「はっ……、」

  月が白い。
  その月が放つ煌々とした光は、躊躇なく誰も訪れる事のない朽ちかけた小屋の壊れかけた窓を突
 き抜け、古びたベッドの上を照らす。

 「あ、あ、あ………!」

  まるで図ったかのような月夜。  
  舐めるように身体を照らす光に、マッドは身を捩る。

 「や、めろっ………!」

  ベッドの上に投げ出された腕は縄で人括りにされ、抵抗する事を封じられている。身に纏うもの
 は容赦なく乱され、引き裂かれるかのように剥がれていく。その様子は全て月に映しだされている。
  月光を受け止めた胸の突起は舌と指で散々嬲られ、赤く熟れている。曝された素肌は、首筋から
 臍まで、きつい所有印が刻まれ、それも全て月の下にある。

 「放せっ!あっ!くぅ……っ!」

  邪魔なものは全て取り去られ、大きく広げられる脚。その間で震える中心を握り込まれ、マッド
 は身を反らす。ひくひくと痙攣する身体は、どれだけ否定しても快楽を望んでいることは明白だ。
  だが、マッドは喘ぎながらも、快楽を与えてくる手から逃れようとする。

 「う、あっ!い、嫌だっ!」

  膝裏に手が掛かり、膝が胸につくほど身体を折られる。暴かれた秘部に、つ、とかさついた指が
 触れた。その瞬間、ひっ、と引き攣れた様な声がマッドの喉から押し出される。やわやわとなぞら
 れると、固く閉じられていたそこは、あっと言う間に柔らかく解ける。

 「やっ!あぅぅ……。」

  激しく首を振り拒絶を示すが、マッドの意思に反して、そこは刺激を求めてひくつく。それに応
 じるように、ゆっくりと差し込まれていく指。

 「あっ!ああっ!」

  待ち侘びていた感触に、マッドの内部は蹂躙する指を締め付ける。その感覚にマッドは悲鳴を上
 げた。
  受け入れる事に慣れてしまった身体。
  そして自分の内部を知り尽くした指。
  感じる所を探り当てられ、逃れる事が出来ない身体は跳ね、口からは嬌声が零れてしまう。だが、
 体内を行き来する指は容赦がなく、一本、また一本と数を増やしていく。その度にマッドは身を捩
 り、声を上げる。

 「ああっ!ああっ!ああっ!」

  指がばらばらに動く。あるものは奥へと動き、あるものは執拗にマッドが最も感じるところを突
 く。強い快感に、マッドは全身を濡らした。だが、決定的な快楽を与えてもらえない自身は、濡れ
 ながら可哀そうなくらい震えている。
  そんなマッドの姿を淡い月の光と青い双眸が見下ろしている。それはマッドに羞恥と屈辱を抱か
 せるには十分で。マッドは快楽に従う身体を呪いながら、必死に拒絶の言葉を吐いた。

 「も……やめっ……!キッド………っ!」




  身体を重ねるのは初めてではない。
  何がきっかけで始まったのか、マッドには分からない。
  いつものように銃の応酬をし、いつものように軽くあしらわれて、いつものように自分が激昂し
 て。いつもならそのまま立ち去ってしまう男が、その時何故か自分に近づいてきて、そのまま押し
 倒された。
  何をするんだ、と叫ぶと、ただきつく抱き締められた。
  そして乞われた。
  このままでいさせて欲しいと。
  何の事かわからなかった。だが、男の声に、微かに必死さを見た。だから、その手を振り払わな
 かった。
  そう、その時はそれで終わりだった。けれどその時から、いつものやり取りが変わったのだ。
  抱き締められる時間が長くなり、身体の線をなぞられ、頬に口付けを受けた。口付けを受ける場
 所は徐々に変化し、気が付いた時には唇をふさがれていた。
  最初は触れ合うだけのそれが、徐々に深いものに変わった。身体をなぞる手が意図をもって動き
 出した。逃げようとした時には何もかもがもう遅かった。どれだけ罵っても、悲鳴を上げても、泣
 いても、男は束縛する腕を解いてはくれなかった。喚きたてるマッドの身体を自分の身体で縛り上
 げ、無言で責め立てた。
  容赦なく。甘美なほど、優しく。
  ぐったりとした自分を見る青い眼は、やはり微かな必死さと、いつもより柔らかい光を湛えてい
 た。
  その所為だろうか。結局、今の今まで、この関係を許している。
  ただ、今夜のこれは、どう考えても、今までとは違う。見下ろす瞳は、恐ろしいほど静まりかえ
 り、いっそ寒々しいほどだ。まるで、凍りついた海の底に沈んだ骨のよう。
  何故、と思う。
  一体、何が、と。
  自分の行動を省みても、何も思い当たる事はない。
  久しぶりに、数人の賞金稼ぎ仲間とならず者の集団を潰した。賞金を分け合い、軽く飲んで、後
 腐れなく別の町に移ろうと考えていたところを、この男に捕まった。軽口を叩く暇もなく、腹部に
 重い衝撃を受けた。殴られたのだと気付いた時には、意識が飛んでいた。
  そして目が覚めて、今現在の状況に至っている。




 「あっ、あああっ!はっ……ああっ……!」

  マッドにとって、それはもはや拷問だった。
  欲望を溢れさせている自身には、欲を吐き出させまいときつく紐が結んである。跳ねる身体は押
 さえつけられ、自分の中にある指は何本なのか分からない。声を上げるたびに指を締め上げ、それ
 が更に快楽を齎す。だが、どれだけ感じても、紐で縛られている為に達する事が出来ない。

 「も、もぅ……たのっ……から……ああああっ!」

  ぼろぼろと涙を零し、羞恥も屈辱も忘れ、プライドも捨てて許しを請うても、許されない。

 「ひっ、ああっ!い、嫌っ、ああああああああっ!」

  欲を吐き出したくて堪らない部分に、紙縒りが差し込まれる。初めての激しい快感に、身体は硬
 直し、目の前が白く弾ける。一度に与えられる快楽はマッドの許容範囲を越えていて、頭の中が真
 っ白になる。もはや考える事も出来ず、自分の意思とは関係なく意味のない声を上げ、身体を捩り、
 跳ねさせる。

 「あっあっ、ああーーーーーーっ!」

  一際大きく視界が弾け、マッドは高い声を上げる。
  がくがくと痙攣する身体は、欲を吐き出せずに達した所為で。行き場のない熱は、達した後もマ
 ッドを苛む。

 「あっ……あっ……あっ………。」

  自失し、ぴくんぴくんと切なげに身を震わせる口からは、まだ小さく嬌声が零れる。紙縒りを差
 し込まれたままの彼自身は、立ち上がって欲望を示したままだ。

 「マッド…………。」
 「あああああっ!」

  今宵初めて名前を呼ばれると同時に、秘所に入ったままだった指を抜かれ、その感覚にマッドは
 再び達してしまう。
  ぐたりと投げ出された身体に、男が囁いた。

 「………どうしたい?」
 「あ、あ………っ。」

  涙に濡れた頬を包み問うてくる男に、マッドは身を震わせる。快楽に侵された身体と舌は、自由
 に動かず、抵抗もできない。いや、抵抗する意識などとうに残っていない。マッドは男に問われる
 まま、己の望みを口にする。

 「も、達きた……っ。」
 「ならば、自分で………。」
 「え………?」

  男の答えにマッドは戸惑うような眼差しを向ける。それを無視して男は、縛り上げられていたマ
 ッドの両腕を開放する。ようやく自由になった腕は長時間縛られていたためか痺れていて、男が促
 すままに動く事になる。

 「あ………っ。」

  促されて触れたのは欲を放てず、苦しげに震える自分自身。そこに差し込まれた紙縒り。

 「そんな……っ、嫌だっ、キッドっ……!」

  これを引き抜き、紐を解き、解放しろと言われている事を悟り、マッドは首を左右に振る。そん
 なマッドの背に男の腕が回され、支えるように抱き起こされる。

 「マッド………。」

  促すように囁かれる。

 「達きたいのだろう………?」

  やらねばこのままだと暗に言われ、マッドは再び頬を涙で濡らしながら、よろよろと男の望むよ
 うに動き始めた。
  自身に突き刺さる、小さな刺。表面に出ている部分を摘まんだだけでも、身体に有り得ない快感
 が走るというのに、これをどうやって引き抜けというのか。
  それでも、意を決してゆっくりと引き抜こうとする。
  だが――――。

 「あああっ!」

  僅かに動いたそれに、マッドは悲鳴を上げた。欲を吐き出す内部を擦られ、マッドは達するのと
 同じ感覚に襲われる。

 「くっ、ふっ………。ひっ!んぁっ!」

  快楽をやり過ごそうと声を殺そうにも、少し動いただけで凄まじい快感を齎すそれに、何もかも
 が無駄である事を思い知らされる。まだ数ミリしか引き抜いていないのに、マッドの身体は狂おし
 いほど反応している。
 「やっ、いやっあああああああっ!」

  耐えきれず達してしまう身体を、男が見つめている。
  その視線に気づいていないのか、自分で自分を解放できないマッドは、いやいやと首を振り、限
 界を訴え泣きじゃくる。
  もう、何もかもが耐えられない。快楽にも仕打ちにも、心と身体は悲鳴を上げ続けている。
  この、自分自身に降りかかっている現実から逃れたくて、マッドはまだ痺れている腕と快楽に捕
 らわれた身体を動かし、男の腕から逃げようとする。しかし男の身体は、いつものようにすぐさま
 自分を縛り上げてしまう。

 「マッド………。」

  身体を深く抱き込まれ、顎を固定され、そのまま口づけられる。

 「んぅ―――っ!」

  呼吸を奪われ、喘ぐマッドに男の声が降る。

 「お前は、私を仕留めるのだろう?」

  唐突な質問。だが、マッドはそれに条件反射のように頷く。

 「私を、追うのだろう?」

  いつも繰り返されているやり取り。それを茫洋と思い出しながら、マッドは再び頷く。

 「私以外には、目を向けないんだろう……?」
 「な……に……?」

  熱に浮かされた思考の中で、マッドは辛うじて男の声音にある違和感に気付く。

 「私だけを追うのだろう?」
 「お前が、私を仕留めるのだろう?」
 「他の誰にも、私を仕留めさせないんだろう?」

  次第に熱を帯びる男の声に、マッドは戸惑ったような視線を向ける。ぶつかった青い双眸には、
 先程までの冴え冴えとした光はなく、どこか必死な色がある。
  何が、と、この状態になってからずっと胸にあった疑問を声に出そうとした。
  しかしその瞬間、男の手が閃いた。そう思った時には、欲望に打たれていた楔が引き抜かれ、
 紐が解けていた。

 「っっっぁぁああああああああああっ!」

  信じられない解放感に、マッドはあらん限りの声を上げ、勢いよく白濁した飛沫を噴き上げた。




 「んっ……あっ……。」

  先程とは打って変わった優しさで自分を抱く男に、マッドは縋りつく。
  何度欲を吐き出したのか分からない身体は、それでも男が望むままに開き続ける。

 「キッド……キッドっ………。」

  名前を呼ぶと口付けられ、甘く揺さぶられる。その刺激に身体は更なる刺激を求めて揺れ動く。
 肩口に顔を埋め吐息を零せば、耳を甘噛みされる。
  迫りくる幾度目かの絶頂の気配に、マッドは、早く、とそれを求めた。それに応じるように強く
 抱き締められ、次の瞬間、最奥に腰を打ちつけられていた。
  息をつめ、仰け反るマッドの体内に、熱い滾りが注ぎ込まれ、その熱に引きずられるように意識
 を手放した。




 「……若い賞金稼ぎがいただろう。」
 「あ?」

  目が覚めて、もはや丸一日は使い物にならない身体に舌打ちし、それでも事の次第を問いただせ
 ば、そんな答えが返ってきた。

 「お前が他の賞金首を追いかける事には何も言わないが。」



  生活もあるし、と要領の得ない答えにマッドは形の良い眉を顰める。
  
  

 「一緒に連れて行ってくれと頼まれていただろう。」

 「あー。」

  一緒にならず者連中を潰した賞金稼ぎ仲間の中に、確かにそんな事を言ってきた奴がいた。まだ
 駆け出しで、今回、初めて大きな狩りに出たという、ようやく少年の域を出たばかりの奴が。
  そいつがもう、自分の周りをちょろちょろして。
  まあ、集まった賞金稼ぎの中でマッドは最も腕が立つ部類だったため、それと元来の面倒見の良
 さの所為か、自然とそいつの面倒を見たわけだが。
  で、無事にならず者を殲滅し、賞金を分け合った後、全員で軽く酒を引っ掛けていたら。

  ―――一緒に連れて行ってください!

  少年の丸みまだ残した頬を紅潮させ、マッドにそんな事を言ってきた。
  それを聞いた他の賞金稼ぎは、大きく出たな若造と笑い飛ばし、マッドも笑っていたのだが、こ
 いつが以外と本気だったようで、結構しつこく食い下がってきた。最後は相手をするのも面倒にな
 り、酒の代金を置いて出ていこうとした時、背中に投げつけられた言葉にマッドは思わず振り返り
 そうになった。

  ――――一緒に、サンダウン・キッドを仕留めましょう!

  一気に冷え込んだ酒場で、よくもまあ振り返りもせず、殴りかかりもせず、平然として出ていけ
 たものだと自分を褒めてやりたくなった。

  というか。

 「てめぇ、なんで知ってんだよ。」
 「見ていたからな。」




  明るく光が零れる酒場の窓から、軽やかなマッドの声が聞こえた。
  彼らしい弾んだ笑い声に、小さく苦笑し、ひさびさに羽根でも伸ばしているのだろうと邪魔せず
 に立ち去ろうとした。だが、一眼その姿を見てからと思い、窓に近づいた時、その声が聞こえたの
 だ。
  少年のあどけなさを残した賞金稼ぎが、マッドに請うていた。

  どうか共に、と。

  他意はないだろう。賞金稼ぎとしてのマッドの腕は、間違いがない。憧れを抱いても仕方ない。
 だが、サンダウンの中に確かに小さな燻りを植え付けた。そして決定打となったのが、マッドが出
 て行こうとした時に投げつけられた言葉。

  ――――一緒に、サンダウン・キッドを仕留めましょう!

  マッドが頷かないのは分かっていた。マッドは一人でサンダウンを仕留める事に意味を見出して
 いるからだ。
 それをサンダウンも知っている。
  サンダウンを殺すのはマッドだ。
  そしてサンダウンもマッド以外に殺されてやるつもりはない。
  それは、サンダウンとマッドの間で交わされた無言の約束だ。駆け出しの賞金稼ぎに破られるよ
 うな弱いものではない。
  それでも、サンダウンの神経をざわつかせるには十分だった。
  だから。

 「んだよ………。」

  ぐったりと身体を横たえ、マッドは呆れた様な声を出した。そしてからかうような笑みを口の端
 に浮かべる。

 「てめぇでも嫉妬とかするんだな。」
 「…………お前にだけだ。」

  からかうつもりで放った台詞に、躊躇いなくしかも真顔で赤面ものの台詞が返ってきた。かっと
 顔を赤くしたマッドに、サンダウンは触れるだけの口付けを落とす。

 「お前だけだ………。」

  そのまま抱き込みながら、サンダウンは思う。
  一緒に行きたいと口に出せるあの賞金稼ぎが羨ましくて仕方ないのだ、と。
  この男の熱を口に出して望める存在全てが羨ましいのだ、と。
  自分で選択した道で、でなければ彼に会う事もできなかったが、それでも捨てたものが惜しくな
 る時がある。それは彼を望んでいる事を口に出せない時。賞金首である以上、賞金稼ぎである彼を、
 大声で求められない。
  今でも、彼が許しているからこの熱に触れる事ができる。

  それならば、と願う。
  自分に死を齎すのが、彼であれ、と。
  彼の熱でようやく人の温もりを覚えていられるのだ。彼が離れたなら、きっと、人であり続ける
 事はできないだろう。

  それならば、そんな日が来る前に。
  どうか、その熱を以て、この心臓を撃ち砕け。



















TitleはB'z『Splash!』より引用