もっと薬に対して耐性をつけておけばよかった。 

 どんな薬でもどうしたって副作用というものがある。風邪薬を飲めば眠気が襲うように、必ず自分の身体にとって望まな

 い効果が発揮されるのだ。マッドはその事を良く知っていたから、熱が出てもぎりぎりまで薬には頼らないし、薬を使っ 
 
 てもそれは最小限――効果があるかどうかも怪しい量しか飲まない。そうする事で、身体の感覚が鈍らないようにしてき 
 
 たのだ。

 だが、今、それが逆にマッドを苛んでいる。

 薬に対して耐性のほとんどない身体は、無理やり叩きこまれた薬の効果を思う存分に享受し、過敏に反応する。挙句、ア
 
 ルコールと混ざり合っているから、尚更奇妙に吸収してしまったようだ。

 現実と夢の狭間を漂う程度の心地良い眠気と、それと相反する激しさで籠る熱に、マッドの理性はぐらぐらと揺れていた。 

 そして、もう一つ。

 青い双眸がマッドが身を捩る様を見ているという事が、マッドの頭の中を掻き混ぜて引き裂いている。




  
 Bedurfnis







「出て、行け。」



 何処からともなく親切心を取り出して、マッドのジャケットを脱がせようとするサンダウンに、マッドは本心を投げつけ
 
 た。確かに身体に纏わりつく衣服にさえ感じてしまうほど身体は熱を持っていて、この身に纏う全てを払い落してしまい
 
 たかったが、それ以上にこの男に今の自分の状態を、一秒でも長く見ていて欲しくなかった。収まる事のない熱は、これ
 
 から先の長い夜を想像させ、そこで喘ぐ浅ましい自分の姿がいとも容易く浮かんだ。


 今の状態は序の口だ。きっと、今から夜が深まるにつれ、徐々に浅ましさを増していくだろう。そんな姿を見られるくら
 
 いなら、未だ諦めずに宿屋の周囲を取り囲み、聞き耳を立てている男達に蹂躙されたほうがましだ。



 そもそも、この状態が自業自得である事はマッドとて分かっている。そこにサンダウンが関わる必要などないのだ。あの
 
 酒場から連れ出してくれただけで十分だ。だが、サンダウンはマッドの意志を完全に無視してジャケットを脱がせにかか
 
 っている。



「やめ………っ、う、く………。」



 止まらない武骨な指が衣擦れを引き起こすたびに、マッドは声を上げてしまう。タイを解かれ、シャツを脱がせられる時
 
 など、肌に直にサンダウンのかさついた手が当たり、肌が否応なしに震えた。腰に甘い痺れが走り、どうにかなってしま
 
 いそうなくらい背筋が粟立つ。シーツに縋りついてやり過ごそうにも、そんな自分を嘲笑うかのように身体は奥深くから
 
 熱を垂らしている。



 必死に熱に抗うマッドに、決定的な快感を与えたのはサンダウンの手だった。一気に下着を引き摺り降ろされ、擦り上げ
 
 られるのと同じ感覚を味わい、マッドは身体を大きく跳ねさせた。



「あぅ………っ!」



 腰の辺りでぞくぞくとしていた痺れが、快感となって着火する。そのまま焼き切れそうな理性を無理やり手繰り寄せるが、
 
 一度快感に転じた熱が波のように何度も繰り返し押し寄せる。その度、マッドは理性を手放しそうになる。それを辛うじ
 
 て食い止める為、サンダウンに向かって出ていけと言い続ける。半ばうわ言のように繰り返している間も、押し寄せる波
 
 は止まらない。むしろ、徐々に大きくなり、マッドを呑みこもうとしている。

 
 
「くっ………あ、はっ…………。」



 シーツに顔を埋め、歯を食いしばる。夢の中で悪魔に責め立てられている時は、縋るものもなく、ただ声を溢れさせてい
 
 たが、今は、この男の前で声を上げるわけにはいかない。しかし、アルコールによる蕩けてしまいそうな眠気がマッドの
 
 身体を弛緩させる。そして無防備なそこを突くように、陶然とした熱が体内から放たれて奥深くで暴れ回る。

 
 
「………ああっ、ん!」



 嫌だ、と眼に見えない快楽の源に言ってみても、それは無駄な事この上なく、縋りつくシーツでさえ肌を刺激する。濡れ
 
 る身体は、快楽を拒めない。命ずる意識もふわふわと漂うばかりで、冷然とする事はもはや夢のまた夢の状態だ。空気の
 
 一粒にさえ、悪魔の醜い誘いが乗っているようで、マッドはいつものように切ない声を上げてしまう。

 
 
「あっ!やっ!」



 いつの間にか背後に忍び寄っていた悪魔が、マッドを後ろから抱えるようにして縛り上げていた。武骨な手が身体を滑り
 
 落ちてマッドの上体を引き起こし、その衝撃に悲鳴を上げそうだった口に、悪魔の指先が滑り込む。逃れようとしても夢
 
 の中で逃れられた試しなど一度もなく、今回もマッドは悪魔の言いなりになる。最後の抵抗で口の中に差し込まれた指に
 
 噛みつくが、やはりびくともしなかった。



「んっ……んっ!」



 弛緩した身体は言う事を聞かず、それ以上に頭の中もぼうっとして考えが纏まらない。浅い眠りにも似た感覚の中で、焦
 
 らすように腰に手を回したきり動かない背後の悪魔に、マッドは思わず身を捩りそうになる。実際、身体は快楽を欲しが
 
 ってか先程以上に震えている。



 そして、



「く………っ、あ!」
 
 
 
 震えていた身体はかさついた手と擦り合わされ、そこから生み出された快感に、マッドは噛みついていた歯を解き、声を
 
 上げてしまった。辛うじて視界を映していた眼に、白い斑紋が激しく浮かんでは消える。がくがくと震える身体は、開い
 
 た口を閉ざそうという気にもならないらしく、マッドは夢の中のように声を溢れさせた。止まらない声を塞ぐように唇を
 
 抑え込んだのは、醜い悪魔の唇だ。優しく口付けと一緒に降ってきた青い視線に、マッドははっとする。悪魔は、いつも
 
 と同じようにサンダウンの姿を取っていた。その姿にマッドは硬い現実を見据えたような気分になったが、それを完全に
 
 思い出す前に口付けが陶酔を送り込んでくる。現の残滓に眉を顰めながら、しかし結局それを掴み損ね、マッドは再び悪
 
 魔の手技に流されてしまい、朦朧とする。



「ん…………。」



 サンダウンの口付けに酔いしれるマッドは、いつも以上に焦らす悪魔の動きに溜め込まれた熱を苛まれる。身体が弛緩す
 
 るくらい飲んだアルコールの事も、熱を灯し続ける薬の事も、まして自分が男を誘った事など、もはや頭の中にはない。

 眼の前にいるのが、悪魔の手先なのかそれとも現実のサンダウンなのかも判断できない。とにかく、はやく、楽になりた
 
 い。いつものように抱いて、全身を舐めて、どろどろに溶かして欲しい。



 滲む視界の先で辛うじて揺れ動く砂色の髪と青い瞳に手を伸ばし、縋りついて、懇願した。

 
 
「キッド………………。はや、く………。」



 悪魔の大笑が耳元で聞こえた気がした。

 しかし、それは微かに残る理性がいつも見せる幻聴だ。

 そう理解できるほどに、マッドは何度も夢を見ている。

 そして現と幻がすり替わるほどのアルコールで、理性の肝心な部分を麻痺させられている。

 そしていつもならば理性が食い止める欲求が、薬の所為で完全に箍が外れている。

 

 これは夢だ。

 背徳感を感じて堪らない夢だ。

 だから何が起きても、何をしても構わない。



 腕を伸ばしてその首に巻きつける。

 耳元で吐息を零して、早く、と誘う。

 腰と肩に回された腕は、それでも動いてくれなくて、肩口に顔を埋めて強請る。

 楽にしてくれと必死に囁いて、ようやくサンダウンは動き始めた。

 ただし、いつもとは全く違う性急な動きで。

 サンダウンは肩に回していた手をマッドの下肢へと伸ばすと、先走りで濡れて震えているマッド自身をいきなり強く擦り
 
 上げたのだ。



「ひあぅ!?」



 突然加えられた衝撃に、マッドは仰け反った。背中を一気に這い上がった感覚は痛いくらいに強く、それに悲鳴を上げる
 
 マッドを無視して硬い皮膚が敏感な部分を容赦なく擦る。ちかちかと点滅する視界に、首を打ち振るって抵抗するが、全
 
 くの無意味だ。


 
「あっ!ああっ、あ、あ!」



 強く責め立てられたそこは、あっと言う間に絶頂を迎えた。しかし、爆ぜる熱に弛緩するマッドとは裏腹に、薬を飲みほ
 
 したそこはまだ硬度を保っている。それを見たサンダウンは、再び強く扱き出す。
 
 

 優しさの欠片もない、しかし機能的に官能を与えるその手つきは、愛撫というよりも処理に近い。絞り出されるような快
 
 感の与え方に、マッドは三度目の絶頂の後、息も絶え絶えに、嫌だ、と叫んだ。身体はまだ快感を訴え、熱を放出したり
 
 ないと言っているが、それ以上にいつもとは違う抱き方に恐怖を覚える。



 こんなふうに、処理をして欲しいのではない。

 弄ばれても、嬲られても構わないが、こんな性急な責め立てをして欲しいのではない。



 逃げようとした身体に、思った以上にあっさりとサンダウンはその手を止めた。ぐったりとした、しかし熱の引かない身
 
 体を優しく抱きこみ、肩に寄り掛かるような体勢を取らされる。ゆったりとした動きに安堵するが、しかしそれ以上は動
 
 かない指に、今度はじれったさを感じてしまう。熱を帯びた身体には、それらは微妙な感度で肌に伝わり、達するには不
 
 十分な、しかし喘ぐには十分な疼きを齎すのだ。身を捩り、首を振って熱を逃がそうにも疼きは止まらない。なのに、性
 
 急な動きを止めた手は、ゆっくりとしか動いてくれない。



「っ………焦らすな!」



 苦しくて堪らずマッドは吐き捨てる。

 すると、今度は性急な色を帯びて手が下肢へと伸びる。

 
 
「あっ、違うっ………!」



 その手に縋りついて止め、マッドは熱と快感と、そこから生まれる苦しさに眼元を滲ませた。

 どうして、今回はこれほどまでに焦らすのだろう。まるでマッドを嘲笑うかのように、マッドの望まない触れ方をしてく
 
 る。それならば最初から夢になど出なければ良いのに、正に悪魔である事を証明するかのように、サンダウンの姿をした
 
 それはマッドの夢を侵食するのだ。

 自分が男に抱かれて悦ぶほど壊れた人間なのかと考えてしまうくらい、この男に抱かれて悦んでいる。



 熱によって押し出され、ぼろりと眼の縁から零れた涙を、かさついた手が受け止めた。伝い落ちた跡を不器用そうに拭う
 
 手に、幾つも滴が降りかかる。



 濡れた手に頬を擦り寄せながら、マッドは、ああと思う。

 自分はこんなにも、この男に抱かれたがっているのだ、と。
 
 楽になりたい。

 けれど、処理をして欲しいのではない。

 強姦でも蹂躙でもなんでもいいから、抱いて欲しいのだ。


 
「キッド…………っ!」



 もう、何だっていい。

 どうせ、夢だ。

 眼の前の悪魔が自分が堕ちる様を見たいというのなら、見せてやろう。

 それほどまでに、自分は狂っている。

 この、男に。



「キッド………抱いて、くれ………っ!」



 眼の前に広がる青い双眸が、大きく見開かれた。

 悪魔が浮かべた表情は、嘲笑でも歓喜でもなく、ひたすらに驚愕だった。

 だが、マッドにはそれに気付く余裕はない。





 転瞬、悲鳴を上げるほどに強くシーツに抑え込まれ、その悲鳴を奪うように激しく口付けられた。