背後から抱え込む男の身体が、微かに震えている事に気がついて、マッドはどうすれば良いのか
 分からない。
  本音を言ってしまえば、確かにこうして求められる事に優越感が働かないわけではないが、けれ
 どそれに溺れるほど理性を失っていないのも事実だ。
  身動きが出来ないマッドに、サンダウンはその黒髪に顔を埋めて、怯えながら躊躇いがちに強請
 る。

 「マッド…………、此処では、お前は、私だけのものだろう?」
 「何、勝手な事言ってんだ………。」
 「…………勝手な事、か。」

  苦い声で呟き、それでも、とサンダウンは続ける。

 「少なくとも、私は、お前だけのものだ…………。」
 「いつも、俺から逃げてるくせに、何言ってやがる。」
 「……私は誰にも撃ち取られないし、捕らわれない。お前が、私に、追いつくまでは。」

  早く追いついてみせろ、と囁く声に、マッドは観念して眼を閉じる。
  ずっと追いかけてきた姿だ。誰にも渡したくないと思っていた。その相手が、命を差し出すその
 時を予約するという。命を賭けてでも、マッドを手放したくないという男の声に、マッドが敵うは
 ずがない。
  そんなマッドに気が付いたのか、サンダウンはマッドの項に薄く口付けると、マッドの腕を引い
 て、塒の一番奥まった場所へと誘った。




  再び寝室へと引き戻されたマッドは、ベッドに身体を投げ込まれる。予想していた事とは言え、
 流石に先程までいがみ合っていた相手と、事に流れ込むのは気が引けた。
  が、サンダウンはマッドの身体に乗り上げて、マッドの肌を隠すシャツを引き裂く勢いで脱がそ
 うとしている。

 「おい、ちょっと待てよ……!」
 「駄目だ………。」

  器用に片手でボタンを外していく男は、その間も待ちきれないと言うようにマッドの首筋に舌を
 這わせている。かさついた手がマッドの肌を撫でるたびに、消したはずのマッドの気配が濃くなっ
 ていく。
  肌蹴られたシャツは大きく広げられ、そこにサンダウンが顔を埋める。以前から、長期間逢って
 いない後の情事は濃厚なものになる事が多かったが、今回はそれに輪をかけて性急で、サンダウン
 の愛撫は容赦がない。
  まるで、マッドに余すところなく触れねば気が済まないと言わんばかりに、マッドの全身を、指
 で、舌で、なぞっていく。
  その性急さに耐えかねて、マッドは叫んだ。

 「おい、キッド!待ってって言ってんだろ!」
 「黙れ…………。」
 「あっ…………!」

  サンダウンはマッドの叫びを一語で否定すると同時に、マッドの下肢を覆っていたものを全て一
 気に取り払う。敏感な部分が外気に曝され、思わず身震いしたマッドに、サンダウンはその耳を軽
 く甘噛みして囁く。

 「お前には、私の気配が残されていただろうが、勝手に気配を消された私は………………。」

  最後、ぼそぼそと、聞こえるか聞こえないかの音で吹き込まれた言葉に、マッドは動きを止める。
 そして、意味を理解するや、瞬時に顔を真っ赤にした。サンダウンの言葉は子供の駄々のようであ
 ったが、しかしそれ以上に恥ずかしい。
  それを臆面もなく言われて、マッドは羞恥のあまり居た堪れなくなった。そして上気した顔を隠
 す為にもサンダウンの胸に顔を押し付け、くぐもった声で言う。

 「くそ、なんで俺だけ脱がされてんだ。さっさとあんたも脱げよ!」

  自分は裸に剥かれているのに、眼の前の男はまだ服を着たままである事を詰って、それを持って
 了承の合図とすれば、それを正しく読み取った男の気配が笑ったような気がした。
  そして、胸に押し付けてた顔を上げさせられると、すぐさま口付けが降りてくる。
  触れる程度の口付けの後、マッドが今度こそ逃げない事を確認したサンダウンは、次は薄く開い
 たマッドの口腔に舌を滑り込ませ、あっと言う間にマッドの口の中を荒らし始めた。突然濃厚なも
 のに変化した口付けに、マッドが身を捩ってもサンダウンの腕はがっちりとマッドの腰を捕えてい
 る。
  舌先で上顎を擽るサンダウンに、マッドはそのむず痒さに身を竦める。その隙にかさついた指は
 マッドの胸を撫で上げ、薄い色をした突起を責め始めた。

 「んんっ!」

  口付けされたまま責めれて、声を上げる事も叶わないマッドは、サンダウンの眼の色が、情事の
 時特有の、欲を孕んだ紺色に変貌した事に気付いた。こうなってしまえば、サンダウンはマッドが
 何を言っても止めてくれない。
  思う存分マッドの口腔を貪った男は、ゆっくりと口付けを解くと、今度は顔をマッドの胸へと埋
 める。何をしようとしているのかなど、考える必要もない。サンダウンは指で弄っていた胸の突起
 に舌を這わせ始めた。ぬるりとした感触は、何度も味わってきたものだ。
  片方の乳首は指で、もう一方は口で吸われ、その久しぶりの感覚にマッドは身を仰け反らせる。

  幸いなのは、ここ数日の離れていた間の事を踏まえて、サンダウンが優しい事か。
  だが、優しいからといって、愛撫が淡白になるわけでもない。むしろ、普段よりも濃厚すぎる。
 離れていた間を埋めようとするかのように、足の指の間まで舐めている男に、今夜中の解放を求め
 るのは無理な相談だ。
  足の裏から膝裏に、そこから内腿へと舌が移動し、その感触にマッドは短く声を零してしまう。
 それを聞いたサンダウンは、マッドが声を上げた部分を執拗に何度も舐め上げる。身を捩って逃げ
 ようものなら、脚を引っ張られてまた引き寄せられる。臍に舌を入れられて、マッドはそれだけで
 蕩けそうになる。
  挙句、

 「…………お前だけ、だ。」

  男は、焦がれるような声で、囁く。
  マッドの気配が消えた事が、何よりも不安だった、と告げた男は、その不安を払しょくする為に、
 マッドの身体を優しい手つきで、けれども大胆に開いていく。その手つきに、マッドは翻弄され、
 耐え切れずに眼を閉じた。
  後は、サンダウンの思うがままに泣き叫ぶだけだった。