己の主が組み敷かれるのを見るのは苦痛だ。それが、完全な合意の上であるならば、まだ納得も
 できよう。けれど、決闘の末に敗北し、その代償のように組み敷かれるのは、明らかに屈辱以外の
 何物でもないはずだ。
  そしてそれを、何も出来ずにただ見つめるだけであるのは、あまりにも辛かった。まして、主が
 決闘に負けた理由の半分は、自分にあるのだ。もしもたった今の決闘で、主が引き抜いた得物が自
 分でなかったら。もしかしたら主が負ける事はなく、こうして組み敷かれる事もなかったのかもし
 れない。
  そう思えば嫌でも自分を責めずにはいられなかった。まして、主の銃の腕が決して鈍らなどでは
 ない事を知っているが故に、尚更自分の性能を疑わずにはいられない。
  例え、まるで前戯のように行われる決闘が、実は互いの合意の上での情事の合図であったとして
 も、だ。




  アームズミア

 
 





  西部一の賞金稼ぎであるマッド・ドッグの愛銃は、紛れもなくバントライン唯一つだ。新しい物
 好きで綺麗好きであるマッドは、衣服に関してはすぐに新しい物を取り揃える。小汚いものや、汚
 れが染みついてもうどうしようもない物などは、さっさと見限って捨ててしまう。
  けれど、そんなマッドがたった一つの物として長い間使用しているのがバントラインだった。
  黒光りする身体と長い銃身。西部の荒野で最も数の多いピースメーカーに比べれば、少し洒落た
 感じがするであろうバントラインは、マッドのお気に入りの銃で、そこから新しい銃に移行する気
 配は今のところない。

  バントラインもマッドの事は気に入っている。銃の腕も、その立ち姿も、この男の銃で良かった
 と思う。出来る事ならこのまま壊れるまで、この男の銃でいたいと思う。

  だが。

  扉の奥から聞こえる喘ぎ声に、バントラインは顔を顰めた。
  マッドが、こうして男に組み敷かれる事は、珍しい事ではなくなった。
  もともと、マッドの身体は男に狙われやすい。西部の荒野では珍しい端正な身体に秀麗な顔は、
 女に飢えたならず者どもに狙われるには十分な要素だった。
  しかし、どれだけ男共が下衆な手をマッドに伸ばしたところで、如何にマッドが端正な身体付き
 をマッドがしていたところで、マッドが西部一の賞金稼ぎである事に変わりはなく、その長く形の
 良い脚によって男達は皆蹴り飛ばされて終わりだった。何よりも力がものを言う西部では、マッド
 がどれほど男好きする身体をしていたとしても、マッドの実力が何よりも上であるならば、組み敷
 かれるはずもなく、男共は指を加えて眺める事しかできなかったのだが。

 「……くっ。」

  堪え切れなかったのだろうマッドの声に、バントラインは思わず顔を背けた。己が主が、こんな
 声を上げている事が、今更ながらに信じられない。西部の荒野に君臨しているはずのマッドが、男
 に貫かれて嬌声を上げるなんて。
  男としては最大の屈辱。
  そしてそれは、マッドの銃であるバントラインにとっても屈辱以外の何物でもない。何故ならば、
 マッドが男に犯されていると言う事は、紛れもなくバントラインの力不足、ひいては主を守り切れ
 なかったという事に他ならないからだ。

  バントラインの銃身は、他の拳銃に比べると遥かに長い。それ故、射撃姿勢は安定しにくく、狙
 撃には時間がかかる。まして、早撃ちの勝負である決闘ならば、バントラインの銃の形は明らかに
 死に直結する。
  しかし、それでもマッドはこれまで幾度となくその死線を潜り抜けてきたのだ。早撃ちには向か
 ないバントラインで、何人ものならず者を決闘で地に沈めてきた。

  だからこそ、とバントラインは思わずにはいられないのだ。
  だからこそ、自分以外の銃を握っていたのなら、あの男にも勝てたのではないか、と。

  西部の賞金稼ぎの頂点に君臨するマッドが、唯一地に沈める事が出来ない相手。幾度となく対峙
 し、その度に返り討ちにあって組み伏せられ、そのまま男の欲望を受け入れさせられている相手。
 そして、今もマッドの身体を組み敷いて楽しんでいる賞金首。

 「あぅ……っ、キッド……!」
 「………マッド。」

  もはや止める事が出来ない主の嬌声に、満足したような低い男の声が重なる。その声に、バント
 ラインはびくりと身体を震わせた。
  明らかに捕食者の色を漂わせた男の声は、普段の男のそれとは丸っきり違っている。まるで、マ
 ッドの事が愛しくて堪らないというような声に、バントラインは首を横に振った。
  例え今の男の声が真実を映していたとしても、バントラインにはそれを受け入れる事は出来ない。
 男がマッドを無理やり組み敷いているのは事実であり、それは例えマッドが黙認していたとしても、
 凌辱と何ら変わりのない行為だからだ。その行為を、マッドの銃であるバントラインが受け入れて
 はならないのだ。

  もう一度首を振り、主を閉じ込めている部屋の扉から眼を背け、バントラインは代わりに自分に
 付けられた傷を抑える。決闘の際に撃ち落とされて、その時に付いた傷。別に痛みはないし、今回
 が初めての事でもない。
  だが、自分が負けた事に変わりはない。
  そう思い唇を噛み締めてると、背後からごそごそと何かが近付く気配がした。

 「また、一人で反省でもしているのか?」

  己が主を呼ぶ声と、全く同じ声。ただし、少しばかり、柔らかさがある。
  その声に振り返るまでもなく誰か分かったバントラインは、振り返らずに苦々しい声で突き放し
 た。

 「どっか行けよ………。」

  唸る己の声も、実はマッドに良く似ている。物である自分達は、どうしても主の姿形を反映する。
 もしかしたら、その趣向でさえ主人に似るのかもしれない。
  そう思わせるように、近付く背後の気配は唸るバントラインに怯えもせずに、更に歩み寄ってく
 る。そして、後ろを向いているバントラインの背中から腕を伸ばし、ぎゅっと抱きしめてきた。

 「っ……何しやがる!」
 「傷が、痛むのか……?」

  身を捩って逃げようとするバントラインに、低く気遣うように声が降る。その声に、バントライ
 ンは苦々しげに吐き捨てた。

 「てめぇが付けたんだろうが!」

  主があの男に挑むたびに、バントラインはあの男の銃によって傷つけられる。そしてその銃に、
 その傷の事を気遣われるなど腹立たしいにもほどがある。
  けれども、あの男の銃でありバントラインをいつも傷つけていく銃は、バントラインから離れよ
 うとしない。バントラインと違い、扱い易く西部で尤も普及しているピースメーカーは、バントラ
 インの傷を確かめるように、バントラインの身体をなぞっていく。

    「すまない……。」
 「そう思うんなら、放せ!」
 「………それは出来ない。」

  言うなり、顎を掴まれて顔を上げさせられる。途端に眼に映ったのは、主を蹂躙する男と同じ顔
 をしたピースメーカーだった。片方の手でバントラインの顎を掴み、もう片方の腕でバントライン
 の肩を抱いている。どちらも片腕ずつの拘束であるはずなのに、バントラインの力では振り解けな
 い。
  悔しそうに睨みつけても、ピースメーカーは表情一つ変えない。だが、代わりに顎を掴んでいた
 手を離すと、再び両手で抱き締めてきた。

 「てめぇ、いい加減にしろ!」
 「まだ、お前からの返事を聞いていない。」

  突き飛ばそうとしてもびくともしない身体に、バントラインはますます悔しさを滲ませる。そこ
 へピースメーカーが囁いた言葉に、バントラインはびくりと肩を揺らした。
  そのバントラインの反応に、ピースメーカーは安堵したように溜め息を吐いた。

 「忘れていたわけではないようだな……。」
 「っ、知らねぇ……。」
 「ならば、何度でも言ってやろう……私は、お前が欲しい。」

    一瞬にして、ピースメーカーの声が己の主を犯している男と同じ色を湛えたものに翻った。欲望
 をしっかりと孕んだ声に、バントラインは動揺しながらも眼をきつくする。

 「ふざけてんじゃねぇ!主人が主人なら、銃も銃だな!それとも、てめぇの主人が俺の主人を犯し
  てるだけじゃ気がすまねぇから、俺も犯そうってのか!」
 「違う!」

  バントラインの言葉に、ピースメーカーは眼を瞠り、すぐさま声を荒げた。

 「お前が好きだ、と言ったはずだ。」
 「そんなの信じられるか!」

  主を犯す男が主の事を大切に思っているという事以上に、ピースメーカーが自分の事を好きだと
 いう言葉は信じられない。
  そう吠えるバントラインに、ピースメーカーは困ったような表情を浮かべた。

 「どうしてだ……?」
 「どうしてもこうしてもあるか。大体、てめぇに好かれたって俺は全然嬉しくねぇ。」
 「…………。」

  ピースメーカーの困惑したような表情が、途端に曇った。

 「私では、駄目か……?」
 「良いも悪いもねぇだろうが。俺とてめぇは敵対してるようなもんだ。好きだとか嫌いだとか、そ
  んな事考える必要もねぇ。」
 「………それは、主人同士の事を言っているのか?だとしたら、それは間違いだし、お前もそれに
  は気付いているはずだろう?」

  主人同士が敵対しているわけではない事、いがみ合ったり憎み合ったりしていない事、何よりも、
 凌辱が実は凌辱ではない事。

 「私の主がお前の主の事を想っているように、私もお前を想っている。」
 「はっ……てめぇの思考回路が単にてめぇの主人の影響を受けてるだけじゃねぇのか。」
 「違う……もしも主の考えをそのまま引き継ぐなら、とうの昔にお前を抱いている。」

  ピースメーカーの主が、バントラインの主を半ば無理やりに抱いた事はピースメーカーも知って
 いる。そしてバントラインは、その時の事を思い出して、顔を顰めた。

 「自分の主人を無理やり犯した男の銃を、好きになれるとでも思ってんのか。」
 「……本当に嫌がっていたのなら、お前の主は私の主を撃ち殺していたはずだが。」

  最初の夜、バントラインは犯されるマッドの手の中にずっとあった。けれどもマッドの指が、バ
 ントラインの引き金を引く事は遂になかったのだ。それを指摘され、バントラインはぐっと唇を噛
 み締める。
  例えそうであったとしても、バントラインはそれを受け入れるわけにはいかない。自分はマッド
 の得物だ。少なくとも一度としてマッドに愛を囁いた事のない男の事など、信用出来るはずもない。
  ぎろりと睨むバントラインに、ピースメーカーはどうしたものかと思い悩む。これもそれも自分
 の主の所為である事が、また悩ましい。もしもバントラインがもう少しマッドに性格が近ければ、
 そろそろ落ちる頃合なのだが、バントラインは確かにマッドに良く似ているが、マッドよりも頑固
 だ。頑なだ。
  もっと素直になれば良いのに、と自分は自分で主よりも気の長いピースメーカーは、腕の中でそ
 っぽを向いているバントラインを見下ろす。
  どうしようか、とあれこれと考えを巡らせていると、突然何かが落ちるような音がした。

  ガタン。

  背後で響いた音に、バントラインはびくりと身体を震わせ、ピースメーカーは顔を顰めた。