雪が降り始めた。
  サンダウンは、時折天から降ってくる雪に、この世界もまた、自分達の世界の延長線上にあるの
 だな、と思う。月が現れて、夜が来て、時に雪が降り積もる世界は、くすんでいても、それらによ
 って何処か遠い果てにあるのではないと分かる。
  そして、時が確実に流れている事にも。
  この世界に来て、どのくらいの時間が経ったのだろう。そう長くはないが、けれども短くもない。
 歳をとっていくほど長くはないが、不安を感じぬほど短いわけでもない。
  一日、また一日と時間が無為に過ぎていけば、自分がいた世界はどうなっているのだろうかと焦
 りが小さく疼きだす。あの乾いた大地は、そしてそこに包まれた彼は。

 「あんたさぁ。溜まったりしねぇの?」

  サンダウンの思考を引き千切るように、少年の厭らしい笑みを孕んだ声が聞こえた。




  Dysautonomia 2





  サンダウンが青い視線を転じれば、そこには果たして、二次性徴も碌に進んでいないような少年
 が立っていた。
  以前サンダウンに、男を抱いているだろうと鬼の首でも取ったかのように発言し、しかし見事に
 撃ち返されたというのに、懲りずにまたやって来たらしい。

 「いや、溜まるだろ、普通。此処にはいつもあんたの相手をしてくれてる野郎もいねぇしよ。」
 「……ほう、そういった感覚は分かるのか。」

  二次性徴も終わっていない癖に。
  面倒臭そうにそう告げれば、人の心が読めるという、まるで人間の業全てを圧縮したかのような
 能力をもつ少年は、一瞬、たじろいだようだったが、しかし顔を引き攣らせながらも平静を保とう
 とする。

 「俺の事は良いんだよ。そんな事より、あんただ。」
 「…………。」

  いやどう考えても自分の事を考えたほうが良いだろう。
  サンダウンはそう口にすべきか迷ったが、どうせ心を読んでいるのだろうから、特に声を出す事
 はしなかった。面倒臭かった所為もある。
  黙ったサンダウンに、これ幸いとばかりにアキラは言葉を畳みかけてくる。

 「あんた、男を抱いてんだろ?じゃあさ、俺らを見て抜いたりしてんのか?」

  卑下た笑みと声を出す少年を、サンダウンは一瞥した。
  一体何を言い出すのかと思えば。
  そんな呆れを含んだ視線を送ったつもりだったのだが、アキラは、けけけ、と悪役じみた笑い声
 を零す。

   「此処にいんのは全員、あんたよりも歳が下だ。あんただって、抱くなら若いほうが良いだろ。俺
  らん中から好みのを選んで、夜な夜な抜いてんじゃねぇの。それとも、毎回おかずにする相手を
  変えてんのか?」
 「…………。」
 「高原、ユン、おぼろ丸、ポゴ、んでもって俺。一体どいつが一番あんたを満足させてんのかねぇ?
  ユンは従順そうだしな、おぼろ丸もやっぱ忍者だしそっちの技はすげぇんじゃねぇの?そういう
  妄想とか、してねぇ?」

  やたらと直接的な言葉を避けた表現だ。やはり、所詮は二次性徴も終わってない少年。
  というか、色々と突っ込みどころはあるのだが、一番の突っ込みどころは、サンダウンが彼らを
 おかずにしている事を仮定として話をしているがそもそも自分がおかずにされる事は良いのか。嫌
 だろう、普通。
  だが、リベンジを狙うアキラにはそんな事はどうでも良いのか、嫌だねぇこんなおっさん、と両
 手を肩まで持ち上げて首を横にふるジェスチャーをしている。サンダウンとしては、自分がおかず
 にされる事を、例え話の中だけとは言え、容認している少年のほうが嫌だ。嫌というより、心配に
 なってくる。それとも、そういった事に慣れているのだろうか
  。確かに、自分が組み敷く青年も、そういった想像をされる事に慣れているとは言っていたけれ
 ども。だが、彼は良い気分はしない、と言っていた。そうなると、やはりこの少年の考えが非常に
 心配になってくるのだが。親御さんは何も言わないのか。
  少年の行く末を不安に思いつつも、サンダウンは少年の背恰好をじろじろ見て、そして小さく溜
 め息を吐いた。
  細い手足。狭い肩幅。顔は確かに可愛らしいと言えなくもない。そして薄い腹筋を見せる腹。

 「………抱き心地が悪そうだな。」

  思わずぽろりと零した言葉は、しっかりとアキラの耳に入っていた。
  物凄い勢いで振り返るアキラ。

 「なんだって?」
 「お前達は、皆が皆、何故か抱き心地が悪そうだ。」

  アキラとおぼろ丸は、特に。
  おぼろ丸は筋肉でなんとか誤魔化しているが、アキラなど骨と皮と少しだけの脂肪しかないでは
 ないか。

 「脂肪じゃねぇよ!俺のも筋肉だ!」

  一番貧弱な男が叫んでも説得力はない。
  アメリカ人成人男性から見たら骨の皮だけの少年など、抱く気にもなれない。
  勿論、細いのが好み、ふくよかなのが好みなど色々ある。しかし、行き過ぎた感のある彼らは、
 むっちり系の多いアメリカから来たサンダウンには受け入れがたい。折れそうに細い腰よりも、適
 度に肉が付いていて、抱き心地の良いほうが好みである。
  そもそも、抱くという行為においては相手の重みを感じねば楽しくない。確かに痩せた身体でも
 重量はあるのだが、しかし抱いているという充足感はないだろう。

 「つまり、お前達には性的魅力を感じない。」

  さっくりとサンダウンは少年の顔目掛けて、声を振り下ろした。

 「なるほど、確かに単純に性欲を満たすだけならば、お前達でも事足りるかもしれないな。しかし、
  お前達を強姦したいと思った事は、一度も無い。」
 「ごっ……!」
 「そうだ。強姦だ。しかし生憎と、私にそんな事をして喜ぶ趣味はない。そして一人で性欲を満た
  す場合、性的魅力も感じないお前達を、何故わざわざ想像する必要がある。お前達を引き摺り出
  すより、普通に女を想像したほうが良い。」

    理性のある人間ならば、強姦などせずに、妄想に欲を吐き出すだろう。それならば、痩せて固い
 だけの少年よりも、しっとりと肉付きの良い人間を妄想したほうが良いに決まっている。或いは、
 身体の芯から想っている相手を、幾分かの背徳感を感じつつも妄想するか。

 「……まあ、二次性徴も終わっていない子供には、分からない話か。」
 「ふざけんな!そんなもんとうの昔に終わってんに決まってんだろ!」
 「ほう………。」

  そのわりには、何も知らないではないか。
  それとも。

    「自慰行為をした事がないのか。好きになった女がいないのか。」
 「うっさいわ!」

  真っ赤になって叫ぶアキラ。
  どうやら、サンダウンの言葉のどちらかが当たっていたらしい。それとも、両方が当たっていた
 のか。

 「別に、好きになった男でも構わんが。」
 「あんたと一緒にしてんじゃねぇ!」
 「私の場合は、偶々、あれが男だっただけの事だ。」
  しれっとして言っておいてから、サンダウンは眼の前の痩せた少年と、荒野に抱かれて眠ってい
 るだろう青年を比較する。
  男にしては白く肌理細かい肌。艶やかで時には銀に輝く黒髪。きらきらと凶暴に煌めく黒い眼。
 掴んだ腕は細いがしっかりと固く、太腿は鹿のように鍛えられている。抱き締めた肩、胸、腰は何
 れもサンダウンよりも細いが、筋肉の動き一つ一つが手に取るように分かる。それは野生の獣のよ
 うであり、けれども繊細な指先が唇をなぞる姿は妖艶な淫婦のようでもある。
  その白い手がタイを解いて、シャツのボタンを一つ一つ外していって、そのまま白い二本の腕を  サンダウンに投げかけて。
  その身体を抱き締めたなら、すべらかな肌は震えるだろう。
  むっちり、というよりもがっちりした体つきではあるが、抱き心地は良い。非常に。
  抱くなら、こっちだ。

 「うおおお!勝手に比較してんじゃねぇ!」

  自分の口から散々自分をおかずにするというような発言をしていた癖に、此処に来て、少年はサ
 ンダウンの妄想に悲鳴を上げた。