サンダウン・キッドとは、5000ドルの賞金がかけられている賞金首にして、西部一の射撃の腕を
 持つ男である。
  その過去は、実はとある町の保安官であり、その射撃の腕によりならず者からの決闘が絶え間な
 く、結果、血を呼び込む事となった為、それ故に自分の首に賞金を懸け、以来荒野を彷徨うように
 なったという、一見すると恰好良さ気なものである。
  が、それは過去の話であり、現在は髭と髪がもさもさの、着古して洗濯も録していないポンチョ
 に身を包んだ茶色いおっさんである。
  そしてその茶色いおっさん。茶色い小汚いおっさんの癖に、若くて美人の追っかけがいる。追っ
 かけと言うか、要する賞金稼ぎなのであるが。
  その賞金稼ぎ、馬がいる。
  いや、西部にいる男たるもの、馬くらい持っていて普通だ。というか、西部を駆け抜ける為には
 馬は必需品だ。だから、当然だ。
  ただ、その馬が、いわくつきだ。
  元人間、元々馬という、二度とそんな存在出てこない、むしろ出てきてほしくないという経緯を
 持っている。




 オ・ディオ・トリック





  忌々しい馬である。
  サンダウンは、ディオを見る度にそう思う。
  別にサンダウンが心を砕くほどの存在ではないのだが、時折、非常に忌々しい事をしてくれる。
 そもそも、元々馬であったくせに、第七騎兵隊の憎しみを背負って人間になったという経歴のある
 馬だ。
  そして、人間である間、金を狙って街を襲ったり、女子供をかどわかしたりと、悪行の限りを尽
 くした馬なのだ。本分が保安官という立場にあるサンダウンと相容れない事など火を見るよりも明
 らかだ。その事をディオ自身も分かっているのか、それとも他に何か含むところがあるのか、サン
 ダウンに対して、様々な嫌がらせに近い行為をしてくるのだ。
  馬の分際で。
  しかし、そんな馬を愛馬にする賞金稼ぎも賞金稼ぎである。
  サンダウンは、ディオの現在の飼い主であるマッドに対しても、ぶつぶつと思う。
  マッドはディオとは相性が良いとか思っているし、ディオはディオでマッドの事を馬の癖に気に
 入っているつもりなのか、他の人間には直ぐに後脚で蹴るような仕草をする癖に、マッドの前では
 やたらと従順だ。
  マッドに顔を擦り付けたり、すぴすぴと鼻を鳴らしたりと、馬なのに猫被っている。そんな事を
 したって、元来の目つきの悪さは変わらないだろうに、と思うのだが、しかしディオのその仕草に
 マッドは騙されている。
  でなければ、何故、ディオのような目つきの悪い馬なんかと一緒にいたりするだろうか。
  しかも、騙された挙句、自分とお揃いの色のスカーフをディオの首に巻いたりして、完全にディ
 オはマッドのお気に入りに成り上がっている。そんな事をしたら、ディオが好い気になるだけだと
 いうのに。
  そんな事をしていて、いつかディオがまた人間に戻ったりしたら餌食になるのはマッドだ。
  と、とって付けたようにマッドを心配しているような事を思っているサンダウンは、要するに、
 マッドの傍にいるディオが気に入らないのだ。
  当たり前だ。
  マッドの腰をさり気なく触ろうとした瞬間に割り込む馬を、どうやって気に入れというのか。
  つまり、これはサンダウンの本分がどうとかいう問題ではなく、ただの痴情の縺れである。
  しかし、痴情の縺れの挙句に、ディオが再び憎しみの力を取り戻すという事は、決して有り得な
 い話ではない。何せ、一度は人間になるだけの力を帯びていたのだ。その力は完全に拭い去っては
 いないだろうし、きっとその黒い馬体の何処かで虎視眈々と再び芽吹く時を狙っている。
  その切欠が、十中八九、痴情の縺れであろう事は情けない話ではあるが。
  ただ、その痴情の縺れによる憎しみの顕在化は、サンダウンが思っていたよりも早く、しかもサ
 ンダウンが思いもしなかった形で起こった。

 「ううううぅぅ。」

  サンダウンの目の前には、黒い帽子を目深に被りこんで、更につばを掴んで帽子が頭から離れな
 いようにしている賞金稼ぎマッド・ドッグがいる。そのまま帽子を頭で突き破ってしまうんじゃな
 いだろうかというマッドに対して、サンダウンは優しげに、マッドからしてみれば薄気味悪げに、
 話しかけた。

 「良いから、それをとって見ろ。」
 「うるせぇ、あっち行け!」
 「だったらこっちを見せろ。」
 「ぎゃー!何ベルトに手ぇかけてんだ、このヒゲ!」

  荒野のど真ん中で、賞金稼ぎのベルトを引き抜いてズボンを引きずり下ろそうとしている男から
 は、元保安官の誇りなど何処にも見当たらない。
  が、サンダウンにとっては、そんなものは溝にでも捨てても良いようなものだ。そんなものより
 も、今は、さっき一瞬眼に入った物を確かめる事が重要だ。
  もぞもぞと寝起きのマッドの頭で、ひくひくと動いていたもの。
  あれは、間違いなく、耳だ。
  犬の。
  すぐに自分の身体の異変に気付いたマッドの手により、それは直ぐに帽子の下に隠されてしまっ
 たが、生憎と動体視力には無駄に自信がある男は、マッドの頭に犬耳が生えてある事は看破してい
 る。
  何故、マッドの頭に犬耳なんてものが生えたのか。
  それは、マッドの背後で、さめざめと泣いているらしい黒い馬を見ればおのずと説明が着く。そ
 こに昨夜サンダウンが感じた奇妙な悪寒――なお、サンダウンはそれを平気で躱した――を合わせ
 て考えれば、完全にディオの仕業である事は確定する。
  どうせ、オディオの力をまた変な事に使おうとして失敗したんだろう。
  そのとばっちりを、マッドは受けたのだ。とばっちりの形が何故犬耳なのかは、流石に分からな
 いが。
  しかし、重要なのはそこではない。
  うぞうぞとマッドの尻のあたりが蠢いている。これは確実に尻尾もある。
  だから、サンダウンはマッドのズボンを引き摺り下ろそうとしているのだ。だからといって、行
 為そのものは全く正当化されないが。
  だが、正当化されなくても行為が止められなければ問題ない。サンダウンはマッドの抵抗に会い
 つつも、ズボンを少しだけずり下ろす事に成功した。途端に、くるんと出てくる黒い尻尾。予想通
 りである。
  無表情で満足するサンダウンを余所に、尻尾を見られたマッドは、へにゃんと尻尾を垂らす。そ
 れはそうだろう。明らかに変態行為をされたのだ。意気消沈しないほうがおかしい。その隙に、サ
 ンダウンは帽子も奪い取って、マッドの頭に耳がある事を確認しているわけだが。
  マッドに犬耳と尻尾があって、サンダウンは非常に満足だ。惜しい事と言えば、マッドの尻尾が
 ふりふりと揺れていない事くらいだが。しかし耳と尻尾がしょんぼりと垂れているだけでも、マッ
 ドは自分の姿に呆然としているらしいが、十分に可愛い。
  尤も、そんな事を言えばマッドの機嫌が損なわれると理解できるほどに理性が残っているサンダ
 ウンは、口にはしなかったが。
  だが、マッドの尻尾や耳を触る隙を見計らっているあたり、あまり理性もないのかもしれない。

 「耳だな……。」

  マッドの犬耳を触る機会を狙うサンダウンの言葉に、マッドはびくりと反応した。

 「うるせぇぞ!どうせ、情けねぇ恰好してるとか思ってんだろ!」

  いや、非常に愛くるしいと思っている。
  が、そんな事を口にしてもマッドは喜ばない。ので、サンダウンは無言でマッドの耳を触る事に
 した。ついでに、隙を見計らうのも止めた。

 「本物、か………。」

  ふにふにと触れば、どう考えても本物としか思えない感触が伝わってきた。非常に感慨深い感触
 である。
  しかし、いきなり耳を触られたマッドは、その感触が嫌だったのか、耳をぱたぱたさせてサンダ
 ウンの指を振り払う。

 「何すんだ、てめぇ!」
 「触っただけだ。」

  ついでに尻尾も触りたい。
  そんな願望、もとい欲望を持っているのだが、マッドはそれを察知したのか、尻尾を両手で押さ
 えて隠してしまう。

 「何しやがるつもりだ、てめえ……。」
 「……特に大した事はしない。」
 「ほーう……だったら、その怪しげに伸ばしてくる手はなんだ。」

  犬耳をつけ尻を抑えて後退るマッド。それを追ってじりっと進むサンダウン。なお、サンダウン
 の手は、今にもマッドの尻尾を捕まえようと蠢いている。
  その状態で、マッドとサンダウンは、じりじりと間合いを保ったまま睨み合い、その場でくるり
 と立っている位置を変更し、そのままくるりと回って元の位置に戻る。そしてそのまま睨み合い。
 その状態に、業を煮やしたのはサンダウンだった。

 「触られる事の、何が嫌なんだ!」
 「やかましいわ!なんで俺が尻尾をてめぇに触らせねぇとならねぇんだ!」
 「黙れ!老い先短い、何の楽しみもない男に、一時の夢を与えるくらい、かまわんだろう!」
 「うるせぇ!一時の夢なんぞ女に見せてもらえ!大体、普段は喋らねぇ癖に、こんな時だけ変な言
  い回し思いつくんじゃねぇ!」
 「尻尾の一つや二つくらい、良いだろう!」
 「良いわけあるか!どうせ、尻尾触った後、尻を触ろうとか思ってんだろ!俺がいつもてめぇに腰
  や尻触られて黙ってると思うなよ!」

  む、腰や尻を触っている事はばれていたのか。
  しかし、触られて黙っているとは、もはや受け入れているも同然ではないか。つまり、尻尾も触
 っても問題はないと。
  一気に論点をずらした、というよりも、飛び越えたサンダウンは、一つ頷くと、そのままマッド
 に突進していった。つまり、抱きついて、押し倒した。

   「ふぎゃあああ!何すんだ、ヒゲ!」

    地面に押し倒されたマッドは、じたばたと手足を動かしてサンダウンから逃げようとする。それ
 を抑え込んだサンダウンは、ふと気が付いた。仰向けに倒れ込んだマッドの尻は、勿論地面と密着
 している。むろん、尻尾も同様だ。これでは触れない。
  が、基本的にマッドが目の前にいれば問題ない男は、すぐに思考を切り替えた。
  尻尾など後でも触れる。上手くいけば事の最中にも。だから、今は目の前の身体をおいしく頂く
 事に専念しよう、と。
  かくして、サンダウンは、さめざめと泣いているディオの傍らで、マッドを頂戴する事が出来た
 のである。マッドと密着していれば、ディオはマッドごとサンダウンをどうにかできるはずがない
 ので、何もしてこないと見越した上で。



  なお。
  マッドの尻尾と犬耳は、次の日にはオディオの効果が消えたのか、それともディオが戻す為に再
 びオディオの力を使ったのかは分からないが、とりあえず元に戻っていた。