腕の中にある身体の線を、確かめるようになぞる。
  細い身体は、しかし華奢というにはすっきりと綺麗に筋肉がついており、抱き寄せた肩も女とは
 比べ物にはならないほど広い。
  だが、サンダウンや、それ以外の荒野に住まう荒くれた男達と比べれば、その身体は圧倒的に繊
 細だ。首筋は日に焼ければ焦げてしまうのではないかと思うほど白く、指先など少しでも力を込め
 れば、そのままぽっきりと折れてしまいそうだ。
  それでも、この細い指が鮮やかに銃を扱うのをサンダウンは知っているし、そしてその指の持ち
 主が、西部屈指の賞金稼ぎである事も知っている。今はまだサンダウンには追いつけないが、いつ
 か喉元に喰らいつくであろう事も。
  そんな、自分の命をいつか奪っていくであろう男は、だが同時に誰よりも熱く爆ぜるような熱を
 持っている。誰にも等しく平等に、世を捨てたはずのサンダウンにさえ熱を零していく身体を抱き
 こんで、サンダウンはようやく人間の世界に戻って来る事が出来る。




 
  Love Bite





 「どうしたよ?」

  サンダウンの腕に抱きこまれたまま、マッドはもぞもぞと顔を上げて問う。度重なる逢瀬――と
 いってもマッドが悉く撃ち負かされている決闘なのだが――の内で、幾度目かのある夜、唐突にサ
 ンダウンがマッドを腕の中に引き寄せた。
  いきなり厚い胸板と腕の中に閉じ込められたマッドは、当然の如く、暴れた。
  荒野には、女の数が少ないせいか、そういった趣向を持つ者が多い。賞金稼ぎが捕えた賞金首で
 欲を満たす事もあれば、その逆、賞金首が返り討ちにした賞金稼ぎをボロボロになるまで犯す事も
 ある。
  そして、残念ながら、どういう因果か荒くれ者の集まる賞金稼ぎの中で、ひたすらに優男風の容
 貌を持ってしまったマッドも、そういった眼線で見られる事が多々ある。
  ただ、幸いにして西部一の賞金稼ぎの座にいるマッドは、そうした眼を向けてくる連中を悉く返
 り討ちにしてきた。しかし、怖いものなしのマッドが唯一敵わない相手――何度決闘を仕掛けても、
 軽くいなされてしまう――が、それを求めてきたら、マッドには成す術もない。
  それでも無駄な抵抗と知りつつ、必死に暴れた。だがそれらは、結局、全部押さえ込まれてしま
 った。
  あんまりにも呆気なく抵抗を封じられて、マッドは呆然とする。確かに体格差はあるが、それに
 してももう少し時間が掛かっても良いはずなのに。五分と持たずにサンダウンの腕の中に大人しく
 収まる事を余儀なくされ、マッドはこれから自分の身に起こる事を覚悟せざるを得ない事を理解し
 た。
  自分がそういう眼で見られる身体をしている事は知っていたが、よもや本当に、男に組み敷かれ
 る日が来るとは思わなかった。しかも相手が、よりによってサンダウン・キッドだなんて。いや、
 確かにマッドの実力を考えれば、サンダウンくらいしかマッドを組み敷ける人間はいないのだけれ
 ど。
  これからどんな顔して決闘を申し込みに行けばいいんだ、というかこのおっさんいつから自分を
 そんな眼で見ていたんだ。
  そんなどうでも良い事ばかりが頭の中を回転する中、マッドは最後の抵抗と言わんばかりに辛う
 じて動く首をぐりぐりと動かして拒絶を意を示す。うりうりとサンダウンの胸板の上で首を動かし
 ている様子は、サンダウンの胸に顔を押し当てているだけのようでもあったが。
  その、無意味に動いているマッドの後頭部に、サンダウンのかさついた手が柔らかく差し込まれ
 る。ゆっくりと撫で上げる仕草は子供を宥めるようだった。ただし、それと同時に告げられた言葉
 は、マッドを宥めるには程遠い。

 「マッド………大人しくしろ。」
 「大人しく出来る状況かよ!」

  男に犯されそうになっている時に、大人しく出来る男がいたらお目に掛かりたい。威嚇する獣の
 ようにサンダウンの胸から顔を上げて睨みつけると、何かを堪えたような――冷たい氷でも飲み干
 したのか凍えを堪えるような――青い双眸とぶつかった。

 「………マッド、すまない。」
 「謝るくらいなら、さっさと放せよ………って、おい!」
 「頼む、もう少しだけ………。」

  言うなり、先程とは比べ物にならないくらい強い力で抱きこまれ、マッドは一瞬息を詰める。痛
 みはないが、息苦しい。
  どうにかうぞうぞと首を動かし、空気を確保してから自分を抱え込んでいる男の金髪を視界の隅
 で捉える。

 「おい、なんなんだよ、一体。」

  抱き締めるだけで一向に動かない男に、どうして良いのか分からず問い掛けると、抱き締める腕
 に力が籠っただけだった。
  何もしてこない男に少し余裕が出てきて、マッドは動かない身体の代わりに口を動かし始める。

 「ああ、あれか、人肌恋しいって奴か。でもな、悪いが俺は女じゃねぇんだよ。あんただって、男
  の硬い身体より、女の柔らかい胸が良いだろ?」
 「………無理、だ。」
 「ああ?」
 「お前でなければ、無理、だ………。」
 「はあ?って、ちょっと………!」

  よりいっそう引き寄せられ、もはや風さえも通り抜けられないくらい身体が密着する。互いの心
 音が聞こえるほど。 

 「マッド…………。」
 「てめぇ、いい加減に………!」
 「寒い………。」

  微かに引き攣れたような色がする声と共に聞いた心音は、この男からは考えられないほど早い。

 「おい………?」

  不審に思って、マッドが己の身体を囲うサンダウンの腕の隙間から、両腕を伸ばしてサンダウン
 のシャツに触れると、そこははっきりと震えていた。ぎょっとして身を捩れば、サンダウンは逃が
 すまいとするかのように、マッドを押え込む。その拍子に、マッドの米神にサンダウンの唇が触れ、
 それが冷たくてマッドは更に身体を固くした。
  男の身体は、吐く息さえ冷たい。

 「どうしたんだよ、あんた、どっか悪いんじゃねぇのか。」
 「……………。」

  答えはなかった。
  代わりに、身体が宙に浮かんだような感じがした瞬間、背中に荒野の乾いた土が当たっていた。
  だが、視界には相変わらずサンダウンしか見えない。押し倒されたのだ。

 「っ………止めろ!」
 「マッド。」

  暴れようとした瞬間、冷えた唇で懇願の声が成された。マッドの米神から離れようとしない吐息
 にも小さく震えが混じっている。それが、マッドの身体から抵抗を奪う。

 「頼むから、」

  どうか、夜が明けるまで。

  いつもは乾いた風のような男の声が、冷たく、けれども焦がれるようにマッドを求める。そして
 マッドを身体で押え込み、逃れる事が出来ないように肩と腰に腕を回す。それっきり動かなくなっ
 た男は岩のようで、冷たい吐息だけが男が生きている事を示している。
  サンダウンの身体の下で、マッドはまんじりとする事も出来なかったのは、組み敷かれている事
 に対しての危機感からではなく、男があまりにも頼りなく震えている所為だ。
  思わず、その身体に腕を回すと、少しだけ吐息に熱が戻ってきたような気がした。震える身体も
 少し治まったようだ。

 「マッド。」

  幾分、落ち着いた声で名前を呼ばれた。だが、米神に当たる唇は離れない。感触がくすぐったく
 なって身を捩れば、すぐに抱き締められる。

 「なあ、俺に夜が明けるまでこうしていろってか?」
 「…………。」

  沈黙は肯定を示す。
  そして、しばらく沈黙を流した後、男はもう一度同じ言葉を繰り返した。

 「頼むから。」
 「頼むって、言われてもな………。」

  ぎゅう、としがみつく男自身が、頼むとかそれ以前に離れてくれそうにない。そしてマッドも、
 この男をこんなところで放りだせるはずがない。

 「しょうがねぇなあ。」

  そう呟いて、マッドはサンダウンの身体に腕を回した。