自分でも、安易な行動に出ていると思う。
  久しぶりに町を見つけ、サルーンの一画にある宿の連なりを見ながら、サンダウンは少しだけ自
 分の状態に落ち込んだ。
  サンダウンがいるサルーンの一画は、花街、つまり所謂売春宿が立ち並ぶ場所だ。そこには客の
 袖を引く女――下手をすれば男もいる――が店先で見た目麗しく着飾って、客を物色している。
  若い頃は、それこそ保安官助手の時代には、こういう場所にお世話になった過去もある。それは、
 別段珍しい話ではなかったし、婦人連が眼を吊り上げて声高に廃止を訴えたとしても、娼婦達は確
 固たる地位を確立しており、保安官もこういった場所を容認しているのだから、罪にはならない。
 また、娼婦が賞金首を客として扱ったとしても、なんら問題にならない。
  だが、サンダウンとしては賞金首になってからは、こんな場所にはほとんど世話にならずに来た。
 もうそんなに若くないし、自慰行為などしなくても性欲くらい律する事は出来る。
  と、思っていたのだが。
  今は性欲だの何だの、そういう問題を抜きにして、女を抱かねば気が済まない。あの、黒髪の賞
 金稼ぎを、よりにもよって組み敷いてあれやこれやしている夢を見て、それ以降、変な幻視をする
 ようになってからは。
  マッドは美人だ。それはサンダウンも認める。しかし、だからといって、よもや自分が男に欲情
 するようになったとは思いたくない。何かの拍子に、夢で見たマッドの白い肌や潤んだ眼や赤い唇
 を思い出すのは、単純に飢えているからだと思いたかった。自分で飢えているという自覚がないだ
 けなのだと、そう結論付けたかった。
  だから、花街に行くという安易な行動に出たのだ。それ以外にサンダウンには良い方法が思い浮
 かばなかったのだ。
  だが、何故こうなる事を予測できなかったのか。

 「よう、キッド!」

  いや、花街にへらりと笑うマッドがいるなんて事、誰も予想できないに違いない。例えマッドが
 娼婦にもてるから、こういう場所にいるのは普通だと分かっても、何故サンダウンと同じ町にいる
 のか。
  自分達の遭遇率の高さに、サンダウンががっくりと肩を落としていると、そんな事には気付かな
 いマッドはいつものように笑顔でサンダウンに近付いてくる。無防備に葉巻の甘い香りを漂わせな
 がら。

 「へぇ、あんたでもこんな場所に来るんだな。」

  何処か感慨深げに言うマッドの口調には、幸いにしてからかいの言葉はない。何がどう幸いなの
 か分からないが。
  しかし、全くといっていいほど罪悪感のないマッドは、無邪気に確信を突くような台詞を吐く。

 「あれか、あんたがこの前調子が悪かったのって、溜まってたからか。」

    そりゃあんたも男だもんな、と朗らかに言うマッドに、そんな台詞を朗らかに言うな、とまるで
 見当違いな事を言ってやりたくなった。しかし此処で、お前の所為だ、と言ってもマッドには何の
 事だが分からないだろう。おそらく、どういう事だ、とサンダウンを厳しく追及するに決まってい
 る。そうなれば、芋づる式に、サンダウンがマッドを組み敷いた夢の話を話さなくてはならなくな
 る。
  あの夢の話をした瞬間、マッドの表情は一体どうなるか。
  何度も考えてみたが、やはり強張って一歩引くという結論にしかならない。別に、天敵である賞
 金稼ぎに引かれたって良いだろうとは思うのだが、サンダウンとしてはそれは避けたい。何故避け
 たいのかは、サンダウンは考えない。
  むっつりと黙りこんだサンダウンに、マッドは何を思ったのか、大丈夫だって、と言う。一体何
 が大丈夫なのか。そう思っていると、マッドは何も言わずとも説明してくれた。

 「あんた別に見てくれは悪くねぇんだから、女の一人や二人、寄って来るって。心配すんな。」

  誰も、そんな事心配していない。
  何も知らないと言うのは、こんなにも罪深い事なのか。サンダウンは全く以て見当違いの事しか
 言わないマッドに、頭を抱えたくなった。そして、それ以上にそんなマッドに対して苛立って、苛
 っとして、それ以上見当違いの事を言うとお前を押し倒すぞ、とか思っている自分に頭を抱えたく
 なった。
  いくらなんでも、苛立ったからと言って押し倒すだなんて男に思わないだろう、普通。
  駄目だ。これ以上マッドに関わっていると、ますますどうしようもない自分の考えが零れ落ちて
 きそうだ。それを忘れる為にも、そんな埒もない事ばかり考えているのは単純に飢えているからだ
 という考えを立証する為にも、早いところ女を抱かねば。そんなしょうもない事の為に抱かれる女
 にとっても、大概迷惑だとは思うが。
  じゃあな頑張れよ、とマッドはサンダウンにぱたぱたと手を振って去っていく。サンダウンがど
 んな女を引っ掛けるのか見ておくつもりなのかと思ったが、どうやらそんな野暮な事をするつもり
 はないらしい。
  散々引っ掻き回すだけ引っ掻き回しておいて――別に傍目から見れば何も引っ掻き回されていな
 いのだが――去っていったマッドに、すぐに何処かに行くのなら話しかけなければ良いのに、と思
 う。いや、別に、長時間一緒にいるのなら話しかけても良いというわけでもないのだが。
  だが、なんとなく面白くない気分ではある。そしてそんな気分になっている自分に、再び落ち込
 む。それではまるで、マッドに構って欲しいと言っているようなものではないか。いつもは自分が
 マッドを構ってやる立場なのに。多分、立場が逆転したような感じを受けているから、面白くない
 と思っているのだ。サンダウンは無理やりそう思う事にして、一晩の相手をしてくれる女を探し始
 めた。

  
 
  
     そんなこんなで数十分後、サンダウンは思いのほか相手となる女を見つけていた。
  茶色の髪の長い、緑の眼をした娼婦だった。別段好みというわけではなかったし、もっと好みだ
 と思う女もいたのだが。それは避けた。その女は黒髪黒眼だったからだ。とりあえず、少しでもマ
 ッドを連想するような何かがある女は避けたかった。
    だから、この女を選んだのだが。
  闇の中で女の服を剥いで、その柔らかな身体を抱き締めて息を吐き、そして息を吸い込んだ瞬間、
 ぎょっとして思わず眼を見開いてしまった。女の身体から微かに漂う匂いの中に、緩やかな葉巻の
 匂いが混ざっていた。独特の、甘味の強い香りはついさっき嗅いだばかりの匂いだ。
  途端に、腕の中に抱いている柔らかな肌が、マッドの掠り傷の残る白い肌へと変貌する。しかも、
 その匂いを嗅ぎ取った瞬間、身体が熱くなった時点で、もう駄目だ。
  腕に抱いた女はサンダウンが久しぶりの女の肌に興奮していると思っているのだろうが、実際は
 全く違うのだ。サンダウンは、今此処にいない男が纏っていた匂いに興奮してしまっている。その
 絶望感は、半端なものではない。
  しかし、これは誰も悪くない。マッドも悪くなければ、女も悪くない。悪いのはサンダウン一人
 だけだ。
  女を前にして別の男を想像して興奮しているなんて。
  最低だ。
  マッドに対しても。女に対しても。
  この状態で女を抱けば、最低の中でも一番最下層になるだろう。だが、此処で退けば女に恥をか
 かせる事になる。というか、サンダウンがもう退けない状態だ。
  これは、ただの処理だ。女を誰かの代わりにしているわけではない。いや、誰かの代わりであっ
 たとしても娼婦は許してくれるだろう。彼女達はそういう人々だ。
  その優しさに付けこんで、サンダウンは夢の中で見たマッドを幻視しながら、熱を吐き出した。