賞金首サンダウン・キッドは、とある日の夕刻、西日差し込む荒野にて、いつのもの通り賞金稼ぎ
マッド・ドッグと相対していた。
 別にサンダウンはマッドと会うつもりはないのだが、どういうわけだかだだっ広い荒野で何度も出
会うので、これはもうこういう巡り合わせだと諦観の念を持ちつつある。
 ただ、今回目の前に立ち塞がった賞金稼ぎは、いつもならばバントラインという、銃身の長い、早
撃ちには向かない――それでも並みの射撃手よりも早撃ちには優れているのだから、これはマッドの
才能というより他ない――黒光りする銃を持っているはずなのだが、どういうわけだが今現在は趣旨
替えでもしたのか、ナイフを持っている。
 それも、人をぶすりとさせるようなナイフではない。
 剃刀用のナイフだ。




 Eyebrow




「よう、ヒゲ。」

 剃刀片手に現れたマッドは、サンダウンを見つけるなり開口一番そう言った。
 剃刀を怪訝に思っていたサンダウンは、マッドの口から放たれた、己への呼称を聞くなり、両手で
髭を守るように押さえる。まさか、その剃刀は髭を剃るためのものではあるまいな。ならば、サンダ
ウンは断固戦う。髭を剃られたら、ただえさえ紙な防御力が、更に下がる。
 若干メタな事を思うサンダウンに対し、図らずとも両手で両頬を押さえるという状態になっている
その様相について、マッドはやや身を引いて、

「やめろよ、気持ちの悪い行動をすんのは。髭面の中年のおっさんが頬を押さえていてもキモイだけ
だ。」

 なら、お前はその剃刀をしまえ。
 サンダウンはそう言ってやりたい。だが、口を開かないのはその剃刀の行く末が未だに分からない
からだ。髭ではないとしたら、一体何処へ。
 頬から手を離しながら、サンダウンはしかし警戒を解かずに――むしろ精一杯の警戒心を剥き出し
にして、マッドに対峙する。
 マッドは相変わらず剃刀を手にしたまま、そして相変わらずの髭など生えた事がなさそうなつるり
とした端正な顔をしている。その端正な顔立ちの中には、明らかに何かに対して不機嫌な色合いがあ 
る。
 綺麗に整えられたマッドの眉が少しだけ跳ね上がり、いよいよその不機嫌さが増した。

「………何の用だ。」

 サンダウンは、マッドの端正な顔に向かって問いかけた。これは極めて珍しい事だ。そもそもマッ
ドがサンダウンにある用など、一つしかないのだから。
 しかし、サンダウンにそれを問いかけさせるだけのものが、マッドの持つ剃刀にはあった。
 マッドはそんなサンダウンの様子になど興味があるのかないのか、剃刀を手の中で弄んでいた。

「あのさあ、あんたを見てて俺はいっつも思ってたんだよ。もっさもっさの毛玉だなあって。」
「……………。」

 サンダウンの放つ警戒心は更に深くなる。マッドに対してこれほど警戒した事は、未だかつてない。
だが、サンダウンのそんな気配にもマッドは反応を示さない。

「もうちょっとすっきりしたほうが良いんじゃねぇのかって思ってたんだよ。ばさばさの髪とか、も
さもさの髭とか、そんでもって髭と髪が完全に繋がってどうしてやろうかと、いっつも考えててな。
そのポンチョの中身――胸毛とか腹毛とかもなぁ、もじゃもじゃなんじゃねぇかって疑ってるんだぜ。」

 でもまあ、見えねえあたりとか、髪と髭が繋がってるのはそういスタイルもあるから、良いんだ。
 マッドは剃刀をくるくると回しながら、つまらなさそうに言う。だが、改めて剃刀を握りしめ、

「でもなあ、眉毛が繋がってるのは、いただけねぇなあ。」

 剃刀の切っ先で、サンダウンを差す。
 というか、眉毛。
 はて、とサンダウンが首を傾げていると、マッドが剃刀片手ににじり寄って来る。

「眉毛だよ、眉毛。」

 マッドの形の良い眉毛が、ぴくぴくと怒り心頭と言わんばかりに動いている。それを見ながら、サ
ンダウンは自分の眉毛を触る。ちゃんとある。そのまま、ずずっと指を横に滑らせて、眉が途切れて
いる部分がない事を認識した。
 しかし、だからなんだというのか。

「手配書と微妙に人相が違う!」

 なので、手配書を人に見せてこういう男がいなかったか、と聞いても、でもあれは眉毛が繋がって
たから、と返されるのだ。
 しかし、それは、それこそサンダウンにはどうでもいい。というかむしろ都合が良い。しかし、マ
ッドは地団太踏んで、

「眉毛の繋がってる賞金首を追いかける俺の身にもなれよ!」
「なんの問題が。」
「俺のモチベに関わるわ!」

   髭面の賞金首ならまだしも、眉毛の繋がっている賞金首なんぞ、人に聞きこみするのも、なんかあ
れな気分になる。

「だから、剃れ。というか、剃る。」

 剃刀を構えるマッド。

「やめろ。」

 けん制するサンダウン。

「別にいいだろ。減るもんでもなし。」
「剃る時点で減るだろうが。」
「また生えるだろうが。」
「ならば、放っておいても問題なかろう。」

 じりじりと近づくマッドと、それをけん制するサンダウン。奇妙な攻防が続く。

「何が嫌なんだ。」
「何故他人の眉毛に関わろうとするんだ。」
「俺のモチベの問題だ。」
「他人の眉毛に手を出すと、眉毛の精霊の怒りに触れるぞ。」
「なんだよ、眉毛の精霊って。」
「知らんのか。」
「知らんわ。」

 サンダウンも知らない。というか、マッドをけん制するために、適当に口から出した言葉だ。つい
でに、マッドの表情を見るに、一ミリ足りとも信じていなさそうだ。

「あれだ………眉毛の精霊というのは、丸っこいトカゲの形をしている。」
「ほう。」
「…………肌触りはふかふかだ。」
「へえ。」
「そしてトカゲだが、眼の上に眉毛がある。」
「適当な事言ってんじゃねぇ。」

 嘘ではない、と言ったところでマッドは信じないだろう。そもそもサンダウンだってそんなトカゲ
見た事がない。

「大体、眉毛の精霊なんぞがいたら、てめぇの繋がった眉毛のほうが怒りに触れるわ。」
「眉毛の精霊は、繋がっている眉毛のほうに惹かれるんだぞ。」
「眉毛の精霊に惹かれて、それでどんなご利益がてめぇに降りかかってるってんだ。」
「……眉毛が繋がる。」
「ループしてんじゃねぇか!」

 マッドが剃刀片手に吠えた。