「あんた、自分が茶色の総代表かなんかだと勘違いしてるんじゃねぇのか。」

  茶色い物体に凭れかけて、黒い賞金稼ぎはそう言い放った。
  黒い賞金稼ぎにそう言い放たれたのは、勿論、茶色い賞金首サンダウン・キッドであった。





  The Brown-Color League





  サンダウン・キッドは、賞金稼ぎマッド・ドッグのお気に入りの塒である小さな小屋の中で、見
 た目はしおらしく――冷静に言いかえればいじけた様に床に座り込んでいた。
  座り込んだサンダウンの茶色い今にも崩れ落ちそうな古びた帽子のてっぺんを見下ろしているマ
 ッドは、優雅に脚を組んで、広いソファに腰掛けている。そのソファにのっぺりと横たわっている
 茶色いクッションに凭れて、マッドは小汚い茶色のおっさんを見下ろしているのだ。
  真実を言うならば、サンダウンは中身はさほど茶色くはない。マッドに比べれば肌やらは茶色い
 が、実際は金髪碧眼という、どう考えても本来は茶色という文字からは離れた場所にいる色合いを
 持っているはずだ。
  ただ、この男が長年愛用している帽子やらポンチョやらブーツやらグローブやらが、愛用してい
 るが故の古さから、茶色に変貌してしまっているのだ。しかも、古い所為で小汚い。
  その為、如何に中身が茶色くなくとも、外皮が茶色い為に、サンダウンには茶色いという形容詞
 がぴったりと当てはまるのだった。
  といっても、茶色い事が周知の事実となっているおっさんに、今更わざわざ茶色い事を伝える必
 要はなかった。
  ただ、マッドとしては、このおっさんがまるで茶色いものの代表であるかのように振る舞ってい
 るのを、戒めておく必要があったのだ。
  サンダウンは確かに茶色い。
  だが、それは小汚い茶色であって、この世の全てに存在する茶色の代表にはなり得ないのだ、と。
  マッドとて、わざわざそんな事を言いたくはない。
  何故、賞金首であるおっさんに、賞金稼ぎである自分が、茶色い事についての話をしなくてはな
 らないのか。
  ただ、妙なところで人の話を曲解する癖のある男が、茶色い茶色いと言われ続けた事により、自
 分を茶色の代表であると思い込む可能性は、決して高くはないとはいえ、有り得ないとも言いきれ
 なかった。
  そもそも、サンダウンに茶色の代表みたいな顔をされて困るのは、恐らくこの世にいる全人類全
 てであろうが、その中で一番被害を蒙るのは自分であるに違いなかった。
  なので、マッドはサンダウンに早めにその事を気づかせておく必要があったのだ。
  尚、本日のマッドはいつもの黒いジャケットだが、中のベストはサンダウンが何かを勘違いしそ
 うな、胡桃色と弁柄色のチェック模様だった。
  ただ、最初の段階で誤解を解いておくならば、マッドは別に、サンダウンが勘違いしそうな色の
 ベストを着ていた事により、サンダウンに襲われたとか、そういう事実は発生していない。大体、
 ジャケットの中に着込んでいるベストの色を、サンダウンがマッドがジャケットを脱ぐよりも先に
 気が付いたのか、甚だ疑問である。
  別に茶色という色に、特別に敏感に気づく事のないおっさんに、マッドがわざわざ茶色について
 言及したのは、サンダウンがどうも眼に見えて分かる茶色に対して親近感を持っているように見え
 たからだ。
  そういえば、この男の馬も茶色だった、と思い、やはり茶色に親近感を抱くのではないか、と疑
 念を持つ。
  それに、とマッドは、自分が持たれている茶色い物体を、ぽむぽむと叩いた。

   「あれだろ、あんた茶色いものは全部自分の仲間だと思ってるんだろ。」

  マッドがさっきから背凭れにしている茶色い物体――それはソファを全面的にのっぺりと占領し
 ている。全体的にまるっこいが、先端はますますまるっこく、しかし反対側の先端は先細りしてい
 る。そして、見間違いがなければ、ずんぐりとくびれのないその身体には、小さい手足らしきもの
 がついていた。
  あと、まるっこい先端には、円らな黒い粒が二つ。
  トカゲである。
  たぶん。
  妙にまるっこいトカゲのぬいぐるみである。
  マッドはクッションと主張しているが。
  マッドが肌触りを気に入り、当初は枕として使用されるのみのはずであったトカゲ型クッション
 は、いつの間にやら数を増やし、遂には現在マッドの背凭れとなっている大型のものまで小屋を占
 拠し始めた。
  その様子に、何故か茶色とは関係のないマッドの愛馬であるディオが、何やら悶絶していたが、
 ディオは元々人間だった時代がある所為か奇妙な行動をとる事が多いので、マッドは特に気にして
 いない。
  そんな事よりも、理想の柔らかさと肌触りを持ったクッションのほうが、マッドにとっては重要
 である。
  ふかふかのクッション――しかし他人の目から見ればただのトカゲのぬいぐるみ――を気に入っ
 て、もふもふとそれらに埋もれているマッドを、サンダウンが微妙な眼で見ても仕方のない事では
 ある。
  普段は気障な賞金稼ぎが、似つかわしくない寸胴のトカゲのぬいぐるみ――マッドはクッション
 と言い張っている――に抱きついているのだ。眼に留まらないほうがおかしい。
  そして、そんな賞金稼ぎが抱きついている物体を気にしないほうがおかしいのだ。
  もともと、マッドには少しばかり含むところのあるサンダウンである。マッドが胡桃色と弁柄色
 のベストを着ている事にも、少しばかり言いたい事はあったが、物言いたげなサンダウンを放置し
 てマッドはさっさと風呂に入ったりしてしまったので、サンダウンはマッドがぱっと見茶色い服を
 着ている事について、言及する事ができなかった。
  仕方なく、マッドの事は後にしておいて、マッドが妙に気に入っているトカゲのぬいぐるみ――
 マッドはクッションと言い張っている――から、まずは調べる事にしたのだ。
  自分と同じ茶色であるにも関わらず、マッドの傍で、しかも増殖する事を許されているトカゲ。
  別にサンダウンは増殖したりするつもりはないし、マッドが聞けば茶色は茶色でもサンダウンは
 小汚い茶色なのだが、そこはどうでも良い。
  とにかく、サンダウンはマッドの枕になっているトカゲが気になっている。
  一体、マッドはそんなトカゲの何が良いのか。
  マッドが肌触りだとか、抱き心地だとか、弾力性だとか、色々言っていた事についてサンダウン
 は無視する。もしかしたら、同じ茶色なのに自分とどこが違うのか、くらいは思っているのかもし
 れない。
  マッドがいない間に、のっぺりとソファに転がっているトカゲに近づき、その頭を、ぽむぽむと
 叩いたり、その肌をむにむにと押したりしていたのだ。
  そして、その光景を、風呂上がりのマッドに見られたのだ。
  そして今に至っている。

 「言っとくけどな、こいつらとあんたは茶色の中でも雲泥の差があるんだから、そこんとこを忘れ
  んじゃねぇぞ。」

  茶色のトカゲにちょっかいを掛けているサンダウンは、マッドの眼から見れば、茶色仲間のいざ
 こざにしか見えなかった。
  しかし、マッドにしてみれば、自分が購入したお気に入りのクッションと、薄汚れたおっさんが
 同列であるとは思いたくもない。同列の茶色であるわけがない。

 「大体、あんたは茶色同盟の中でも末席じゃねぇのか。ただの薄汚れた茶色のくせして。それとも
  年季が違うとでも言うつもりか。」

    ここではっきりと言っておくならば、サンダウンは別に茶色同盟なんてものには加盟していない。
 それはトカゲのほうも同じであろう。サンダウンはただ、マッドの抱き枕になっていたりするトカ
 ゲが気になっていただけである。むろん、同じ茶色なのに、自分との扱いの差がある事も、気にな
 らなくはない。
  しかし、サンダウンにとっての本題は、マッドがトカゲに懐いている事である。あろう事か、マ
 ッドのベッドまで占領しているトカゲに、物を思わぬはずがなかった。
  茶色としてのプライド……ではなく、男としてのプライドである。
  が、そんなどうでも良いプライドなど、マッドにとっては溝にでも捨ててしまえば良いプライド
 である。つまり、マッドがサンダウンの思惑に気づくはずもない。
  気づかないまま、マッドはトカゲに頬ずりしながら、そろそろベッドに連れて行こうかな、とか
 呟いているのだった。