「ふぅん。流石に貴族様が音楽会をやるだけあって、でかい街だな。」

  石畳の上を、大勢の人と馬車が行き交い、その両側に並ぶ店のショーウィンドの中を覗き込みな
 がら、マッドは呟く。行き交う人々の服装は小奇麗で、間違ってもポンチョなど羽織っていない。
 マッドはともかく、サンダウンは少しばかり居心地が悪いのだが、マッドの機嫌が良いから良しと
 しよう。
  自分の居心地の良さよりもマッドの機嫌の良さを優先させたサンダウンの耳に、マッドののんび
 りとした声が入ってきた。

 「偶にはこういう街で過ごすのも悪くねぇな。」

  そう言って、ぺったりとサンダウンにマッドがひっついてくるだけで、サンダウンには十分だっ
 た。




 Flossflower 







  マッドは怒り狂った。
  サンダウンが帰りの遅くなった理由を口にすると、自分の地位をネタにしてサンダウンが脅され
 た事について、非常に激しく怒り狂った。そのまま宿の備品を壊し始めるのではないだろうかと、
 サンダウンが懸念するほど。
  しかし、同時に何処か冷静でもあったマッドは、サンダウンから一通りの話を聞くと、しばらく
 の間むくれていたものの、案外冷静な声音でこう言った。

 「俺も行くぜ。」
 「何………?」
 「俺も、その依頼についていくって言ってんだ。話聞いてりゃその男は腕の立つ奴を集めてんだろ。
  じゃあ俺が一緒に行っても問題ねぇだろうが。」
 「む、しかし……。」

  サンダウンとしては、マッドに危険な事をさせたくない。まして、男の依頼を聞く限り、どう考
 えても貴族やら成金が集まる場所に行く必要がある。
  マッドは、今でこそ賞金稼ぎであるが、サンダウンと違って南部貴族の血を引いている。本来な
 らば、男が依頼した場所こそマッドの立ち位置なのかもしれないのだ。だからこそサンダウンは、
 マッドには貴族達の前に出ていってほしくないのだ。
  以前のように、マッドのかつての知り合いがいないとも限らない。そして彼らは、マッドを自分
 達のもとに取り戻そうとするかもしれない。マッドにその気がなくとも、彼らが実力行使に出る恐
 れもあるのだ。
  以前は、サンダウンが止めに入って事なきを得たが、今回は分からない。依頼の片手間に、マッ
 ドを守る事が出来るかどうか。
  その不安材料がある限り、サンダウンはマッドには安全な場所にいて欲しかった。
  が、サンダウンがそれをどう説明しようかと口籠っている間に、マッドの頬はみるみるうちに膨
 らんでいく。ぷっくりと膨らんだ頬は、サンダウンの所為でマッドの機嫌が下降した事を物語って
 いる。
  西部一の賞金稼ぎとして、その状態はどうなんだと思わないでもないが、幸いにしてマッドのそ
 んな状態を見る事が出来るのは、サンダウン・キッド唯一人である。
  そしてそんな状態を眼にしたサンダウンが、一方的に折れる事も、また純然たる事実だった。

 「分かった。一緒に行こう………。」

  そう呟いた瞬間、マッドの頬があっと言う間に縮んだ。一瞬で戻った機嫌に、甘やかし過ぎだろ
 うかと思わなくもないのだが、既に年齢が二十を越えた男に対して、甘やかす甘やかさないもない
 だろうと思い、サンダウンは自分の子育て能力の低さに眼を瞑る事にした。




  そんな遣り取りをしてから三日後、彼らは、指定された街に到着していた。
  綺麗に舗装された道も、遠くに見える豪奢な家並みも、それらは明らかに西部の貧しい人々とは
 対極に位置する物だ。カウボーイ達はこの街を通り過ぎる事はあっても、この街に住む事は出来な
 いだろう。此処は、南北戦争前から続く貴族か、或いはゴールド・ラッシュ時に財を成した成金の
 住む土地だ。
  そして。
  ちらりと隣にいるマッドに眼を向ければ、マッドは何処となく楽しそうにあちこちを見回してい
 る。おそらく、サンダウンよりもこちら側に近いマッドにとって、こうした華やかな場所は楽しい
 のだろう。そう、マッドにとってはこちらこそが本来の居場所だ。

 「マッド。」

  お前がもしも、店を見て回りたいというのなら。
  サンダウンは一人で依頼主のもとに行くつもりだった。が、そんなサンダウンの考えを読み取っ
 たように、マッドが先に口を開く。

 「ところでよ、キッド。依頼主とは何処で会う予定なんだ?」

  サンダウンを見上げるマッドの眼には、もうショー・ウインドウを見つめていた時の残り香はな
 かった。ひたすらにサンダウンだけを見る眼に、サンダウンは図らずとも安堵した。そしてその安
 堵のうちに、答える。

 「ああ………依頼人の家で詳しい話は言うと言っていたな。」
 「で、その依頼人の家は?」
 「さて……。」

  依頼人は、家の場所までは口にしなかった。だが。

 「明らかにこの街に似つかわしくない一軍がいるな……。」

  おそらく、依頼主の行っていた、サンダウン以外のならず者連中だろう。彼らは、一様に卑下た
 笑みを浮かべながら、同じ方向に向かっている。

 「なるほど・あいつらについていけば良いってか。」

  随分と適当だな。マッドは首を竦める。それについてはサンダウンも同感だった。そして、その
 適当な依頼主に、一抹の不信と不安を持たずにはいられない。それが、サンダウン一人に振りかか
 るものであるのなら構わない。だが、もしもマッドまで巻き込む事になったら。
  今からでも遅くはない。マッドだけでも、この奇怪な依頼から外すべきではないだろうか。
  そう思ってマッドを見据えると、マッドは可愛らしげに首を傾げた。もしも此処で一言『帰れ』
 と言おうものなら、きっと、マッドの頬はぷっくりと膨らむ。 

 「どうしたんだ、キッド?」
 「いや……なんでもない。」

  上機嫌のマッドが、見る間に不機嫌になるのを想像して、サンダウンは敢え無く自分の考えを口
 にする事を断念した。
  きっと、このままマッドを一人帰らせてもその分危険なだけだ、むしろ自分が傍にいたほうが安
 全だし安心だ。心の中で自分に言い聞かせながら、サンダウンは柄の悪い一団の後を追う。その後
 ろを、マッドがトコトコとついてくる。
  トコトコとついてきながら、マッドは呑気に告げる。

 「なあ、キッド。後で街の中見て回ろうぜ。」
 「この服で歩き回っても良いのか。」
 「あん?それくらい、依頼主が準備するって。」

  当然のように、マッドは言う。

 「だって、音楽会に出るピアニストの警護なんだろ?だったら、それなりの格好をしないといけね
  ぇ事は依頼主も承知だろうよ。それに、ならず者連中を雇うんだ。そんな連中に、まさかツイー
  ドを期待してるとは思えねぇ。多分、それなりの服を用意してると思うぜ。」
 「してなかったら?」
 「必要経費で落とせば良い。」

  マッドはあっさりとしていた。その言葉にサンダウンが顔を顰めても、マッドは首を竦めただけ
 だった。

   「大丈夫だって、服くらい。最悪、自分で買えば良いだけの話だろ。それに、あんた、そういう服
  が似あわねぇって事はねぇと思うぜ。」 

  あの連中なんかよりも、とならず者の一団を顎でしゃくって、続ける。

 「ずっと、似合うって。だから、着替えたら見て回ろうぜ。」
 「………。」

  マッドの眼は期待に満ちていた。サンダウンが自分の誘いを断るなど微塵も考えていないようだ。
 もしも、これでサンダウンが断ったなら。ぷくん、とまた頬を膨らませるだろうか。
  いや。
  きっと、諦めて引き下がる。肩を落としてしょんぼりとして。
  その姿を想像したサンダウンには、もはや、マッドの誘いを断るなんていう選択肢は残っていな
 かった。

 「分かった………。その前に、ひとまず依頼主の所に行くぞ。」
 「おう。」

  顔を輝かせたマッドを見て、サンダウンは一気に幸せになった。同時に、やはり甘やかし過ぎて
 いるのだろうか、とも、本当に少しだけ、思った。