なんであいつは自分で散らかした物を片付けねぇんだ。
  
 
 
  マッドは、ぶつぶつ言いながらサンダウンが散らかした物を片付けていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  Lowrise
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  床やソファに転がるのは、マッドには理解しかねる物品ばかりだ。
 
  
  
  物欲の乏しい男が音沙汰を消して一ヶ月。そして一ヶ月後、男は消えた時と同じくらい唐突に帰
  
 ってきた。
 
  彼にしては――というか、普通の一般人でも考えられないような、大量の荷物を抱えて。
  
  帰還に対してのリアクションよりも先に、まるで、世界一周旅行に行ってきましたと言わんばか
  
 りの出で立ちにマッドが呆気に取られていると、男はマッドがいる小屋の中に大量の荷物を投棄し
 
 た。
 
 
  
  様々な喧しい音を立てて床に転がったそれらについて、マッドがようやく我に返ってサンダウン
  
 に問い詰めたのは、サンダウンが最後の荷物を床にぶちまけた後だった。
 
  部屋の中を散らかされた怒りも相まって、これは何だ、と怒鳴りつけると、サンダウンは涼しい
  
 顔で、多分土産だ、と答えた。
 
  多分って、なんだ。
 
  人を食ったようなサンダウンの言葉に、マッドは更に怒り狂う。が、マッドの癇癪玉に慣れたふ
  
 うのサンダウンは、これはあれ、あれはそれ、など一つずつに意味のない説明を付け足していく。
 
 
 
  そして、床の上に広がっていくマッドの眼から見れば、無用の長物としか言いようのない物体達。
  
  
  
 「44マグナム。」
 
 
  
  は、まだ理解できる代物だから良いとして、
  
  
 
 「アメジストの盾。アクシアンソード。」
 
 「どっかの博物館から盗んできたのか、それは。」
 
 
  
  どう考えても19世紀アメリカ西部の荒野に有り得ない物を見て、マッドはこの一ヶ月間のサンダ
  
 ウンの生活に、疑いを持ち始める。
 
 
 
 「マリアのベール。サンゴのゆびわ。」
 
 「どさくさにまぎれて、人の頭に被せたり、薬指に嵌めようとするんじゃねぇ。」
 
 

  不埒な動きを見せたサンダウンの手を、マッドは容赦なく払い落す。そんなマッドに、少しだけ
  
 しょんぼりしたおっさんは、しかしまだ大量の物体を広げていく。
 
 
 
 「ユニコーンホーン。ソロモンの骨。」

 「偽物だろ、どうせ。」
 
 
 
  神話世界の言葉を頭に付けた物は、確かにそれっぽい姿形をしているが、しかしそれを信じるに
  
 は胡散臭い。というか、サンダウンが持っている時点で、十分に胡散臭い。

  だが、ここまでは、それでも何となく理解できたのだが、
  
  

 「ぼいんビーナス。つけムナゲ。カチンコケース。」
 
 「てめぇ、それを俺に一体どうしろってんだ!」
 
 
 
  何処かの観光地のペナントや置き物でも、此処まで無駄だと思う事はあるまい。まして、使い方
  
 が分からないどころか、些か卑猥な雰囲気すら漂い始めている。
 
  しかし、それでもサンダウンが持ち帰った物は付きる気配がない。
  
  
  
  
  
  こうして、サンダウンが並べ立てる奇妙な物品は延々と続き。
  
  それら全てが床の上に並べ終わったのは、夜が明ける頃だった。
  
  その間、一睡もできなかったマッドは、徹夜明けのままで散らかされた部屋の掃除に突入したの
  
 である。
 
  因みに、サンダウンは広げるだけ広げた後、さっさと眠ってしまった。

  そんな薄情――というよりも役立たずなおっさんに対して、マッドはぶつぶつと恨み事を言いな
  
 がら、何に使うのか良く分からない物体を、とりあえず空き箱の中に詰めていく。    
 
   

 「くそ……キッドの奴。なんだよ、帰ってきたと思ったら、全然眠らせてくれねぇなんて。」
 
 
 
  聞きようによっては物議を醸しそうな台詞を吐き捨てているのは、やはり疲れているからかもし
  
 れない。   

  サンダウンと同じくらい役に立たなさそうな物品を、腹立ち紛れに力任せに箱の中に放り込んで
  
 いると、見慣れぬ無用の長物の中に、辛うじて見慣れた物が眼に入った。手に取れば、ごわつきの
 
 ある生地が手に馴染む。
 
  インディゴ色のデニム生地は、鉱山夫や鉄道員がその丈夫さから好んで着るワークウェアだ。
  
  ようやく見つかったまともな代物に、マッドはほっと溜め息を吐いた。このまま延々とわけのわ
  
 からない物ばかり見ていたら、本気でサンダウンに対する認識を改めなくてはならないところだっ
 
 た。
 
  しかし、マッドが手にしているワークウェアは、マッドが知るもそれよりも、遥かに細身で小さ
  
 く見える。マッドなら履けるだろうが、しかし身体にぴったりしすぎているような気が。
 
 

  しばし、それをじーっと見た後、マッドは、まあいいか、と思い直す。
  
  どうせ汚れる為の服だ。小さかろうがなんだろうが気にする事はない。それよりも一番の問題は、
  
 この海原のように広がる、些か変態的な無用の長物達だ。これを相手にするのは、体力よりも、気
 
 力が必要だろう。
 
  そう思い、マッドはジャケットを脱ぎ捨てると片付けに本腰を入れる為にエプロンを探し始めた。
  
  
  
  
  
  
  
  忙しなく動き回る足音に気付いて眼を覚ますと、もう昼時だった。
  
  お腹がすいた、と思いながら、サンダウンは食事を求めて、のそのそと台所へと向かう。久しぶ
  
 りのマッドの料理を楽しみにしながら台所へ続く扉を開けば、そこには忙しそうに片付けをしてい
 
 る賞金稼ぎがいた。
 
  部屋の片隅には、見慣れぬ箱が幾つか積み重ねられている。隙間からムナゲが覗いているところ
  
 から察するに、どうやらサンダウンが持ち帰った物をマッドがそこに詰め込んだらしい。
  
  それを眺めていると、サンダウンが起きた事に気付いたマッドが、渋い顔をしてサンダウンを睨
  
 みつける。くるりと振り返ってサンダウンを睨むマッドの姿に、サンダウンが眼を丸くしていると、
 
 マッドは酷く機嫌の悪そうな声でサンダウンを詰った。
 
 
 
 「てめぇ、自分が散らかした物も片付けずに、一人でさっさと寝るなんざ、どういう了見だ。」
 
 「……一緒に寝たかったのか?」
 
 「んなわけあるか!」
 
 
 
  適当に返したサンダウンの台詞に、マッドが噛みつくが、サンダウンにしてみればそれどころで
 
   はない。
  
  
 
 「………お前は、なんて格好をしてるんだ。」
 
 「ああ?」
 
 
 
  サンダウンの台詞に、肩を怒らせて今にも掴みかからんばかりの様相だったマッドは、自分の服
  
 を見下ろし、ああと頷く。
 
 
 
 「てめぇが持って帰ってきたもんの中で、唯一まともだった奴だよ。まあ、なんかちょっと小さい
 
  けど。」
 
 「………小さいとかそういう問題じゃないだろう。」
 
  
  
  デニム生地のワークウェアを着こんだマッドは、己の姿に無自覚であるらしい。
  
  確かに、マッドの言うように裾は少し足りていないようだし、腰回りも腰骨を覆うには至らない。
  
 それに、身体に貼り付いている様子は、ぴちぴちしていると取れなくもない。
  
  だが、実を言えば足の裾が足りない以外は、小さいのではなくデザインである。サンダウンが持
  
 ち帰った荷物は、確かに誰が見ても良く分からないものもあるが、その時代の人間が見れば分かる
 
 ものもある。今、マッドが着こんでいるワークウェア――この時代、まだ『ジーンズ』という名称
 
 はない――も、そういったものの一つだった。
 
 
 
  ぴったりと身体に張り付いたそれは、否が応にもマッドの脚の曲線を強調し、浅い股上は腰骨は
  
 おろか、鼠蹊部分まで見えてしまうんじゃないだろうか。何よりも、マッドからは見えないだろう
 
 が、動くたびに腰回りがずれて、その拍子に尻の割れ目が見えそうなんですが。
 
  サンダウンにしてみれば眼のやり場に困る――というか、視線が一点に集中しそうで困る格好だ。
  
  大体、昨日は疲れと戻って来れた事への安堵ですぐに眠ってしまったが、良く良く考えてみれば
  
 一ヶ月間マッドに触れていない。その間に降り積もった欲は如何ほどの物か、それはサンダウンで
 
 すら想像もつかない。
 
  が、その欲望の対象は、恐ろしいほど無防備に、今にも尻の割れ目が見えそうな格好をしている。
  
  
  
  いや、まだ食事もしてないし、と冷静さを必死に保つサンダウンの前で、マッドが運んでいた荷
  
 物を一つ落とす。
 
 
 
 「あ。」
 
 
 
  ころころと転がっていくそれを追いかけようと、マッドが腰を屈めた。
  
  その瞬間、はっきりと、見えそうで見えなかった部分が、ばっちりと見えた。というか、そこが
  
 クローズ・アップされた。
  
  同時に音を立てて切れるサンダウンの理性線。いっそ、鼻血が出て倒れなかったのが不思議なく
  
 らいだ。そこは、煩悩の力で乗り切ったのかもしれない。
 
 
   
  食事なんかよりも、眼の前の男のほうを食べたい。
 
 
 
  それは、生命維持に必要な食欲を、性欲が上回った瞬間だった。  
   
 
 
  転がった良く分からない物体を拾い上げ、壊れてねぇよな、と呟くマッドに、サンダウンが襲い
  
 かかるまで、あと、二秒。