背後で聞こえた物音に、ピースメーカーは顔を顰めたまま振り返る。どう考えても、あまり良い
 予感はしなかった。しかし、放っておくわけにもいかないだろう。

 「……少し、見てこようか。」
 「別に、どっちでもかまわねぇよ。」

  バントラインにしてみれば、物音は主のいる部屋から聞こえたわけではない。それ故、主に何か
 危険が及ぶわけでもないだろうから、どうでも良かった。
  それを聞いたピースメーカーは、そのまま腰を浮かせて背後の物音を確認しようとしていたのを
 止め、再びバントラインを抱き込む。

 「お前がそう言うのなら、止めておく。」
 「なんだよ、それ………。」
 「確かに我々にとっては主の命令が絶対だ。だが、それ以外では……私はお前を優先させる。」
 「……そんな事、信じられるか。」

  呟いて身を捩るバントラインを、ピースメーカーが抱き締める腕に力を込めて閉じ込めようとし
 たその時、背後で放ったらかしにしておいた物音が大きく波打った。強いて言うなれば、何処か卑
 下た声に変換されて、ピースメーカーとバントラインの鼓膜を打ったのだ。

 「おいおいなんだぁ?お楽しみ中だってのかぁ?」

  その声にピースメーカーは苛っとした。ピースメーカーとしては、バントラインと一緒にいる時
 間は、例え主であろうとも邪魔をされたくない。
  だが、そんな希望を打ち砕くように下品な笑い声を上げながら近付く足音は、遠慮を見せて立ち
 止ろうとはしなかった。

 「おう、バントラインは相変わらず美人だな。そんなとこにいねぇで、俺の相手もしてくれりゃあ
  いいのに。」

  たっぷりと可愛がってやるぜ、と舌舐めずりが聞こえてきそうな声で告げた足音に、ピースメー
 カーは苦々しい思いで振り返った。そこにいたのは、ピースメーカーが想像していた通り、筋肉を
 無駄に付けた銃だった。
  44マグナムと呼ばれているその銃はピースメーカーの主が何処かで拾ってきたものなのだが、し
 かし威力はあるものの、反面身体への負荷が大きい為あまり使用されず荷物袋の中に放り込まれて
 いるままだった。その所為か、ピースメーカーやバントラインが自分達の主の姿形に良く似ている
 のに対し、彼は誰にも似ていない。或いは、その筋肉隆々とした姿が以前の彼の主の姿なのかもし
 れないが、それはピースメーカーには預かり知らぬ事であった。
  だからといって放置しておくわけにもいかないのは、44マグナムがバントラインに眼をつけてい
 る為である。バントラインは主であるマッドに似て美人だ。色んな銃が、バントラインに色眼を使
 っている事はピースメーカーも知っている。
  しかし誰よりも付き合いの長いピースメーカーにしてみれば、堪ったものではない。ピースメー
 カーには、バントラインの事は誰よりもよく知っているという自負があるし、誰よりも長く思い焦
 がれてきたという何の得にもならない自信がある。
  当のバントラインが周囲の色眼に全く気付いていない事も、ピースメーカーの悩みの種だった。
 無防備なバントラインが、いつの間にか誰かに食べられていたなど勘弁願いたい。
  そんな思惑もあって、急いで告白したのだが、バントラインがなかなか素直にならないという問
 題点が一つ。普段ならばそれも可愛いで済まされるのだが、身近にバントラインを狙う輩が出来た
 となれば、そうも言っていられなかった。

 「失せろ………。」

  ピースメーカーは獣が放つ最大の警戒音にも似た低い声で、近付く44マグナムを牽制する。だが、
 へらへらと笑う銃は歩みを止めない。 

   「そりゃあねぇんじゃねぇのか、てめぇ一人でバントラインと楽しもうったってそうはいかねぇ。」

  なあ。
  そう言って、44マグナムのごつい手が、バントラインの白い頬に伸びる。それをピースメーカー
 は叩き落とした。

 「バントラインに触るな……。」

  唸るような声は、これまでバントラインが聞いた事もないもので、バントラインは驚いたように
 ピースメーカーを見た。その表情も、今までになく硬い。決闘の時でさえ、そんな表情をした事は
 なかった。
  初めて見るピースメーカーの表情にバントラインがうろたえている間も、ピースメーカーはバン
 トラインを庇うように、44マグナムの前に立ち塞がっている。
  その様子を44マグナムは面白くなさそうに見つめる。

 「なんだぁ?別にお前のものでもねぇくせに、いっぱしに恋人気取りかよ。」
 「バントラインを傷つけようとするからだ……。」
 「はぁ?俺がいつバントラインに怪我させようとしたよ?」
 「お前は何をするか分からない……。」
 「けっ、言ってくれるじゃねぇか。でもよ、バントラインに怪我させてんのは、実際にはお前だよ
  なぁ?」

  決闘の度にバントラインには傷が付いていく。それを示唆されて、ピースメーカーは黙り込んだ。
 その表情には何かを耐えるような、苦味が渦巻いている。まるで、バントラインを傷つけるのは不
 本意であるというように。
  バントラインとしては、確かに傷を付けられるのは悔しいが、しかしそれは決闘する以上仕方が
 ない事だと思っている。だから、ピースメーカーが苦しそうな表情を浮かべる意味が分からないの
 だが。それと、なんだか勝ち誇ったような顔をしている44マグナムが、薄っすらとではあるが鬱陶
 しい。新顔の分際で、自分とピースメーカーの話に割り込んできたのも不愉快ではある。
  だから、殊更そっけなく呟いた。

 「別に傷の一つや二つどうって事ねぇよ。それよりもてめぇら煩い。静かにできねぇんなら、あっ
  ちに行ってろ。」

  途端にピースメーカーは口を閉ざし、バントラインに寄り添う。その行動にバントラインは顔を
 顰めたが、特に何も言わずに放っておく。
  44マグナムと言えば、まだ何か言いたそうにしていたが、けれどもこれ以上此処に居ても何も出
 来ない――バントラインにはピースメーカーが張り付いているので手の出しようがない――と思っ
 たのか、舌打ちしてごそごそと荷物袋に戻っていく。
  44マグナムの気配が消え、ようやく静かになった頃、ピースメーカーが再び口を開いた。

 「……何が、不安だ?」
 「あ?」

  突然の言葉に、バントラインは怪訝な顔をする。その顔をじっと見つめて、ピースメーカーは言
 葉を続けた。

   「私を信じられないという事は、私の中に不安要素があるという事だろう。一体、何が不安なんだ?」
 「……別に、不安なんかねぇよ。」
 「それなら、信じてくれても良いだろう。」

  頑なに拒むのではなく、もっと素直になって受け入れたら良い。まして、信じないと言ってピー
 スメーカーを全否定する事だけは止めて欲しかった。

 「お前はもっと私を信頼しても良い。」
 「なんで俺が………。」
 「私は主がいる時以外は――主がいても出来るだけ――お前を優先してきたつもりだったが、お前
  には伝わっていなかったのか?」
 「そんな事されても、困るんだよ、俺は。」
 「困る?何故?」

  伝わっていなかったわけではなかったのだな、と喜びながら、ピースメーカーは笑みを浮かべて
 問い掛ける。バントラインの頬を撫でると、バントラインはすぐに顔を背けてしまった。

 「てめぇが俺にそんな事する必要はねぇだろうが……。」

  その小さな呟きに、ピースメーカーはバントラインの耳元で素早く囁く。

 「私が、そうしたい……。」
 「そんな事されたって、俺は何もしねぇぞ。」
 「何か、する必要はない……ただ、素直に私を頼れば良いだけだ。」

  そう囁いて、バントラインの額に、気付かれぬ程度の、掠め去るような口付けを落した。

 「………なんか、したか?」
 「いいや、何も。」

  此処で口付けをしたと言ったなら、きっと逆戻りするだけだろう。だからピースメーカーは、た
 った今の口付けは気の長い自分へのご褒美だとして黙っておく事にした。代わりに、違う事を口に
 する。

 「それよりも、私はお前からの返事を聞いていないわけだが。」
 「返事って………そんな事、別にする必要なんかねぇだろ。」
 「いいや、私はお前に告白をした。ならばお前にはそれに返事をする義務がある。」
 「な………!」
 「安心しろ、そこまで急かすつもりはない。だが、お前は私に返答する身だ。どんな返答をしよう
  と、考えた末の結論であるならば構わない。が、私に返事をする前に、他の誰かに身を任せたり
  しないように。」

  それだけはしっかりと言い聞かせておかねば。44マグナムはまだ近くにいるからピースメーカー
 自身が牽制できるから良いとしても、他の賞金首賞金稼ぎ共の銃がバントラインに近付く事は、ピ
 ースメーカーにも止められない。
  ならば、バントライン自身にそのへんのところを、きっちりとしておいて貰わなくては。

 「な、なんでお前にそんな事言われなきゃならねぇんだよ!大体、他の誰かに身を任せるってなん
  だよ!」
 「そのままの意味だ。お前に色眼を使う物は多い。」
 「んなわけあるか!」
 「……もう少し自覚を持て。私はお前に誰よりも先に告白をした。だからお前から一番最初に返事
  を貰う権利がある。それともお前は、私の告白から逃げるつもりか?」
 「逃げるわけねぇだろうが!」

  主人の負けず嫌いの気質を色濃く受け継いだバントラインは、『逃げる』という言葉に敏感に反
 応し、咄嗟にそう返した。返してから、はっとする。自分がどんな形であれ、ピースメーカーの告
 白に返事をしなくてはならないという事実に。

 「うぐぐぐぐ………。」    

  頭を抱え込んだバントラインに、ピースメーカーは甘く囁いた。

 「返事を楽しみに待っている………。」