賞金首サンダウン・キッドは寡黙だ。
  しかし、だからと言って、優柔不断なわけではない。それどころか、短い返答や台詞は、断定的
 でさえある。低く、短く、しかしきっぱりと言い放たれる言葉は、おそらく彼の寡黙さを弱点とは
 せずに、むしろ決断力として保安官の務めの役に立ったのだろう。
  サンダウンの生い立ちを、図らずとも知る事になったサクセズ・タウンの面々は、クレイジー・
 バンチの一件の後、ちょくちょく安穏の地として訪れるようになったサンダウンのそういった部分
 を更に知る事になったのだ。
  とりわけ、サンダウンが一番良く訪れる、サクセズ・タウン唯一の酒場であるクリスタル・バー
 の経営者であるマスターと、その妹であるアニーは、サンダウンの時に非情なのではないかと思う
 くらいの決断の速さを良く見てきた。
  けれども、それはサンダウンの特性のひとつとして、サクセズ・タウンの住人達には特に気にさ
 れる事もなく日常の中に埋没してしまうようなものだった。
  しかし、それはサンダウンの断定的な返答が、崩される事がなければ、の話だった。




  Indecision






  それに気付いたのは、幸か不幸かアニーだけだった。それはサンダウンの隠し方が上手かったと
 言うよりも、サンダウンに対峙する男の勢いに周囲が飲まれてしまって、そちらのほうに皆気を持
 っていかれて、サンダウンの反応に注意を払っていないから、というのが正しいところだろう。ア
 ニーが気付いたのは、単に他の住人よりもその現場を目撃する回数が多いと言う事と、同じく現場
 を見ている兄と違い女性ならではの繊細な物事を見る事が出来たからかもしれない。
  
  サンダウン・キッドがサクセズ・タウンにやってくる場合、必ず、もう一人の男もサンダウンを
 追ってサクセズ・タウンにやってくる。
  サンダウンと同じくクレイジー・バンチを撃ち倒した男だが、属性はサンダウンとは真逆の賞金
 稼ぎだ。姿形年齢も、サンダウンの真逆を行く。
  負けず嫌いで派手好きの賞金稼ぎマッド・ドッグは、そしてサンダウン・キッドの賞金を狙って
 いる。

  どう考えても真逆で相性も良くなさそうな二人なのだが、なんだかんだで一緒にいるところを見
 ると、仲は悪くないのだろう。それは、サンダウンの我慢強さによるものなのか、どこかあっけら
 かんとしたマッドの性格によるものなのか、そこまではアニーにも理解しきれない。
  ともかく、自らの首に賞金を懸けて追われる身となったサンダウンが、一抹の安穏の為にサクセ
 ズ・タウンに現れた後、追い掛けてきたらしいマッドが現れるのはお約束だった。そして、酒場で
 ――ようするに自分達の眼の前で言い合い、というか専らマッド一人が、それこそガトリング砲の
 ようにぽんぽんとサンダウンを罵る言葉を吐き捨て、けれどもその後結局二人で飲み明かすのは、
 一体何の冗談なのか。
  そして、その間も、マッドの声は止まらないのだ。

 「ああもう、鬱陶しいおっさんだな。ぐずぐずしてねぇでさっさと決めろよ。くそ、おい、アニー。 
  このおっさんにはツナサンドな!俺はタマゴサンド!」

  本当に、そんな些細な事にもいちいち声を荒げる賞金稼ぎは、一体何なのか。傍目から見れば、
 マッドが不必要にサンダウンを急かして、サンダウンを罵っているようにしか見えないだろう。寡
 黙でこそあれ、決断力に富んだサンダウンが、ぐずぐずしているとは思えなかった。マッドの苛々
 とした口調は、サンダウンに対して不当であるはずだった。
  しかし、

 「くそ、なんでそこで黙るんだよ。」

  眼の前で、何度となく二人の遣り取りを見てきたアニーは、マッドのその台詞も幾度となく耳に
 してきた。そして、マッドの台詞に、一分の狂いもない事にも気付いていた。
  マッド自身を良く良く見てみれば、マッドが誰かに不当な言葉を叩きつけた事がない事にくらい、
 すぐに気付いても良いようなものだった。口調こそ乱暴だが、マッドが女子供や無抵抗の相手に手
 を上げる事はなかったし、逆に誰かに罵られても涼しい顔で聞き流すくらいの度量は持っていた。
  ただ、その度量が、サンダウン相手には一向に使用されないだけで。
  どこからどう見ても、マッドがサンダウンに構って欲しくてちょっかいを掛けているようなその
 様子に、アニーも含め、サクセズ・タウンの住人が眼を曇らされていた。
  しかし、何度も彼らの遣り取りを見ているアニーは、マッドが怒るそのタイミングを図らずとも
 気にしてしまい、そして気付いてしまったのだ。

 「あんた、それ、わざと?」

  幾度目かの、マッドのぷかぷかと怒る様子を眼にした後、アニーは堪りかねてサンダウンにそう
 問い掛けた。もしもこれで、サンダウンが何の事か分からないと言うふうな顔をしたのなら、それ
 はアニーの見当違い、もしくはサンダウンが無自覚にしている事なのだろう。
  だが、その瞬間、はっきりとサンダウンの顔に動揺に近いものが横切ったものだから、サンダウ
 ンも、わざとかどうかはともかく、自分がマッドの怒りに一役買っている事に気付いているのだと
 知れた。

 「なんで?対して、口籠るような話をしてるわけじゃないのに。」

  いつも、短いとはいえ明瞭に返答するくせに、何故マッドに対しては沈黙や口籠る事を返事とす
 るのか。
  すると、サンダウンは微かに溜め息を吐いた。

 「わざと、ではない。」
 「じゃあ、なんで?」
 「あれを、怒らせたくないからだ。」

  サンダウンの答えは、アニーの眉間に谷間を作るには十分だった。何せ、サンダウンはその対応
 によってマッドを怒らせているのだから。にも拘らず、怒らせたくないから口籠るのだと言われて
 も、納得できるはずがない。
  そういう表情を作ってみせると、サンダウンはもう一度溜め息を吐いた。

 「私が何か言うと、あれは、すぐに怒る。だから今度は怒らせないようにと言葉を探すんだが、結
  局、あれは怒ってばかりだ。」
 「……じゃあ、なに?あんたがマッドの言葉にすぐに反応しないのは、怒らせないような言葉を探
  してるから?」
 「そういう事だ。」

  きっぱりと言い放たれた言葉に、だったらあたい達は怒らせても良いのかい、と常々の断定的な
 サンダウンの言葉を思い出し、アニーは更に顔を顰めた。すると、サンダウンが再び溜め息を吐く。

 「別に、ないがしろにしているわけじゃない。ただ、あれは、他の人間よりも考えている事が良く
  分からない。」

  アニーの表情からアニーの言いたい事を読み取った男は、あれもそれくらい分かり易ければ良い
 のに、と呟いた。

 「そう?大概マッドも分かりやすいと思うけど。」

  笑いたい時は笑って、怒りたい時は怒る。分かりやす過ぎる反応を示す男は、しかしサンダウン
 にとっては分かりにくいらしい。

 「………感情は確かにすぐに見せるが、本心は分からない。笑ってばかり、怒ってばかりで、何が
  言いたいのかは分からない。その所為で、何を言えば喜ぶのかも分からない。」

  他の連中には普通に笑うのに、何故か私の前では怒るか、笑っていても皮肉っぽい笑みばかりだ。
  そう告げるサンダウンの声音には、微かにだがいじけたような響きがあった。終いには、どうし
 てお前達の前では普通に笑っているんだ、とまで言い始めたサンダウンに、アニーは薄っすらと面
 倒臭いものを感じ始めた。
  これではまるで、嫉妬されているようだ。
  そう思った瞬間に、アニーは、自分も含めサクセズ・タウンの住人がどうしようもない見当違い
 をしでかしている事に気付いた。
  自分達は常日頃から、賞金稼ぎマッド・ドッグが、賞金首サンダウン・キッドに、構って貰おう
 と必死になって噛みついているのだと思っていた。きゃんきゃん吠えながら、ツナサンドかハムサ
 ンドかさっさと選べと急かしているのだと思っていた。
  だが、実際は違う。
  相手に嫌われないように、どうにかして喜ばせようと、ツナサンドかハムサンドのどちらを選べ
 ばマッドが喜ぶのかを考えて迷っているサンダウンのほうが、よっぽど構って貰いたがりなのだ。
  それに気が付いたアニーは、ひとまずツナサンドかハムサンドかを迷うよりもさ、っさと選んだ
 ほうがマッドは喜ぶと言う事を教えてやるべきか、微かに考えた。