夜の街を二つの影がふらついていてた。
  片方はすっきりと細身の身体を持ち、整った眼鼻立ちは存分に人目を惹きつける。アルコールを
 摂取している所為か、白い顔に朱を散らしているのも煽情的だ。
  一方、もう片方は、ぬっと背が高く、もう片方よりも全体的に一回り大きい。顔に刻まれた皺の
 数から、年齢も一回り高い事が窺える。西部の男らしい荒削りの顔立ちは厳めしく、が、その眼線
 は少し前を行くもう一人の項に釘づけだった。

 「良かったじゃねぇか。あんたも結構女に言い寄られてたし。」

  視線に気付いていないマッドは、ほろ酔い気分で呑気にそんな事を言っている。
  先程行った、娼婦宿の隣接する酒場では案の定、娼婦達が大勢いた。何処に居ても目立つのがマ
 ッドだ。酒場に入るなり娼婦達は、見なりも見た目も良いマッドに必ず一度は接触を図る。が、本
 日は心なしかその数が少なかったような気がする。それは、その少ない分の娼婦達がサンダウンに
 流れていったからだ。
  これまでのサンダウンの女の引っ掛け具合をマッドは知らないが、しかし目端の利く娼婦達がサ
 ンダウンに流れて行ったところを見ると、ひとまずサンダウンの身なりを整えるという計画は上手
 く行ったのではなかろうか。
  これで小汚いおっさんを追い掛けずに済むと歓喜しているマッドは、酒場の中心で、これが賞金
 首のサンダウン・キッドなんだぞ、と宣伝してやりたい気分だった。
  そんな上機嫌なマッドは、ふと思いついてサンダウンを振り返る。

 「でもよ、あんた、女を連れ帰らなくて良いのかよ?」

  せっかく女が群がってきたんだから、誰か捕まえりゃ良かったのに。

 「それとも、好みの女がいなかったのか?だったら、もう一軒、別の店に行くか?」

  何の気なしにそう告げる賞金稼ぎに、賞金首は僅かに顔を顰め、そして、

 「そうだな。」

  と頷く。
  そんな賞金首の様子に、賞金稼ぎはにやりと笑って、じゃあ行こうぜと軽い足取りで歩き始める。
 その腕をサンダウンはぐいと掴んだ。
  いきなり腕を掴まれて、よろけそうになったマッドは慌てて足を踏ん張ると、サンダウンを睨み
 上げ何をするんだと怒鳴ろうとした。しかしそれよりも早く、サンダウンはマッドの腕を掴んだま
 ま歩き出す。

 「お、おい。」
 「来い。」

  うろたえるマッドの声を黙殺し、サンダウンは短くそう告げると、マッドの腕を引く。すたすた
 と歩くサンダウンに、マッドは腕を掴まれている所為で自分も一緒に歩くしかない。
  それにしても、サンダウンが率先して動くなど珍しい事だ。もしかして、お気に入りの酒場でも
 あるのだろうか。そう納得して、マッドはサンダウンに腕を引かれるまま歩き続ける。
  そして、

 「キッド?」

  連れて来られたのは安宿で、マッドは首を傾げる。

 「なあ、酒場に行くんじゃなかったのかよ。」
 「いいから、来い。」

  ぐい、と引っ張ると、マッドは首を傾げながらもサンダウンに従う。そして、何も分からないま
 ま部屋に連れていかれ、

 「わっ!」

  思い切り突き飛ばされた。幸いにして倒れ込んだのはベッドの上だった為、痛みは感じなかった
 が、突然の衝撃にマッドはぽかんとする。

 「何すんだ、てめぇは!」

  慌ててがばりと跳ね起き、自分を突き飛ばした賞金首を怒鳴ろうと声を荒げれば、しかしそれ以
 上言葉を紡ぐ前に圧し掛かる身体に踏み潰される。

 「うわわっ!」

  ベッドの上でサンダウンの身体に踏み潰され、マッドはじたばたする。が、ばたつくマッドを余
 所に、サンダウンはマッドの身体に馬乗りになるとジャケットの中に手を突っ込んで、マッドの身

 「キ、キッド……?っ、あっ!」

  胸元を探っていたサンダウンの指先が、シャツ越しに小さな突起を見つけた時、マッドは小さく
 息を呑んだ。

 「馬鹿!止めろ!酔ってんのか、俺は女じゃねぇぞ!」
 「分かっている。」
 「じゃあ、何考えてんだ!」

  サンダウンから逃げようとするマッドを、サンダウンは微かに目線を険しくさせて見下ろす。

 「私は最初からこのつもりだったが。」
 「さ、最初からって、何だよ、それ!」
 「……………。」

  最初からと言ったら最初からだ。サンダウンはマッドがこの計画を実行し始めた時から、こうす
 るつもりだった。もっと正確に言えば、美女を引っ掛けに行くとか呟いていた辺りから。

 「止めろって!笑えねぇ冗談にしかなんねぇぞ、これ!」
 「冗談ではない。」

  マッドの両手を掴み、ぴたりと身体を密着させる。

 「好きでもないこんな服を着て、好きでもない人の集まる酒場に行ったのは、何故だと思う。」

  それもこれも、マッドが望んだからだ。でなければ、こんな事はしない。
  覆い被さって、肩に腕を回して耳元でそう囁けば、マッドはぶんぶんと首を振る。

 「俺は、こんな事の為にあんたにこんな格好させたんじゃねぇ!」
 「だが、こうでもしないと追いかける気にならないと言っただろう。」

  そしてサンダウンはマッドが追いかける気になる姿をしている。マッドが望むままに服を選び、
 髭を剃ったのだから、それは間違いないはずだ。

 「つまり、私はお前の求める姿をしているわけだ……。」
 「だから、意味が違う!」
 「本当か………?」

  サンダウンは、マッドとの間に僅かな空間を作り、マッドの顔を自分のほうへと向けさせる。
  サンダウンを見上げたマッドは、だがすぐに顔を背けた。
  眼の前で自分に覆い被さっている男は、いつもの小汚い男ではない。いつもはポンチョに隠され
 ている肩幅や胸から腰までの筋肉の付き方だとかが、はっきりと分かる。自分よりも体格の良い男
 は、先程マッドが暴れたのを押え込んだせいか髪の毛が幾分か乱れているが、むしろ一房、額に張
 り付いているのが逆に色気を誘っている。その下にある青い眼は、普段よりも濃い青に浸っており、
 その眼の形を改めて間近でみて、一瞬ときめきそうになった。

  いや、俺がときめいてどうするよ。

  慌てて眼を逸らしたマッドは自分でそう突っ込む。が、それを見逃さなかったサンダウンが、耳
 元を唇で食み始めている。

 「わー!止めろー!」
 「ときめいていた癖に、往生際が悪いぞ………。」
 「ときめいてねぇ!ときめいてたのは俺じゃなくて女達だ!」
 「ふん、女にときめいて貰っても嬉しくない。お前がときめかねば意味がない。」

  こんなタイをせねばならないようなきっちりとした恰好よりも、ポンチョを羽織ってしまえば良
 いだけの縒れた格好のほうが好きなのに、それでも我慢してこんな格好をしているのは、先程から
 言っているように、マッドが追いかけるという姿だからだ。マッドに効果がないのなら、意味はな
 い。すぐにでも脱ぎ捨ててしまいたい。

 「………マッド、どうなんだ。この姿は意味がないのか?」
 「い、意味って、いや、別に、俺は自分がときめく為にそんな恰好させたわけじゃねぇし。」
 「………着替えてくる。」
 「待てよ!なんでそうなるんだよ!」
 「お前に効果がないのなら、意味がないと言っただろう。」
 「だから、なんで俺に効果がある必要があるんだよ!俺はあんたの小汚い格好が嫌だっただけで。」
 「着替えてくる。」
 「だから待てって!」

  何故か自分をときめかそうとしている男が、意味がないと知るや着替えようとするのを、マッド
 は慌てて押し留める。だが、ときめいた――確かに一瞬ときめいたような気もするが――と口にす
 れば何が起こるか分からない。すでに圧し掛かられている以上、その先を求められている事は、い
 くらなんでも分かる。
  しかし、せっかくまともな格好をさせたのに、すぐに元に戻ってしまっては、それこそマッドに
 とっては意味がない。
  どうすれば良いのか。
  マッドは必死になって頭を働かせる。そして、身体から力を抜き、ぽってりとサンダウンの胸に
 顔を埋めた。

 「………マッド?」

  怪訝な声に、マッドは意を決して呟く。 

 「………うるせぇな、あんたのその格好は気に入ってんだよ。見惚れるくらいに。」
 「……………。」
 「だから、まだ、脱ぐな。まだ、見足りてねぇ。」
 「……………そうか。」

  サンダウンの手が、大人しくマッドの頭を撫でる。

 「それなら、お前だけ脱げば良い。」
 「は?」

  マッドが呆けた声を出すのと、サンダウンがマッドのシャツを引き千切るのは同時だった。

 「な……に、してんだ、てめぇ!」
 「安心しろ、私は脱がない。」
 「なんだそりゃ!」
 「じっくり目に焼き付けると良い………。」

  そう言って、サンダウンはマッドの身体を本格的に脱がせに掛かる。その手を止めようにも、自
 分よりも体格の良い男に叶うはずもなく。

 「嫌だああああっ!」

  マッドの絶叫が、辺りに響いた。