さて、恩知らずにも間抜けな愛馬の呪いによって、ちんちくりんにされてしまったマッド。馬に
 も一人で乗る事ができず、サンダウンに支えられてしがみついて、ようよう馬に跨って移動が叶っ
 たわけだが、大分慣れたのか、てめぇなんかいなくてもひとりでうまくらいのれるんだ!と言って、
 サンダウンにしがみついていた手を放してしまった。
  尤も、サンダウンは既に馬を駆けさせる事を諦め、並足にしていたのだが、小さいマッドの眼に
 は、並足でも高速に見えたようだ。
  だが、並足で荒野をぽくぽくと歩いて、簡単に街に着くはずもなく。その日は街に着く前に夜に
 なってしまった。
  とっぷりと日の暮れた中で野営の準備をしながら、足元をちょろちょろとうろつき回るマッドの
 おれもひとりでのじゅくできるんだからな!という声を聴き流し、サンダウンは夜が明けたらマッ
 ドの姿は元に戻るのかな、と思っていた。
  が。
  犬耳と尻尾を付けるよりも、子供にするのは随分と力が必要だったらしい。オディオの力が戻ら
 ないディオは、マッドを元に戻す事は出来なかった。
  それどころか、夜中に何とかしてマッドを元に戻そうと力を振り絞り、変な嘶き、もとい呻き声
 を上げた所為で、小さいマッドを怖がらせた挙句、半泣きにさせていた。どうやら小さくなってし
 まったマッドは、身体の色んな感覚や、感性も子供に戻ってしまったらしく、唸り声を上げるディ
 オに涙腺が刺激されてしまったらしい。
  主人に泣かれて落ち込む馬。しかしこれはマッドの責任ではない。あからさまにディオが悪い。
  ディオの標的は自分であった事を棚に上げ、サンダウンは眼をうるうるとさせている小さいマッ
 ドの頭を撫でながら、沈んでいるディオを一瞥した。




 オ・ディオ・トリック 2-2





    次の日、再びぽくぽくと馬を歩かせたサンダウンは、背後に落ち込んでいるディオを従えて、よ
 うやく街に辿り着いた。サンダウンの前で馬に跨っていたマッドは、視界に見えた街並みに喜んで
 いる。
  それはそうだろう。
  昨夜から、マッドの口に合う食事が取れなかったのだ。
  それは何も、サンダウンが持っていた食糧がカビだらけだったとか、かぴかぴになっていたとか、
 そういうわけではない。サンダウンが持っている食糧は、荒野での放浪生活に特化したものであり、
 マッドも普段は食べているものだ。特別何か問題があるものではない。
  ただ、保存食がほとんどである為、どうしても塩気が多かったりする。
  それが、小さくなったマッドには受け付けなかったのだ。大人であった時には平気であった塩気
 が、小さくなった途端、幼い舌には変な味覚として捉えられてしまったらしい。塩辛く固いソーセ
 ージもベーコンも、マッドは顔を顰めて食べなかった。アルコールなんて当然の如く駄目だ。
  辛うじて、小さなクラッカーだけがマッドの舌のお眼鏡に叶った。
  しかし、それだけではマッドは当然満足しない。何よりも栄養的に問題がある。なので、街に着
 いたらとにかくマッドにたらふく食わせてやらねばならないと、サンダウンは思っていたのだ。
  マッドだけを馬に乗せ、サンダウンは馬から降りて馬を引きながら歩く。ディオと違って聡い愛
 馬は、むろんマッドを落とすなどという醜態は見せない。背後でディオが、マッドは自分の背中に
 乗せろと騒いでいるが、自分の主人を子供にするという失態を犯した馬に誰がそんな大役を任せる
 ものか。
  そんな、サンダウンとディオの、無言の応酬を知らないマッドは、茶色の馬の上からきょろきょ
 ろと辺りを見回している。

 「……何か、欲しいものでもあるのか?」
 「ねぇよ!こどもあつかいするんじゃねぇ!」

  忙しなくあちこちを見回すマッドに、サンダウンが声をかけると、マッドは慌てたようにぷくり
 と頬を膨らませて怒鳴る。
  その様子に、何か欲しいものがあるんだな、と思うが、マッドは頑なに頷こうとはしない。小さ
 なマッドが欲しがるものだ。それは、普段のマッドから見れば非常に子供じみたものなのかもしれ
 ない。
  思いながら辺りを見回すが、別に子供が欲しがるような玩具は特にはない。代わりに見つけたの
 は、甘ったるい匂いを醸し出している菓子屋だった。
  それを見て、サンダウンはぴんときた。
  普段、マッドは甘いものはそれほど食べない。嫌いとか言うよりも、単にそれほどまでに好んで
 食べようとはしないのだ。普段のマッドは、今のマッドが嫌うような味のものを口にしている。そ
 れは一般的に言うなれば、大人っぽいものだ。
  もしもマッドが意識してそれらを口にしているというのならば、子供っぽい菓子などを食べたい
 と思う事は恥ずかしいと思うだろう。
  じぃっと生クリームと苺のケーキを見ているマッドを見てから、サンダウンはその容貌には一番
 似つかわしくない、可愛らしい店へと近づいて行った。

  が。

  宿の一室で、ベッドの上にちょこんと座ったマッドは、色とりどりのケーキから眼を逸らしてい
 た。

 「食わんのか……?」
 「いらねぇぞ。おれはこどもじゃねぇんだ。そんなあまったるいもんはすきじゃねぇんだ。」

  そのわりには視線がちらちらとこちらを見ているようだが。
  サンダウンはマッドの黒い眼が、サンダウンの膝の上に乗っている箱の中を時折窺う事に気づき、
 心の中で呟いた。
  小さなマッドにとって、ケーキというのはやはり魅力的に映るものらしい。
  マッドも小さい頃は、やはり子供らしいところがあったんだな、とむさ苦しい容貌の癖に意外と
 甘い物は平気なサンダウンは頷く。そして、視線を逸らしたマッドの前に、ケーキの箱をずいと突
 き付ける。

 「いらねぇっていってんだろ!」
 「私一人では食べきれん。捨てる事になる。」
 「なにもったいねぇこといってやがんだ、てめぇは!」

    しかたねぇから、くうのをてつだってやる、と言ってからマッドはケーキの詰まった箱を覗き込
 む。サンダウンからちょうど旋毛が見えるような状態になってから、マッドはサンダウンの視線に
 気づいたのか、視線を上げた。
  別に、サンダウンは何も如何わしい事は考えていたつもりはないのだが。
  くりんとした黒い眼に一瞬たじろいでいると、マッドは再びケーキに視線を落としてから、もう
 一度サンダウンを見上げる。
  どうやら、別にサンダウンに如何わしさを感じたのではなく、どのケーキを取るのかで迷ってい
 るようだ。
  いや、マッドが欲しがっているのは、おそらく果物がたっぷりと乗ったタルトであろう事は分か
 っている。菓子屋の前にいる時から、マッドはずっとそれを見ていた。しかし、それにすぐに手を
 出すのは、大人であった時の理性が歯止めをかけているのだろう。
  それを見たサンダウンは、先に自分から、タルトの隣にあったパウンドケーキに手を出す。サン
 ダウンがタルトを欲しがっているわけではないと分かったマッドは、安心したのか、あまったやつ
 をたべてやるんだからな、とわざわざ行ってからタルトに手を出す。
  果物いっぱいのタルトを小さい両手で包み込み、嬉しそうに口に運ぶ様は何とも可愛らしい。も
 ぐもぐと動く口も愛くるしい。
  膝の上に乗せて、ぐりぐりしたくなるような可愛らしさだ。
  如何わしい気持ちは、微塵もない。
  タルトを食べ終えてご満悦のマッドは、しばらくすると退屈になったのか、ベッドの上をぽてぽ
 てと歩いてサンダウンの傍に寄ってくる。そして、サンダウンの隣にぽすっと座った。

 「なあ、きっど。おれ、もとにもどれんのかな?」

  どうやら、お腹がいっぱいになったら一番の問題点を思い出したらしい。しかし、その点につい
 ての不安は無用だ。原因であるディオが何としてでも元に戻すだろう。
  しかし、この状況が自分の愛馬の所為であるだとは微塵も思っていないマッドは、少ししょんぼ
 りしたように肩を落としている。
  不安そうなマッドの頭を撫でながら、元に戻れるに決まっているだろう、とサンダウンが言うと、
 マッドは小さくうなずいて、ぽてんとサンダウンの膝の上に乗っかった。ぴったりとサンダウンに
 ひっついてくるマッドは、やはり可愛らしい。むしろ、普段からこれくらいの素直さがあったなら。
  元に戻ったら、素直なマッドは消えてしまうのか。
  その事に一抹の寂しさを感じながら、サンダウンは小さいマッドの頭を撫で続けた。




  次の日。
  ディオが力を振り絞ったのか、小さかったマッドの姿は元に戻っていた。
  なお、小さいマッドを連れまわしているサンダウンの姿は、意外といろんなところで目撃されて
 おり、賞金稼ぎサンダウン・キッドには幼児趣味があるという噂が囁かれ始めていた。
  未成年者略取の疑いで、サンダウンの賞金が跳ね上がる日が来るのも、そう遠くはないかもしれ
 ない。