかなか解けない。その様子に、いつもなら強張ったままの身体に無理やり快楽を注ぎ込むの
 
 だが、サンダウンは軽く額に口付けて固く閉ざされた身体を柔らかく撫でていく。床に横たえられ
 
 た身体に触れる指先も、壊れ物を扱うかのように静けさをともなっている。
 
 

 普段荒野で絡み合う時も、確かに優しく丁寧ではあったが、同時に場所が場所だけに酷く性急に事
 
 が始まり、終わる。しかし、今のサンダウンには性急さは何処にもない。それは驟雨に取り囲まれ
 
 て、誰も襲ってこないという事実からくるのかもしれないが、しかしまるで女を落とす時と同じよ
 
 うな手管に、マッドは眉根を寄せた。
 
 

 ただの欲望の捌け口に、こんなふうに何か勘違いしてしまう触れ方は必要ない。だから、そんな事
 
 しなくていいと、微かに身を捩って拒否の意を示す。そんなマッドの様子に気付いているはずなの
 
 に、サンダウンは執拗なほどに優しい愛撫を繰り返していく。時折口付け、他人が付けた跡以上に
 
 きつい所有印を残しながら、マッドを解こうとする。 



「っ………さっさとしやがれ!」



 ぐずぐずと燻る内面を掻き混ぜて、マッドを更に追い詰めようとするかのようなサンダウンの仕草
 
 に、マッドは低く吐き捨てた。手を振り解かなかったのは自分だ。だが、だからといって気紛れの
 
 指先に付き合えるほど、マッドは熱に溺れる事が出来る人間ではない。現に今も、冷静な自分が頭
 
 の片隅で冷ややかにこの状況を見下ろしている。そして今にも糾弾の言葉を形作ろうと、隙を窺っ
 
 ているのだ。

 

 頑なな身体に何を思ったのだろうか。興を殺がれたのか呆れたのか、マッドの腰を持ち上げていた
 
 サンダウンの腕が外れる。離れていく気配に一瞬うろたえた。止めるのか。
 
 

 だが、戸惑うマッドとは裏腹に、マッドがサンダウンの肩に食い込ませた指ははずされない。単に
 
 マッドが離れようとしないだけかもしれないが、しかしサンダウンも振り解く気はないようだ。実
 
 際、サンダウンはマッドを安心させるようにすぐにその身を抱え直し、腰を引き寄せた。



 腰を引き寄せられ、顔を肩口に押し当てられるような形で抱え込まれる。いつもとは全く違う仕草
 
 に腕の中で身じろぎする。止めてくれ、と。こんな事はしなくていいと。求められれば拒めないが、
 
 だがこんなふうに扱われたら惨めに自分を貶める事しか出来なくなる。それは延々と続いていた自
 
 嘲が更に深く抉られるだけの話。声に出さずに訴えていると、耳にサンダウンの息がかかった。


 
「………お前が、欲しいんだ。」



 耳朶を舐め上げるように囁かれた台詞に、マッドは眼を大きく見開く。見上げた先にあったのは、
 
 雲一つない荒野の空と同じ色をした眼だった。酷く凪いだ視線が、開かれたマッドの眼に口付ける。

 

 一拍遅れて、顔が異様に熱くなった。これまでずっと無言で自分を責め立てていた男が、吐いた言
 
 葉。呆気にとられるだとか、そんな鈍い自分の思考回路に比べて、身体のほうは正直だった。
 
 

 全身に血が駆け巡る。朱を散らしたのが己でも分かり、マッドは慌てて顔を背けるが、それは男の
 
 手によって阻まれてしまう。熱を持った顔のあちこちに口付けられ、マッドはもう、居た堪れない。

 名前を呼ばれ、熱くなった全身に、欲しいと告げられて、冷え切っていたはずの胸はもう何処かに
 
 消えてしまっている。頭の片隅にいた一番冷めた嘲笑を零す自分の姿は、影も形もない。いるのは
 
 不気味なほどおろおろする自分だけだ。



「マッド…………お前が、欲しい。」



 挙句、誰かの代わりだとかそんな逃げ場がなくなるくらいに名前を呼ばれた。明確にマッドの名を
 
 呼ぶサンダウンは、確実にマッドを囲っていく。雨音に紛れそうな低い声で、しかしマッドには届
 
 くように欲しいと囁き、その度に口付けを落として噛んで舐めて、名前を呼んで。



「欲しいんだ………。」



 マッドが持っている理性の糸を一つずつ切り落としていく。