「あんた、金髪が好きじゃねぇか。」

  ああ違った、ちょっと変わった毛並みが好きなんだよな。
  で、尻のラインが綺麗なのが。
  胸にはそれほどの執着はねぇだろ?

  そう告げた男は口元に笑みを薄っすらと吐いて、愉快そうに肩を揺らす。
  しかし、カードを捲る指と、それを見る眼差しは真剣そのものだ。
  その様子を見ながら、サンダウンは何故こんな話になったのかを無表情の裏で考えていた。




four flush





  宿屋が一室しか空いてなかったのが事の起こりだった。
  そして問題が勃発したのは、その一室にそれぞれ別に泊ろうとしたのが、賞金首サンダウン・キッ
 ドと、賞金稼ぎマッド・ドッグだったからだろう。
  もはや西部で定番化しつつある二人の追いかけっこが、この一室を巡る争いを誘発するのは、どう
 考えても予定調和だった。

  賞金首が堂々と宿屋に泊ってんじゃねぇてめぇは野宿でもしてりゃいいんだ俺だって三日間野宿だ
 ったんだからな、と一方的に吠える賞金稼ぎを、5000ドルの賞金首は長年の付き合いの賜物か、の
 らりくらりと見事に躱してのけた。

  それでも唸り続けるマッドは、しかし腰にある銃には手を伸ばさなかった。
  流石に安宿の空き部屋の取り合い如きで銃を抜くのはカッコ悪いと考えたのか、それともそこまで
 頭が回らなかったのか、そのあたりの事はサンダウンにとっては大きな問題ではない。
  これまでもマッドが怒鳴りながらも銃を抜かなかった事は度々あったし、そもそもそんな事よりも
 この空き部屋にどうやって潜り込むかのほうが重要な課題だ。

  マッドは三日間野宿だったと言っていたが、サンダウンは二週間野宿だった。
  いい加減、安くても固くても、眠りが浅くても良いからベッドで眠りたい。
  その為にはマッドを上手く丸めこむ必要がある。

  どうせどんな事をしたって、最終的にはマッドが宿に泊まるか、サンダウンが宿に泊まってもそこ
 にマッドもなんだかんだ言いつつ潜り込んでくるのだ。
  要するに、サンダウンが一人で泊まれるという選択肢は、マッドがいる時点で有り得ない。
  ならば、どうにかして選択肢の後者のほうを取らねばならないのだ。

  さてどうするか、とサンダウンが思い巡らしていると、宿に添え付けられていたちっぽけな賭博場
 に眼を向けていたマッドが、口角を引き上げた。

 「………ポーカーで勝った方が泊まれるって事にしようじゃねぇか。」

  つまり、ポーカーに勝てばサンダウンは宿に泊まる事が――マッド込みで――出来るというわけで
 ある。
  かくして、西部一の賞金首と賞金稼ぎのポーカー勝負が――宿の取り合いという傍目に見れば呆気
 にとられるような理由で――始まったのである。




 「大体、てめぇは賞金首なんだから野宿ぐらい慣れてんだろうが。だったら俺に譲れよ。」
 「…………。」
 「あんたはもう老い先短いんだから、若い俺にベッドの一つや二つくらい譲ったって問題ねぇだろう
  が。」
 「…………。」
 「それに、ベッドだって若い奴に有意義に使って貰いたいと思ってるぜ。あんただったら若い女を連
  れ込む事だって出来ねぇだろ?」
 「…………。」

  べらべらと無意味に吐き出されるマッドのお喋りを、とりあえず聞き流しながら――腹の底では盛
 大に突っ込みながら――サンダウンはカードを捲る。
  サンダウンはその無表情が功を奏してか、こうした心理戦が関わってくるギャンブルは苦手ではな
 い。
  しかし、正直なところ、マッドのカードの腕がどれくらいのものか知らない。

  いや、カードの切れが良いという事は、何処かで聞いた事がある。
  読みの速さも深さも、若くして西部一の賞金稼ぎに伸し上がった事を思えば、当然の事のように思
 える。
  だが――マッドにも言える事なのだが――サンダウンはマッドがカードをしているところを見た事
 がない。
  つまり、どんな手立てを使ってくるのか分からなかったのだ。

  しかし、今、なんとなく分かった。
  絶えず言葉を発しながら、サンダウンの表情を視線だけで窺う様は、どうやってサンダウンを切り
 込むかを考えているのだ。

 そして、切り込む為の言葉を溜めているのだ。

 「ところでよ………。」

  くるりと方向転換するような台詞に、サンダウンはマッドは攻撃の言葉を集め終えたのだと知る。
  どうくるか、と微かに身構えていると、マッドは表情一つ変えずに言った。

 「あんた、恋人とかいねぇのかよ。」
 「…………。」

  攻撃だと分かっているから無表情で耐えられたが、これが普段の時だったなら眉根の一つでも寄せ
 たかもしれない。
  というかそんな事聞いてどうするんだくらいの事は思うだろう。
  いや、平静を取り繕っているものの、現時点で思っている。

 「いや、長い放浪生活の間、女っ気がないのはおかしいだろ。あんたも男なんだし、溜まるもんは溜
  まるだろうが。そのくせ、女っ気がねぇわりには平然としてるし、ってか美人がいたって見向きも
  しねぇじゃねぇか。だから、もしかしたら意中の相手がいて、その相手の為に禁欲生活みたいな事
  してるんじゃねぇかと………。」

  本気でこれがカードで勝つ為の手管である事を感謝した。
  でなければ、この男の頭をかち割ってその中身がある事を確かめていただろう。
  意中の相手がいてその相手の為に禁欲生活って、何かの本の影響でも受けたのか、それは。

 「それとも、実はこっそり売春宿とか行ってんのか?あんた、人気ありそうだもんな。」
 「…………。」
 「結構、昔の女に似た女とか漁ってそうだよな。」

  下衆の勘繰りぎりぎり――いや踏み越えているか――の台詞を吐くマッドは、しかしその眼は凍て
 ついている。
  でなければ、本気で馬鹿なんじゃないかと思う。

  だが、口元に卑下た笑みをらしくもなく浮かべて、けれど眼はぴくりとも笑っていないその表情に、
 お前はそんなに宿に泊まりたいのかと言いたくなった。
  そこまでする価値がある宿ではない――主人には失礼極まりないと思うのだが、如何せん、サン
 ダウンが日頃泊まっている最低価格の宿と対して変わらない――と思うのだが。

 「あー、でも、あんたって結構、好みのタイプが分かりやすいよな。」

  マッドが、何かを企むように――既に企みきっているのだろうが――にやりと笑ってみせた。
 そして、冒頭の台詞に戻るわけである。

 「あんた、金髪が好きじゃねぇか。」

  その台詞に、サンダウンはこれが研ぎ澄まされた言葉である事を忘れ、眉根を寄せた。
  何を考えて、そんな根拠もない事を言っているのか。

 「ああ違った………ちょっと変わった毛並みが好きなんだよな。」

  変わった色とか。
  悪戯っぽく笑う姿に、思わず頷きそうになった。
  確かにそれは当たっている。
  他にはない色合いの髪が好きだ。
  ――尤もそれは、世間一般で言う珍しいとか変わった色ではなく、サンダウンの眼が勝手に『他に
 はない』と思い込んでいるだけなのだが。

 「で、尻のラインが綺麗なのが。胸にはそれほどの執着はねぇだろ?」

  前者は当たっているが、後者はどうなのだろう。
  何せ、まだ見た事がない。
  だが、見たら執着するであろう事はサンダウンにも分かっている。

  サンダウンの思考回路が、マッドの思惑通り――かどうかは甚だ疑問であるが――徐々におかしな
 方向に動き始めた。
  そこに止めと言わんばかりにマッドがカードの向こう側から眼だけ覗かせ、囁く。

 「眼は………髪と一緒で、珍しい色が好きだろ?」

  どうしてこの男は自分の事をこれだけ良く見ているのか。
  もしかして、分かっていてわざと言っているんじゃなかろうな。
  悶々とし始めたサンダウンを余所に、マッドはカードで自分の眼を指しながら言う。

 「茶色とか、鳶色とかじゃなくてさ。俺みたいな黒とかだとつまんねぇんだろ?
  青とか、碧とかが良いんだろ?知ってるか?世界には左右の眼の色が違う奴もいるんだってよ。
  猫とかでは偶に見かけるよな、そういうの。」
 「そんな事はない。」
 「いや、いるじゃねぇか、猫に。」
 「そこじゃない。」
 「何がだよ。」

  唐突に割って入ったサンダウンの台詞に、マッドは顔を顰めた。
  これがある程度脈絡のある反応だったなら、マッドもサンダウンが引っ掛かったと思ってほくそ笑
  んだだろうが、サンダウンの反応はマッドの話の腰を折るような、何処から割りこんでくるんだと
 突っ込みたくなるようなものである。

 「何がどうそこじゃねぇんだよ。あんた人の話聞いてたのか?」

  少し口を尖らせて文句を言うマッドは、西部一の賞金稼ぎの座を冠するには、ややあどけない。
  そんな無防備そのままの表情を、よりによって西部一の賞金首の前でしてみせた男に、サンダウン
 はぐっと身を乗り出した。

  突然のサンダウンの行動に、賞金稼ぎにはあるまじき事に――いやその前に一緒にポーカーをして
 いる時点でおかしい――咄嗟に身動きが出来なかった。
  固まったマッドの手をサンダウンが掴んだ時になって、ようやくマッドは我に返った。

 「おい!てめぇ何やってんだ!人の手札見ようたってそうはいかねぇぞ!」

  サンダウンが手の中にあるカードを見ようとしていると勘違いしたマッドは、普通そんな堂々と手
 札を見ようとするはずがないだろうという一般常識を忘れて怒鳴る。
  途方もない思い違いをしているマッドに、サンダウンはもう一本の腕を伸ばしてその髪に触れる。

 「髪も眼も、お前と同じ色が好みだ。」
 「はぁ?」
 「つまらない色だと思った事はない。」
 「はあ………。」
 「髪はあらゆる色を混ぜ合わせた色だし、眼は夜をそのまま映したものだろう。」
 「え、ああ、そ、そうなんだ。」
 「つまらない色なわけがない。」
 「そ、そうかよ。」

 やや顔を引き攣らせて、マッドが後ろに身を引く。

 「じゃ、じゃあ、あんたは黒髪が好みなんだな。まあ、あんたが金髪だから、そっちのほうが珍しい
  のかもな。」
 「お前の髪の色が好みだ。」
 「だから、黒髪だろ!」
 「黒髪ではなくて、お前の髪が好みだと言っている。」
 「へ?」

  マッドの口から間抜けな声が上がった。
  大きく見開かれた眼の色は、やはり夜空と同じ光をしている。
  ぽかんという表現が正しく相応しいマッドの様子に、サンダウンは自分が何かおかしな事を口走っ
 たような気がした。
  いや、気が、ではない。
  ものの見事に口走った。

  と、見る間に眼の前にあるマッドの顔が、熱でもあるんじゃないかと思うくらい真っ赤に染まった。

 「お、お前の好みだからって、嬉しくなんかねぇんだからな!」

  赤い顔でそう叫ぶなり、マッドは立ち上がって身を翻し、制止の暇もなく宿屋の奥へと走って行く。
 遠くで、ばたん、がちゃり、という扉が閉まり鍵が掛かる音が聞こえた。
  どうやら、戦利品である空き部屋に籠城したつもりらしい。

  が、概ね鋭いくせに所々で抜けている男は、肝心の部屋の鍵を宿のカウンターに置いたまま忘れて
 しまっている。
  どれだけ鍵を掛けようとも、籠城になるはずがない。

  自分が爆弾を落とした事を忘れ、5000ドルの賞金首はやれやれと首を竦めると鍵を持って、マッド
 が閉じこもっている部屋へと向かった。

  もはや、いないものと化している宿の主人を残して。





  翌日、『あの二人はデキている』という、水面下で実しやかに囁かれていた噂は、完全に水面に浮
 上して姿を現していた。
 





















TitleはB'z『一部と全部』より引用