「冷静に考えてみろ。このくそ暑い中、なんでこの俺様が、あんたみたいな見てるだけでむさ苦し
  い熱中症でも起こしそうな小汚いおっさんと一緒にいなけりゃならねぇんだ。」

  その夏の日、普段はサンダウン・キッドを見るなり決闘を申し込んでくる賞金稼ぎマッド・ドッ
 グは、サンダウンの姿を真正面に見据えたまま、しかし華麗にスルーして立ち去って行ったのだ。
  一般的に考えれば、賞金稼ぎが見逃したという事実は賞金首にとっては安堵すべき事である。
  だが、サンダウンには納得できない。
  それはサンダウンが、普段マッド以外に構ってくれる人間がいない、社会的に孤立した存在であ
 るからである。
  もしも普通の賞金首ならば、マッドから逃げられた僥倖を、ならず者仲間に告げてその話で盛り
 上がれるだろうが、サンダウンには一緒に話で盛り上がれる仲間などいない。いるとしたら、本来
 敵であるはずのマッドだけであった。
  なので、サンダウンを素通りしたマッドを、いそいそと追いかけ、マッドが立ち止まった小屋ま
 でついていったのである。




  Ice Cream





  サンダウンに追いかけられたマッドは、本当に面倒臭そうな顔をした。
  だが、サンダウンにしてみれば、甚だ心外である。いつもサンダウンはマッドに追いかけられて
 いるが、そこまであからさまに面倒臭そうな顔をしていないではないか。大体、他人は平気で追い
 かけておいて、いざ自分が追いかけられると面倒臭そうな顔をするとはどういう事か。
  サンダウンは、そう、心の中で思った。
  思うだけで口にしないのが、サンダウン・キッドという男である。
  そういうところがマッドに嫌がられているのだが、何故か直そうとしない。人生の大半をそうや
 って過ごしてきた所為で、もはや治らないのかもしれないが。
  マッドを追いかけるだけで、それ以外には反応しないという、微妙に鬱陶しい状態のサンダウン
 を見やって、実に面倒臭そうに、マッドは冒頭の台詞を吐いたわけである。
  長年サンダウンを追いかけているマッドには、残念ながらサンダウンが何を思ってマッドを追い
 かけてきたのかが、声に出されずとも分かるのだ。本当に、残念ながら。だからマッドは、答えと
 なる台詞をきちんと吐いたのである。
  影のない荒野は、時には真冬でも暑い。それが夏ともなれば、もはや魔女の鍋底のようである。
 そんな時期には出来る限り動きたくないし、動いたとしても出来る限り涼を求めるべきだった。
  しかし、涼という言葉から完全にかけ離れているのがサンダウンというおっさんである。
  別に、サンダウン自体は熱血とかそんなのではない。むしろ、飄々としている部類だろう。
  マッドも、サンダウンと知り合った当初は、そう思っていた。無口で掴みどころのない男だ、と。
  が。
  ところがどっこい、サンダウンの内面は、確かに熱血ではない。だが一方で鬱陶しいことこの上
 ない事が、知り合うにつれてマッドは段々分かってきた。
  しかも、それはどうやらマッド単体に向けて発生する鬱陶しさのようである。とにかく、マッド
 に向けて、非常にうざい行為を繰り返すのだ。 
  マッドを見かければ、そわそわと決闘の準備らしきものを――マッドは何も言ってないのに、し
 始める。マッドが近くにいればいるほど、何故か言葉の数が少なくなり、マッドが何かを言ってく
 れるのを待っている節がある。しかもマッドがサンダウンの事を理解しているだろうという憶測の
 もと、自分の行動について特に何らかの説明をしようとしない。
  そして、挙句の果てには、マッドがサンダウンを無視すれば、こうして追いかけてくるわけであ
 る。
  これが、子供や女なら、まだ許せたかもしれない。
  しかし、サンダウンは何処からどう見てもマッドよりも一回りは年上の、髭面のむさ苦しいおっ
 さんである。しかも長年の放浪生活に曝された着衣は、あちこちよれたり型崩れして、小汚い。
  サンダウンはマッドも自分を追いかけているくせに、と思っているが、マッドは外面はきちんと
 整えている。うざいおっさんに追いかけられているマッドと、小奇麗な青年に追いかけられている
 サンダウンとでは、どう考えても心境に雲泥の差があろう。
  というか、若い青年に追いかけられているおっさんの構図は、一般的に見てまだ苦笑いで済むか
 もしれないが、若い青年を追いかけている小汚いおっさんの構図は、どう考えても犯罪だろう。そ
 このところを、今一度考えてほしいものである。
  よもやサンダウンとて、そんなことで、今ある賞金額を更に吊り上げたくはないだろう。
  しかし、そういった考えにまで行き着いていないのか、マッドに付きまとった上にそのまま小屋
 にまで入り込んだサンダウンは、マッドの座ってるソファの真正面に座り込み、恨みがましい眼で
 マッドを見つめている。
  小屋に入って一息ついた事で、よれよれのポンチョと帽子は取り外したものの、しかし中身がも
 さもさなので、暑苦しさにあまり変わりがない。
  どうやっても暑苦しさの変わらないおっさんに見つめられたマッドは、こうなる事が嫌だったの
 に、と思いつつも、嫌々ながらサンダウンを見た。そして次の瞬間、怒鳴る事になる。

 「てめぇ!何勝手に人のクッションに抱き付いてんだ!」

  サンダウンは、あろうことかマッドのお気に入りの茶色のクッションに抱き付いていた。以前か
 らサンダウンはマッドの気に入っているものを横取りするという風潮があったが――サンダウンに
 してみればマッドの匂いが染みついているものに懐いているだけなのだが――流石に購入したばか
 りのクッションをサンダウンに奪われるのは嫌だった。
  マッドはサンダウンからクッションを奪い返すと、それを自分の膝の上に置いて、サンダウンを
 睨み付ける。因みにクッションがどう見てもトカゲのぬいぐるみのようであったのは、関係ないの
 で置いておく。

 「大体、このくそ暑い中、あんたが俺に用があるようにも思えねぇな。なんであんたは俺について
  きたんだ。」
 「お前だって、いつもは私を追いかけてるじゃないか。」
 「賞金稼ぎが賞金首追いかけて何が悪いってんだ!」
 「だが、今日は追いかけてこなかった。」
 「俺が獲物を選り好みしたら駄目だって言うんか、あんたは。賞金首が賞金稼ぎの働きぶりについ
  て口出ししてんじゃねぇ。大体、俺はあんたに口出しされるほど、仕事をさぼってるわけじゃねぇ
  んだ。無職で毎日が休日のあんたと一緒にすんな!」

  挙句の果てには、仕事を休もうと決めた日にまで、賞金首に付き纏われているのである。

 「てめぇがいたら、飯を作らねぇとダメだろうが。それが面倒なんだよな。あんたは何もしねぇし。
  見てるだけで暑苦しいし。正直、こんなくそ暑い日に飯なんが作りたくねぇんだよ。俺一人だっ
  たら、その辺にあるもんで良いのに。本当に、あんた一体なんで此処にいるんだ。」

  完全に、夫を邪魔者扱いしている主婦の言い分である。
  そして、邪魔者扱いされているサンダウンは、相変わらずむっつりとした表情でマッドを見つめ
 ている。ご飯が出てくる事が当然だと思っていたように、見えなくもない。
  が、次にサンダウンが口を開いた時に出てきた言葉は、サンダウンがマッドにご飯を作って貰う
 事だけを考えていたわけではないと示すものだった。

 「……こういうものを、貰ったから、お前にあげようと。」
 「あん?」

  ぼそぼそと呟きながら、サンダウンはマッドに向けて手を差し出す。その手の中には、しわくちゃ
 の紙切れが転がっていた。あまりにも丸め込まれた紙切れに、マッドが眉を顰めていると、サンダ
 ウンは続けて呟く。

 「……夏は、暑いだろう?」
 「でなきゃ、夏って言わねぇな。」
 「……私は、夏がにがてだから。」
 「毎年、夏バテ起こしてるからな、あんた。」
 「少しでも涼しくなろうと思って……。」
 「それで俺についてきたってわけか。」
 「……違う。」

    何故か進まない話にサンダウンは少し焦れたようだ。じりじりしながら、サンダウンはとにかく
 手の中にある丸まった紙をマッドに押し付ける。 
  人に見せるんなら、なんでもっと綺麗に畳まねぇんだ、とマッドは文句を言いながらも紙を受け
 取り、しわしわのそれを丁寧に伸ばして、そこに書き込まれている言葉を読む。
  それは、アイスクリームの特売券だった。

 「………。」

  脱力した。
  わざわざ見せるのだから何事かと身構えてもいたから、余計に脱力した。それに、サンダウンと
 アイスクリームという組み合わせが、世間的に見てありえない事もあって、マッドはしばらくの間
 何を言うべきか頭を悩ませた。
  というか、マッドとしてはこんなおっさんにアイスクリームの特売券を渡した人間の心境も、そ
 れを受け取ったサンダウンの心境も、小一時間問い詰めたい。
  ただ、マッドはサンダウンが、こんな成りをしていても実は甘い物が好きである事を、それはそ
 れは良く知っている。なので受け取った側の心境はいちいち聞くまでもない。

 「それで、あんたこれを俺にどうしろって言うんだ。」

  自分一人で買いに行かずに、わざわざマッドに見せた理由は。
  すると、恨みがましそうだったサンダウンの表情が、ようやく普段のものに戻った。そして幾分
 か背筋も伸びたような気がする。

 「…………一緒に、食べに行かないか?」

  どうやらデートの誘いだったようである。