サンダウンは、艶やかに磨かれた木目の上に並べられた色とりどりの宝石のような果物を見る。苺
やオレンジ、葡萄、林檎など、季節感を無視した果物達は、それぞれの王座の上で、思い思いに着飾
っている。
 ある者は真っ白なクリームを身に纏い、また、ある者は黒いチョコレートを身に纏い、もしくはそ
の両方で飾り立てられている。
 雪のような砂糖を塗され、銀の砂糖細工を頭に乗せ、時には金箔までもを肌に散らし、艶々と魅惑
的に輝いている。
 サンダウンは、それらに対して、無表情でフォークを突き立てた。隣で香るアッサムが、この上な
く上品に漂っている。
 ぷすりと苺にフォークを突き立てたところで、ちらりと視線を上げれば、飾り立てられた果物――
ケーキを挟んだ対岸に、白い陶器のティーカップを優雅に持ち上げている黒い賞金稼ぎがいた。ただ
し、こちらはケーキには興味もないのか、用意されたフォークに触れようともしない。





Cake,Torta,Kuchen,dolce






 もっもっもっとサンダウンはケーキを頬張る。
 眼の前にある十を越える数のケーキは、何を隠そう――隠す必要もないが――サンダウンが買って
きたものである。
 サンダウンは、賞金首だ。
 荒野を駆け、逃げ惑い、時には人を撃ち殺す極悪な賞金首だ。それらが、実はサンダウンが自ら背
負った枷であったとしても、周囲のサンダウンに対する視線が変わるわけでもない。
 というか、賞金首である以前に、サンダウンが荒野を彷徨うおっさんであるという事実は、誰がな
んと言おうと真実である。薄っすら茶色がかったおっさんである事は、賞金首である前に明白な事実
である。
 そんなおっさんが、ケーキなんていう小洒落たものを当然のように口にしている。
 眼がパニックを起こしているかのような光景であるが、残念ながら視界不良でも幻覚でもない。サ
ンダウンは、先程三つ目のベリータルトをぺろりと平らげたところである。
 小汚いだの茶色いだの何だの言われようとも、サンダウンは別に甘い物が嫌いなわけではない。大
体サンダウンが小汚い事と甘い物が嫌いではない事は、同列に語るべき事ではない。
 しかし、世間一般から見れば、やはり髭面のおっさんがケーキを貪っているという光景は、少々理
解しがたいものがあるのだ。
 ましてや、誰かからの貰い物ではなく、自ら購入してまで食べるなんて。
 しかも、並べられた色とりどりのケーキは、その種類の多さだけではなく、飾り立てや季節外れの
果物まで使用されているところを見るに、決して安いものではないだろうことは予想がつく。どう考
えても、荒野で働く女達が早々簡単に手が出せる代物ではなく、金持ちが物色するような店に並んで
いるものだ。
 それを人目も気にせず購入してのけた賞金首に、どれだけの人間が疑惑の眼差しを向けたのか、想
像することは難しい。尤も、サンダウンはそんな連中の事は眼中に入れていないので、想像する必要
もないのだが。
 それに、サンダウンの意識は、専ら眼の前のケーキを胃袋に納める事に集中している。どこぞの誰
かも分からぬ、通り過ぎただけの赤の他人に意識を巡らしている暇などない。
 いや――。
 サンダウンは、ケーキばかり見ていると思っていた青い眼を、ちらりと上げて、ケーキの対岸にい
る賞金稼ぎを見る。
 黒く短い髪と同じ、黒い目。今はティーカップの中の紅茶の波紋を眺めているのか、伏し目がちに
なっている。優雅に組まれた長い脚は、テーブルで隠されていて見えない。そして手元に置かれた銀
のフォークは、少しも汚れていない。
 賞金稼ぎマッド・ドッグ。
 サンダウンを執拗に追いかけている、賞金稼ぎ。口を開けば荒野では珍しい端正な英語と、それと
は真逆の暴言が紡ぎ出される。お喋りで皮肉屋で、そしてまだまだ若い。けれども若いけれどもその
実力は確かなもので、サンダウンを捕まえ損ねてばかりいるけれども、たびたび聞く噂は、どこぞの
有名な賞金首を保安官に突き出したとかそういうものばかりだ。
 そんな若い賞金稼ぎは、荒野に幾つも塒を持っている。サンダウンがケーキを広げている場所も、
その一つだ。でなければ、おちおちケーキも食べていられない。サンダウンは、自分の首がどれだけ
人を呼び込むのか、知っている。
 サンダウンの首に呼びこまれた一人が、マッド・ドッグなわけだが。
 そんなマッドの塒でケーキを食べるのは良いのか、という突っ込みはサンダウンは聞き入れない。
大体、マッドも今は大人しく紅茶を啜っているのだから、何ら問題ない、というのがサンダウンの意
見である。誰にも聞かれない意見だが。
 だが、問題ないと言っているわりには、サンダウンはちらちらとマッドの様子を眺める。別に、此
処にいる事に気兼ねしているわけではない。生憎と、マッドに対してはサンダウンは微塵も気兼ねし
ない。長年追いつ追われつの腐れ縁が齎した弊害である。
 その弊害の被害を蒙り続ける事になったマッドは――半ば自業自得な感も否めないが――こちらも
サンダウンの態度に慣れたのか、特に何も言わずに紅茶を啜り続けている。
 ただ、チラ見するサンダウンには気が付いており、且つ気になっていたらしい。
 ティーカップから口を離し、眉間に皺を寄せて、なんだよ、とぶっきらぼうな声を上げた。ようや
くこちらを見たマッドに、サンダウンはこちらも口からフォークを抜き取り、問う。

「………食わんのか。」

 髭に、生クリームを付けた状態で、しかし表情はいつもと同じ無表情――見る者が見ればきりっと
していると思われるかもしれない――で、こちら見るサンダウンに、マッドは溜め息を吐いた。

「いらねぇって言ったはずだぜ。」
「お前の為に買ってきたのに。」

 溜め息交じりのマッドの声に、サンダウンは微かに――誰にも気づかれない程に微かに――不満を
込めて、言った。言った口は、既に四つ目のチェリーパイを平らげ、手は五つ目のチーズケーキに向
かおうとしているわけだが。

「俺はあんたと違って、そこまで甘い物は食わねぇんだよ。」
「私もそこまで好きなわけではない。」
「自分の行動を顧みて言いやがれ。」

 もっもっもっと口を動かしているサンダウンに、マッドは再びの溜め息。

「あんたみたいに、八つも九つもケーキを食えるわけがねぇだろう。」
「お前はまだ一つも口にしていないし、私もそんなに食えはしない。」
「前半はともかく、後半はこのまま進めばいけそうだがな。つーかあんた甘党だろ。どれだけ否定し
ても甘党だろ。そこにある紅茶だってミルクティーじゃねぇか。女子供じゃあるまいし。」

 紅茶本来の香りを楽しんでいるマッドは、サンダウンの前に置いてあるティーカップを痛ましそう
に見る。本来ならばマッドの持っている紅茶と同じ色合いのはずの液体は、既に赤味は失せ、ミルク
ティーというよりも、紅茶入りの牛乳と言ったほうが正しい様式をしている。

「大体なんでケーキなんか買ってきやがった。そんなもんよりも酒や葉巻、でなけりゃ普通に食い物
を買って来いよ。塒の掃除も碌にしねぇんだから、偶には役の立つところを見せても良いんじゃねぇ
のか。」

 賞金稼ぎの言い分が、段々と妻の言い分になりつつある。
 確かにサンダウンは塒に関しては何もしない。塒はマッドの塒であり、サンダウンはそこに押しか
けて、ひたすらにゴロゴロするだけである。家事なんてものは全くしない。ご飯はマッドが準備して
くれる。 
 一見すると、典型的なダメ夫である。
 夫ではなく、賞金首であるが。

「しかも買ってきたもんがケーキってのは、俺がそこまで甘い物を食わねぇ事を知ってての嫌がらせ
か?いや、別にてめぇの金で何を買おうが知ったこっちゃねぇ。だが、わざわざ此処にやって来て、
俺に進めるって事は嫌がらせと取られてもおかしくねぇぜ。」
「嫌がらせではない。」

 チーズケーキを攻略したサンダウンが、むっとしたようにいつになく強い口調で否定した。

「これは、日頃の感謝の気持ちを込めたプレゼントだ。」

 今度こそ、きりっとした顔つきで告げる。
 ただし、髭には生クリームがついたままであるし、ケーキは既に五つがサンダウンの胃袋に収まっ
ているわけだが。
 が、マッドが一瞬、きょとんとするには十分な台詞であった。マッドが我に返り、上記の指摘をす
る前に、サンダウンはもう一度言う。

「感謝の気持ちだ。」
「ほとんど、てめぇで食ってるじゃねぇか。」

 マッドはすぐに我に返った。流石である。

「だが、本心だ。」

 サンダウンは無理やり会話を進める。こっちも流石である。

「……お前には食事の事では世話になってるからな。」
「食事以外にも色々服とか買ったりしてるけどな。つーかそれこそ、俺が好きそうなもん買って来い
よ。葉巻とか酒とか、あるだろ。」
「葉巻も酒もお前のほうが良いものを持っている可能性があるし、掃除も料理もお前のほうが得意だ。」
「……完全にてめぇ自分を俺よりも格下にしてるが、言ってて悲しくねぇか。」
「だから、お前が買わないであろうものを贈っただけだ。」
「そして、てめぇが食ってるわけだな。」
「食わんのか、と聞いただろう。」
「だったら、俺が食える物を買って来いよ。」
「お前が買うものは、お前のほうが良いものを持っている可能性があるから。」

 堂々巡りである。
 無駄な議論に嫌気が差したマッドは、面倒臭そうに言う。

「だったら、てめぇの首でも良いんだぜ。」

 五千ドルの賞金が、それだけで腕の中に転がり落ちてくる。
 そしてそれを曲解するヒゲ。

「私が良いと。」
「違う。」

 ティーカップの紅茶が、静かに冷めていく。