five W's







 

 ああ、良く覚えてるよ。
 あれはちょうど日が沈んで間もない時間だった。
 まあ、いつもみたいに良く晴れた日で、空にはいくつか雲が散らばってたけど雨が降る兆しなんて
 ちっともなかった。
 太陽が最後の日差しを投げかけた時だって、雲は黄色や赤に染まるだけで、黒や灰色じゃなかった。
 そう、夕日が沈んですぐの時間だ。
 まだ、あたりがほんのりと明るかった。
 暗くなるまでの、そのほんの僅かな時間だったよ。
 家路を急ぐ人がいつもよりも多くて、でも露店はまだ粘って開いていたな。

 ん?
 いつもと変わらないのに、良くそんなに克明に覚えているなって? 

 ああ………。
 ちょっとした催し事があってね。
 なに、祭りなんて大きなもんじゃない。
 バザーみたいなもんだよ。
 小さい即興で作った店があちこちに並んでね。
 それでも皆、かなり前から準備していたから、天気は気にしていたんだ。
 うん、それにその日は、朝方は珍しく曇っていたから、特に天候は気にして見ていたよ。
 幸い、昼頃からは晴れ始めて、他の町からも人が来たりして、大賑わいだった。

 だから、よく覚えている。
 それに、時間帯が夕方だ。
 帰る人や、まだ露店を眺める人が入り乱れて、とても人が多かったんだ。
 普段の倍以上の人がいたんだ。
 そんな時に、あんな事が突然起こったからね。
 場所は離れていたけど、やっぱり音は響いたからね。
 あちこちで悲鳴が上がったし。
 それがバザーに来ていた人にまで伝わって。

 後は分かるだろう?
 もう、大混乱さ。
 百人近い人間が、一斉に叫び声を上げて身を捩って逃げようとするんだ。
 本人達だって何が起こっているのかなんて分かっちゃいない。
 とにかく、防衛本能に従って走り出そうとするもんだから、押して押されて、それでまた悲鳴が上
 がって。
 死者が出なかったのが不思議なくらいさ。
 当事者以外はね………。
 まあ、その当事者は犯罪者だったから問題ないんだけど。

 ああ……そういや、あんたはその賞金首を狙ってたんだな。
 ……いや、獲物を横取りされたからって、不機嫌にならないでくれ。
 少なくとも、この街で揉め事を起こすのは、止めてくれよ…………。





 ん、知ってるわよ。
 あの酒場でしょう?
 あたしの行きつけよ、あの酒場。

 気に入ってるのかって?
 うーん、正直、大したサービスは期待できないわ。
 お酒だってありきたりのものばっかりだし、料理がおいしいってわけでもない。
 おまけに、あそこのマスター、無愛想なのよね。
 それでも通う理由なんて、一つしかないじゃない。
 そ、安いのよ。
 値段に見合った料理が出てくるわ。

 何、顔、顰めてんのよ。
 まあ、その金額から想像できる味っていったら、本当に大した事ないわよね。
 だから、あたしは料理は頼まないわ。
 お酒を飲む為に行くの。
 お酒だったら、よっぽどの事がない限り、とんでもない味にはならないでしょう?

 そうでもない?
 まあ、あんたは金持ちだからね。
 あたしみたいな場末の娼婦が飲んだ事もないお酒、知ってるんでしょう?

 あら、くれるの、このお酒?
 何よ……憐みのつもりかしら?

 ………分かってるわよ、情報を提供したからでしょう?
 けど、あたしが持ってる情報なんて、あんたの持ってる情報を裏付ける程度にしかなんないわよ?
 それでもいいって?
 あんたって本当に女に甘いわよね。

 ………それとも、情報が、あの男に関するものだからかしら?

 ま、いいわ。  
 そう、あの酒場で間違いないわよ、あの騒ぎが起こったのは。
 この街じゃ、一番格安の酒場だから、無法者達が集まりやすいのよ。
 それを狙って、あたし達娼婦も行くんだけど。
 ただ、普通のサルーンと違って、賭博場もなけりゃ胴元もいないから、結局荒れ放題なのよね。
 値段が安いのは、それもあるわ。

 それでも、大きな騒ぎはこれまで起きなかった。
 正直、死人が出るような騒ぎはこれが初めてよ。
 少なくとも、あたしは知らないわ。
 なんでこんな事になったのかなんて、あたしは知らないし、多分、誰も分からないんじゃないのか
 しら?
 それとも………。

 ねぇ?
 賞金首が賞金首を撃ち取る理由って、何?




 ああ、まったく、冗談じゃない!
 こっちは商売が掛かってるって言うのに!
 店の中で撃ち合いなんて、勘弁してほしいよ!
 しかも死人が出るなんて!
 おかしな噂を立てられちゃ、堪らない!

 何?!
 事件が起こる前と起きた後で、対して客足は変わってない?!
 どうせ無法者しか来ないし、無法者は死人が出た事なんか気にしないだろう、だって?!
 ふざけた事言うんじゃないよ!
 死人が出た店って事で、おかしな言い掛かりをつける奴らだっているんだ。
 死人が出て飯がまずくなったから金を取るのはおかしいだろうとか。
 そういう言い掛かりにかけちゃ、奴らは天下一品なんだよ。
 あんた、賞金稼ぎだったら、その辺の事は分かってるだろうが!

 大体、あんたがあの賞金首を仕留めてたらこんな事にはならなかったんだよ!
 この店で、どんぱちやらかした奴ら、あいつら両方ともあんたが今追いかけてる奴らだろう?

 あ?
 何が起きたのかって?
 そんなのこっちが知りたいよ!
 どっちもこの店で酒を飲んでたのさ。
 それが急に撃ち合いになったんだ。

 どっちが先に店に来たのかまでは覚えてないよ。
 ただ、片方はかなり酔ってた。
 酔って、大声で色んな事を喚き散らしてたよ。
 誰に話してるってわけじゃない。
 とにかく、店中に響くような声で喚いてたのさ。
 そうそう、あんたの事も喋ってた。
 あんたに追われてる事は、何か、賞金首の中ではステータスになってるみたいな口調で、自慢げに
 話してたよ。
 そしたら急に、ずどん、と。
 店の隅っこで大人しく酒を飲んでたもう片方が、銃で奴を撃ち抜いてたのさ。 
 ああそうだよ、撃ち合いじゃない。
 一方的に撃ったんだ

 ああもう、わけがわからないよ!
 なんでそんな事をしたのかなんてわかりゃしない。
 何があの男の気に障ったんだい?!
 あんたなら、分かるのかい?

 賞金首と賞金稼ぎとはいっても、付き合い、長いんだろう?




 何考えてるんだ何考えてるんだ何考えてるんだ!
 いつも無表情で何を考えてるのか分からねぇと思っていたが、今回は本気でわけがわかんねぇ!
 俺が捜してる賞金首を、これまた俺が追いかけている賞金首が撃ち取ったなんて、わけわかんねぇ!

 たしかにこの荒野で、賞金首が賞金首を撃ち抜く事がないわけじゃない。
 小競り合いが殺しに発展する事なんて、珍しい話でもない。
 けど、それが俺の獲物に絡んでいるとなると話は別だ。
 しかも、獲物を横取りしたのが、サンダウンだというのなら、尚更。

 大体、あのおっさん、普段は滅多に騒ぎを起こさねぇじゃねぇか。
 正直、賞金首なのかって聞きたくなるくらい、その逃避行は大人しい。
 追いかける賞金稼ぎに銃を向ける事はあっても、所謂本当の無法者みたいに逃げた先々で暴れ回る
 わけでもない。
 だから、大方、絡まれて仕方なく銃を抜いたんだと思っていた。

 なのに!
 自分から銃を抜いた、だと?!
 相手は何もしていないのに!
 確かに相手は賞金首で、かなり悪どい部類に入る奴だ。
 けれど、酒を飲んで、気炎を発していただけの――まだ暴れ出してもいないのに――なんで、あん
 たが撃ち殺す必要があったんだ?

 わかんねぇ………。
 人目を避けて逃げる男が、何故わざわざ人目につくような行為をしたのか。
 しかもよりによって、人殺しという手段で。

 それとも、俺が、あの賞金首を追っている事を知って、嫌がらせでこんな事をしやがったのか?!
 しつこく追いかけてる腹いせに?!

 ふざけんじゃねぇ!
 賞金稼ぎが賞金首追いかけて何が悪いってんだ!
 追いかけられるのが嫌なら、さっさと殺れば良いだけの話だろうが!
 そんな迂遠な嫌がらせする必要ねぇだろう!

 ああ、ちくしょう、いらいらする。
 こうなったら何が何でもとっ捕まえて、らしくもない事をしてくれやがった理由を、吐き出させて
 やる。




 仕方がないだろう。
 あの時は、ああする以外に手立てが思い浮かばなかった。

 お前が私以外の賞金首を追いかけている事は知っている。
 あの男が、今回の獲物である事も、実はかなり前から知っていた。
 だが、だからあの男を撃ち殺したわけじゃない。
 嫌がらせでも腹いせでもない。

 ………ああ、そんなに睨むな。
 お前が誤解するだろうとは思っていた。
 だが、その事に思い至ったのは、撃ち殺した後だった。
 あの男と同じ酒場に入った時は、撃ち殺そうだなんて本当に微塵も考えていなかった。
 良い気分はしなかったが。
 それでも、無視しておこうと思っていたんだ。
 あの男が、あんな事を言うまでは。

 賞金稼ぎマッド・ドッグに狙われている事を知って、あの賞金首は喜んでいた。
 この、乾いた大地に呑みこまれた無法者の中には、稀に名のある賞金稼ぎに狙われる事を誉れと思
 うものがいる。
 あの男もそうだった。
 酒場でその事を延々と喋り続け、自分が如何に優れているか――実際賞金首が優れた人間であるわ
 けがない――を吹聴し続けた。
 それだけならまだ良い。
 それどころか、あの男は、口にすべきではない事まで口にしたのだ。

『あいつ、みてくれは良いからな。最悪、部分だけでも値がつくんじゃねぇか?』

 あの男は、お前を劣情の道具にしようとしていたんだぞ。
 お前がそういう眼で見られている事は知っているが、『部分だけでも』は、これまで聞いた中でも
 最低だ。
 挙句、

『しかしあんなにしつこいとなると、あいつも実はその気があるんじゃねぇのか。』

 ほざけ。

 怒りで我を忘れるというのは、正にあの時の自分だろう。
 気が付いたら撃ち殺していた。
 そして珍しく、撃ち殺しても後悔がなかった。
 後悔したとすれば、お前が怒るだろうな、という理由でだ。

 だが、お前をそこまで言われて許せると思うか?
 すまないが、私はそこまで心が広い人間ではない。
 大体、お前が全てを投げ打って追いかける人間は、私だけで良いと思っているのに、愚かにも自分
 も同等の立場だと思い上がった挙句、お前を穢すような事を言った男を許してやれるわけがない。

 この世にいる、お前の眼に留まった賞金首は、全員殺してやろうかと思う時さえあるのに。

 ―――こんな事、お前には決して言わないけれど。

























TitleはB'z『GIMME YOUR LOVE』より引用