サンダウンの目の前で、マッドが頬杖をついて、不機嫌そうにミモザサラダを食べていた。
  いつになく仏頂面のマッドは言葉数も少なく、その様子を怪訝に思ったサンダウンは、自分のボ
 ウルに盛られたサラダを口の中にかき込みながら、どうしたのだろうと視線を向けていた。




  Men's Talk





  運悪く、同時に運良くマッドと鉢合わせしたサンダウンは、いつもの流れで決闘した後、一緒に
 夕ご飯を食べている。
  とりあえず近くの塒に行き、マッドが作ったミモザサラダと鴨肉のオレンジソース和えを、サン
 ダウンは腹に収めているのである。
  一方、何故か賞金首の為に晩御飯を作る事になったマッドはと言えば、どうも心此処にあらずと
 言わんばかりの様子である。上の空、というよりも、仏頂面なのだ。不機嫌さを全面的に押し出し
 ている。
  これが普段ならば、サンダウンの分の食事まで作らなくてはならなかった事に対して機嫌を損ね
 ているのだと思うのだが、それならばマッドは既に口に出してサンダウンを詰っている事だろう。
  それとも、口で詰るのも嫌なほどに機嫌が悪いのかとも思うのだが、サンダウンが見る限り、マ
 ッドの機嫌の悪さは、決闘の前から始まっていたように思う。
  むっつりと普段のマッドを知る者から見れば、信じられないくらいむっつりと押し黙ったマッド
 は、オレンジソースのオレンジをすり潰す時の力は半端ではなかったし、ミモザサラダ用のゆで卵
 も、下手をすればミモザにならないのではないかと思うくらいに原型を留めていなかった。
  野菜を切る時の包丁の音は、言うに及ばずである。
  もりもりと、マッドのストレスを思う存分に受け止めた料理を食しながら、はてマッドは何がそ
 んなに不機嫌なのかとサンダウンは再び疑問を呈する。
  マッドは感情の起伏が激しいほうではある。
  怒る時は癇癪玉のようである。
  ただし、一度破裂してしまえば、あとはけろりとしている。
  稀に、サンダウン関係の時は、色々としつこく覚えているようだが、それは特例である。普段の
 マッドは、長々と感情を引き摺ったりしない。
  なので、不機嫌な状態が長く続くという事も、まず、ない。長期戦になる前に、マッドは癇癪玉
 を破裂させている事だろう。マッドは短期決戦が得意なのである。
  にも拘わらず、マッドは好みではない長期戦に縺れ込んでいるらしい。
  橙色の粒の浮かんだオレンジソースを絡めているフォークも、親の敵でもそこにいるかのように、
 鴨肉を何度も突き刺している。鴨肉としてもそれは不本意であろう。
  サンダウンは、髭に付いたゆで卵の欠片を指先で摘まんで、口の中に放り込んでから、さて、と
 思う。
  マッドを此処まで不機嫌にしたのは一体何なのか。
  ちらちらとマッドを見つつ、マッドの顔色から原因を探ろうとする男は、しかし生憎と長年人目
 を避けるように生きてきた所為か、人の心の機微を読み取る事は出来なかった。つまり、ちらちら
 とマッドを見るだけである。
  そんなサンダウンの、一向に役に立たない視線に気が付いたのか、マッドがぎろりと忌々しげな
 眼を向けた。
  なんだよ、と問う声も、低い。
  一応は西部の中でも最も腕利きの賞金稼ぎであるマッドの、不機嫌そのものの目線と声は、並大
 抵の賞金首ならば裸足で逃げ出してしまいそうなのだが、並でも大抵でもないサンダウンは、びく
 りともしない。
  それどころか、会話の糸口が見つかって、安堵しているところである。マッドから話を振らなけ
 れば会話もできないおっさんである。

 「どうかしたのか。」

  もりもりと鴨肉を食べながら、もごもごと問えば、マッドの眼にある険が幾分か和らいだように
 見えた。サンダウンの願望かもしれないが。
  ただし、次にマッドの口から零れ落ちた言葉は、サンダウンの耳を疑うものであった。

 「人間関係に疲れた。」

  何があった。
  サンダウンは、割と本気でそう思った。
  マッドは社交的だ。サンダウンと比べれば雲泥の差がある。月とスッポンである。賞金稼ぎ仲間
 も多ければ、馴染みの娼婦もいる。行く先々の町で、人間関係をあっさりと構築していく。ちやほ
 やされて、舞台の中央で踊るのが好きなマッドにとって、それはなんら苦痛を伴うものではなかっ
 たはずだ。
  にも関わらず、先の台詞。
  何があった、と思わずにはいられない。
  咄嗟にサンダウンが思った事は、しばらく自分と一緒に暮らしてみるか、という引き籠り生活に
 マッドを誘うというどうしようもない事だった。
  何故かどきどきしているサンダウンを他所に、マッドは隠し持っていたワイングラスを取り出す
 と、手酌でグラスに注ぐ。そしてそのままサンダウンのグラスにも。珍しい事であるが、文句を言
 う筋合いはないのでサンダウンは有り難く頂戴する。
  マッドはグラスに注いだワインを一気に飲み干すと、飲み干した後の溜め息を共に吐き捨てた。

 「変な男に絡まれてんだ。」

  吐き捨てられた言葉に、サンダウンは自分もワインを飲もうとグラスを傾けようとしていた手を 
 止める。
  思わずマッドの眼を見れば、マッドは苛立った光を眼に灯している。 

 「つまらねぇ男でさ。悪い奴じゃねぇんだが、とにかくつまらねぇ。一緒にいても盛り上がらねぇ
  し、話も上っ面でしか出来ねぇみてぇでさ。だったらいっそ無口なら良いんだが、こっちが別の
  奴と喋ってたら無理やり話に参加しようとしてきやがる。」

  そして、マッドに付きまとっている。

    「誰だ、その男は。」
 「てめぇは自分の事だとは思わねぇのか。」
 「私は、お前と他の誰かとの会話に参加しようとした事はない。」
 「……あんたは問答無用で邪魔するもんな。」

  当たり前である。サンダウンはマッドと他の誰かとの会話に参加しようだなんて思わない。そん
 な、マッドを分け合うような事はしない。
  ふん、と偉そうにしているサンダウンを見やり、マッドは小さく溜め息を吐いた。

 「賞金稼ぎ仲間だよ。っつっても、古参の奴らじゃねぇ。つい最近知り合った奴だ。二、三回狩り
  に付き合ってやっただけだ。」

  狩りだけの付き合いなら、まだ我慢できる。仕事なのだ。しかし、それ以外でも付き合っていく
 には、とにかくつまらないのだ。
  酒が好きだと言いながら、しかし酒について何か詳しいわけでもない。カウボーイもやっていた
 事があると言う割には、その辺りの知識も乏しい。知り合いと遠駆けに良く行くと言うくせに、馬
 について拘りがあるわけでもない。
  話していて、ちぐはぐなのだ。言っている事と、その行動が。聞けば聞くほど、とにかく場当た
 り的に色んな事をやってみて、けれども知識を身に着けようともしなかったという感じがする。
  それが悪いとは思わないが、それに付き合わされるこちらは堪ったものではない。

 「銃の腕前は?」
 「良くはねぇな。賞金稼ぎとしても。」
 「顔は?」
 「上中下で言うなら、下だ。」

  悉くが上の上であるマッドは、付き纏う男について評した。

    「とにかく、つまらねぇ。にも拘らず何を勘違いしてんのか、付き纏ってきやがる。挙句の果てに
  は、俺の相棒になるとか言いやがった。」

  冗談だろうと思って鼻で笑い飛ばしていたが、その言葉を聞いた半月後、何故あの時の返事をく
 れないのかと迫られた。
  もうダメだ、こいつ、とマッドは本気で思ったそうだ。

 「……きちんと、断ったほうが良い。」

  サンダウンとしては、今すぐ件の男の前に行き、指をぽきぽきといわせつつ『私の屍を超えてい
 け』ぐらいの台詞を吐きたいところだ。が、とりあえずマッドに、忠告をしておく。放置しておく
 と、そのまま突っ走っていくどうしようもない人間というのは、確かにこの世にいるのである。
  すると、マッドは頷く。

 「わかってるよ。だから、その時に三下り半を突きつけてやったさ。」
 「そうか……。」

  ただ、不快なやり取りであったのだろう。マッドはもう一度顔を顰めて、グラスを煽った。
  サンダウンは、マッドにどころで、と迫った。

 「その男の名はなんと言うんだ?」





  数日後。   のっぺりとした、締まりのない顔をした賞金稼ぎの前に、砂色の風と共に凶悪な賞金首が現れ、
 『私の屍を超えていけ』とか言ったとか言わなかったとか。
  真偽が定かではないのは、その賞金稼ぎが既に息絶えているからである。