いい加減にしろよ、てめぇ!毎回毎回毎回!なんで俺を殺らねぇんだ!
  毎回俺に同じ事言われて、ちったあ反省しようとか思わねぇのか!
  それとも何か?これは憐れみか何かか?
  ふざけんな!同情も憐憫も、俺はまっぴらごめんだぜ!そんなちゃちいもんに縋って生き延びて
 きたわけじゃねぇんだ!俺は俺自身の実力だけで此処まで来たんだ!それを、てめぇ如きに、潰さ
 れて堪るかよ!
  ……なんだよ、その顔は?何か言いたい事があるなら、さっさと、はっきり言いやがれ!俺はな、
 てめぇのそういうところが大嫌いなんだよ!
  ……だからなんなんだよ!なんでそんな顔するんだよ!
  って、急に表情を変えるな、気持ち悪ぃな!つーか、なんだよ!なんで近付いて……って、近い!
 なんでそんな近付いて……おい!急に何すんだ!馬鹿、やめろ、何する気だ!
  ……うわっ!
  急に何しやがる!つーか降ろせ!降ろせったら降ろせ!
  おーろーせー!




     Crazy Rendezvous





  賞金首サンダウン・キッドは砂埃を巻き上げる勢いで、馬に荒野を駆けさせていた。その勢いは、
 普段よりも幾分か早い。
  いつもなら、もう少し速度を落として行くのだが、今のサンダウンの馬の速度は、まるで何かか
 ら逃れるような勢いだった。
  確かに、サンダウンが馬を走らせるその後ろには、サンダウンを追いかけるような形で漆黒の馬
 が走っている。サンダウンが見事な手綱捌きで馬を左右へと動かしても、その奇妙な動きにめげる
 事なく追いかける黒い馬は、間違いなくサンダウンを追いかけている。
  ただし、その黒い馬の背には誰も乗っていない。
  何も知らぬ者が、且つ少しばかり想像力の逞しい者が見たら、もしやこの黒い馬には幽霊が乗っ
 ており、その幽霊は生前、サンダウンに何か凄まじい執念を残していったのではないかと思うかも
 しれない。そして、その幽霊によって黒い馬は操られ、未来永劫サンダウンを追いかけるのではな
 いかと思うかもしれない。
  だが、実際に良く良く見てみれば、黒い馬の額に青筋を認める事が出来る。つまり黒い馬は非常
 に怒り狂っているのだ。そして、怒りの原因はサンダウンにあるからこそ、サンダウンを追いかけ
 ているのだ。
  そしてそして、前を駆けるサンダウンの腕の中には、黒髪の青年がポンチョで包まれている。
  つまり、黒い馬の飼い主は、サンダウンに連れ去られたのである。

 「てめぇ、何考えてやがるんだ!自分が何してんのか分かってんのか!おい、聞いてんのか!」

  ついでに言うならば、サンダウンは無理やり攫ったのである。賞金稼ぎマッド・ドッグを。

 「どう見てもこれは犯罪だぞ!ヒゲ!ハゲ!俺が女子供だったら縛り首だぞ!自分の賞金をそんな
  に値上げしてぇのか!」  

  もはや、マッドの愛馬であるディオが怒り狂っても仕方がない。
  が、サンダウンはマッドの罵りにも、ディオの怒涛のような追撃にも、表情一つ変えない。むし
 ろ、何か決意を固めたような表情をしている。

 「おい、キッド!放せよ!降ろせ!」

  ポンチョの中で、じたばたと暴れるマッド。その身体をサンダウンは、手綱を掴む両腕でがっち
 りと挟み込んでいる。その様子も――まるで女子供のように、前に乗せられているという事も、マ
 ッドの怒鳴り声に拍車をかける。

 「くそ、俺は降りるぞ!何が何でも降りるぞ!」
 「止めろ……怪我をする。」

  もぞもぞと動いて疾走する馬から飛び降りようとするマッドを、サンダウンはますますがっちり
 と挟み込んで止める。そして、ようやく口を開いた。
  が、その台詞にマッドは逆上する。

 「てめぇが大人しく降さねぇからだろうが!」
 「………。」

  それに対するサンダウンの返答は沈黙だった。しかも一向に速度を落とす気配はない。ひらひら
 とポンチョの裾が翻る。

 「キッド!おい!ちょっとは人の言う事聞けよ!てめぇこれが犯罪だって事は分かってんだろうな!」

  俺は嫌がってんだぞ。
  そう告げるマッドに、サンダウンはちらりと視線を向けた。が、すぐに逸らしてしまう。ただし、
 微妙に表情が変化した。

 「おい、あんた、そうやって微妙な表情の変化だけで物事を伝えようとすんのはやめろ。ちゃんと
  口で言え、口で。」
 「………。」

  しかし、やはり答えは沈黙だった。しかも、まだ表情は微妙に変化したままだ。挙句、マッドに
 は表情が変化した事は分かっても、何が言いたいのかまでは分からない。従って、意志疎通には全
 く役に立っていない。

 「つーか、あんた、これは一体何の目的なんだよ。それくらい教えろよ。まさか、なんかの小説に
  でもかぶれたわけじゃねぇだろ?それか、なんかの絵でも見たのかよ。そういや、なんかの神話
  を題材にした絵で、女を略奪して馬に乗っけてるのがあったけど。それを見てやってみたくなっ
  たなんてそんな理由じゃねぇよな。」
 「絵………。」
 「ああ。確かルーベンスの。二人のおっさんが全裸の女を攫っていく絵だったような……って!て
  めぇ、なんだ、この手は!」

  マッドの言葉を聞いて不埒に動き始めたサンダウンの手を、マッドは見咎めて怒鳴る。

 「てめぇ、大丈夫か?!つーか、本当になんかにかぶれたのか!言っとくけどな、男を略奪するな
  んか普通ねぇんだぞ!せいぜい、ガニュメデスくらいだ!」
 「……あるのか。」
 「なんでそこで安心したような溜め息を零すんだ!」

  変な事言うんじゃなかった、とマッドが後悔した時には、既にサンダウンはなんだか急に楽しそ
 うになった。
  その様子を見て、マッドは何かおかしい事に気付く。
  いや、最初からおかしい事には気付いていた。サンダウンがマッドを馬に担ぎ上げて攫った時点
 で、おかしい事この上ない。だが、このサンダウンの、気分の浮き沈みは、よりいっそう、おかし
 い。
  何だろうか。躁と鬱を行き来しているようなこの状態は。何か、おかしなものでも食べたのか。
 それとも長らく続く放浪の所為で、遂に精神を病んだのか。
  マッドが本気でサンダウンの健康面を心配し始めた時、サンダウンが青い眼でマッドを見下ろし
 た。そして、静かに問う。

 「……こうしているのは、嫌か?」
 「は………?」

  唐突の質問で、マッドは一瞬言葉に詰まった。が、すぐに喚く。

 「当たり前だろうが!」
 「何故だ?」
 「何故って………。」

  再び言葉に詰まってしまった。
  だから、応える代わりにマッドも先程から繰り返している問いを、再度行う。

 「じゃあ、てめぇはなんでこんな事するんだ!」
 「……そうしたかったからだ。」
 「はぁ?!なんだよそりゃ!」
 「……お前を馬に乗せてみたかった。」
 「いっつも乗ってんだろうが、馬に!」

  現在、怒り狂って追いかけている背後の黒い馬は、紛れもなくマッドの愛馬だ。
  すると、そうではなくて、とサンダウンが言葉を選ぶように黙り込んだ。鬱陶しいおっさんであ
 る。

 「お前を、」

  連れて。
  二人で。

     言葉はあまりにも途切れ途切れで、それだけだと何を意味しているのか分からなかっただろう。
  しかしサンダウンは、耳元で囁くと同時に、カリ、と耳朶を甘噛みした。それは、どんな言葉よ  りも雄弁に、全てを物語っていた。

 「な………。」

  耳朶を嬲られて、マッドはその事実に気が付いた瞬間、ぽん、と音がしそうなくらい真っ赤にな
 った。

   「な、なななっ、なーっ!」
 「動くな、落ちるぞ。」

  あまりの事に呂律が回らぬまま、勢い良く立ち上がろうとしたが、馬上の人である以上それは出
 来ず、くらりと傾いたところをサンダウンに抱きとめられる。
  
 「安心しろ……、まだ、何もしない。」
 「まだってなんだ、まだって!大体、既にこの時点で犯罪行為だろうが!」
 「これ以上の事は、しない。まだ。」

  つまり、先があるという事だ。

 「なんでだ!」

  いや、しかし今のマッドとしては、それよりも、それである。何を考えてサンダウンが男に走っ
 たのかが分からない。放浪生活の末、そういう趣味に目覚めたのだろうか。

 「……違う。」

  ぶつぶつと口の中で呟いていたマッドの疑問は、しっかりとサンダウンの耳に入っていたらしい。
 マッドの疑惑を一語で否定し、サンダウンは、ぎゅうとマッドを締めつける。

   「………ずっと、お前が欲しかった。」
 「ず、ずっと……?てめぇ、そんな眼で俺を見てやがったのか!」
 「……気付かなかったのか?」
 「あ、当り前だ!この、放せ、変態!」

  マッドにしてみれば、長年追いかけてきた賞金首が、よもや自分の事をそんな眼で見ているなど
 思いもしなかった。もしかして、程よく美味しく育ってきたから手を出す気になったんだろうか。
  いや、サンダウンがマッドに何か情のようなものを傾けていた事は、馬の上に引き摺り上げられ
 てから、何となく勘付いていた。

 「………いつからだ。」

  ひとしきり騒いだ後、マッドは一際低い声で訊いた。
  出会って数回の撃ち合いをした後、という答えが返ってきた。

 「なんでだ……。」

  最初から、でないのなら、サンダウンはマッドの端正な身体に興味を持たなかったという事だ。
 その他のならず者達のように、秀麗なマッドの身体を組み敷くつもりはなかったのだ。
  だが、それならば残るのは疑問だ。
  マッドは、特にサンダウンに対して特別な事をしたつもりはなかった。マッドは、いつもの通り
 の決闘をしただけだ。それの何が、サンダウンの琴線に触れたというのか。

 「私を、一度も、諦めなかったからだ。」

  答えは、想像もつかないものだった。
  しかし、その台詞を放ったサンダウンは、当り前のような顔をしている。

 「他の賞金稼ぎやならず者のように、数で圧倒するわけでもなく、罠を仕掛けるわけでもなく、ま
  るで私がその期待を裏切らないというように、真正面から挑んできた。逃げもせず、隠れもせず。
  まだ、私にそこまで信を寄せる人間がいるのかと思った。」

  いつになく饒舌なサンダウンの言葉は、恐ろしいほどに真摯だった。そのまま何もかもを切り裂
 けるほど、しかしぷつりと途切れてしまえば物悲しい音を立てる弦のように、澱みがなかった。

 「信じて貰える事が、どれほどの愛しい事か、お前には分からないかもしれないが。」

  その言葉の裏に翻った深い闇に気付かぬほど、マッドは鈍くもなく、愚かでもなかった。しかし、
 それに対して同情をするほど、無神経でもなかった。
  サンダウンが欲しいのは同情ではないだろう。
  おそらく、何かが起きた時にそれを憐れむ無神経さや無責任さではなく、血を以てしても止めて
 くれる圧倒的な力が欲しいのだ。

 「だから、俺が欲しいのか。」

  マッドの言葉は、マッドの思考回路が分からぬサンダウンには理解できないものだっただろう。
  だが、サンダウンは、はっきりと頷いた。

    「……ああ。私は、お前が、欲しい。」

  声は、夜の底から響くようだった。

 「そして、きっと、お前を手放せない。」

  おそらく、サンダウンの微妙な変化を汲みとったのは、マッドだけだったのだろう。そして、サ
 ンダウンはそれだけでは物足りなくなったのだ。表情の変化を読み取るだけではなく、その裏に蟠
 る物事にさえ、手を伸ばせと訴えている。
  まるで、マッドがそれから逃げ出す事など、有り得ないと思っているように。
  マッドが、サンダウンが決闘の作法を裏切らないと信じていたように、サンダウンも、マッドが
 サンダウンから逃げる事などないと信じ切っている。
  暴走する馬の上では、むろん、逃げようはない。
  しかしそれ以上に、サンダウンはマッドがサンダウンから眼を逸らさないと信じ切っている。

  その信頼を、マッドが裏切れるはずがなかった。