朝議を取り止めて旅芸人の逗留手続きをするなんて、と大臣は気色ばんだ。
  しかしそれが王妃の命であると知れば、顰めた顔を戻しはしなかったものの、早々に王に取り次
 いで、旅芸人を逗留する為の手続きに取りかかった。
  大臣もまた、王妃の機嫌を損ねれば彼女の父君が黙っていないであろう事は承知していたのだろ
 う。だが、それでも王と王妃の前に旅芸人を通す事は最後まで反対した。
  あんな下賤な輩を、と古びた石畳を脚で叩きながら、大臣は言ったのだ。

 「騎士団長殿、この由緒正しいルクレチア場に入れる者は王侯貴族とその臣下のみですぞ。ルクレ
  チア国民とて、城に入る事は許されていない。それにもかかわらず、ルクレチア国民ですらない、
  どこの馬の骨とも知れぬ輩を、よりにもよって玉座の前に通せと。」

  つらつらと顰め面を隠しもせずに言う大臣に、しかしそれこそが王妃の望みなのだと告げた。

 「大臣閣下。王妃は、旅芸人を連れて参るように、と仰せです。」
 「そのような事、許されるのか。」
 「許していただかなければ、王妃のご機嫌を損ねましょう。」

  溜め息混じりにそう言えば、大臣はやはり王妃の父君の事を思い出し、そこで損得勘定を働かせ
 ると渋々ながら頷いた。
 
 「宜しいだろう。しかし騎士団長、何かあった場合は、貴方の責任ですぞ。」

  何故此処でハッシュが責任を取らねばならぬのか分からなかったが、しかし大臣としては誰かに
 責任を押し付けねば気が済まなかったのだろう。
  もともと気の大きな男ではない。世襲で大臣の座を受け継いだ男は、この小さな国の政で手が一
 杯なのだ。他国の王妃を娶る事にも最後まで難色を示したのも、おそらく他国が介入してきた時の
 政の仕方が分からなかったからだろう。
  しかし、それは何も大臣だけの事ではない。
  ハッシュとて、他国に対する儀礼こそ知ってはいるものの、実際に他国と関わる事などほとんど
 ないのだ。せいぜい、王妃をこの国に迎え入れいた時くらいしか、実戦の場はなかった。
  それが、ルクレチアという国家の実態だ。
  そしてそんな他国の介入を許さぬこの国に、今、何処にも属さぬ者がやってきている。
  ブライニクル、と名乗ったか。
  馬小屋に預けた旅芸人の男を思い出し、彼を玉座の間に連れていかねばならぬと思い憂欝になっ
 た。彼と彼の一座の逗留手続きが素早く済んだのは良かったし、それはブライニクルの願った事で
 もある。しかし、よもや玉座の間に連れていかねばならないとは。
  ハッシュは、大臣ほど旅芸人を悪しざまに言うつもりはない。
  だが、それでも旅芸人は旅芸人なのだ。間違っても、玉座のある場所にいる存在ではない。むし
 ろ、自由を愛する旅芸人とは相いれない場所なのではないか。もしかしたら、ブライニクルのほう
 が、玉座の間に行く事に難色を示す可能性だってある。
  だが、ハッシュの心配とは裏腹に、ハッシュから王妃の事を聞いたブライニクルは、薄っすらと
 笑って頷いて見せた。

 「どうやら、騎士団長殿には随分と迷惑をかけちまったようだな。」

  滑らかな口調でそう告げたブライニクルに、ハッシュはむっつりとした表情で手を出しだした。

 「お前の剣を預からねばならん。王と王妃の御前では、王その人と騎士以外は帯刀を許されていな
  い。」
 「ああ、そうだろうな。」

  頷くと、特に気を悪くしたふうでもなく、ブライニクルは腰に帯びていた二振りの剣をハッシュ
 に差しだした。
  すらりとしたその剣は、まるで吸い付くようにハッシュの手に納まった。
  それだけで、これらの剣が大した傑物である事が分かる。
  そんなものをどうやって旅芸人が手に入れる事ができたのか。
  しかし、ハッシュの疑問に満ちた視線をブライニクルはさらりとやり過ごし、ゆらりと玉座の前
 へと進んでいった。