Between the Sheets




  ベッドに埋もれたマッドの世話を、サンダウンが甲斐甲斐しくしている。それは本当に珍しい、
 というか、初めて見る光景だった。
  うつらうつらしながらも、サンダウンの茶色い影が部屋の中を行き来するのが分かる。時折、
 そっと額に触れるのは、熱を計っているのか、それとも額にある濡れタオルを交換する為なのか、
 そこまでは朦朧とした意識では分からなかった。
  しかし、サンダウンの起こす衣擦れが、微かに鼓膜を震わせるのを聞くたびに、何だか妙に不安
 になった。
  ついさっき、サンダウンが此処にいると宣言した当初は安堵した癖に、何事か。
  朦朧とした夢の中で不安を感じるマッドは、けれどもその不安の材料が何なのか分からないまま、
 そっとサンダウンに揺さぶられ、ゆるゆると眼を覚ます事になった。
  マッドの顔を覗きこむサンダウンは、マッドに熱があると分かった時よりも、厳しい表情を緩め
 ていたが、それでも微かに眉間に皺が寄っている。その表情が、申し訳なさそうな表情であると分
 かったのは、すまん、と声を掛けられてからだった。

 「食事が、」

  必要以上に喋らない男が、もっと喋らない。何故だろうか、と思ってから、この男も具合の悪い
 マッドという珍しいものに行き当たって戸惑っているのかもしれないと考えた。

 「食べられそうか?」

  そう言って差し出されたのは、お粥だった。一体何処から取り出したのかと思っていると、下の
 食堂で作って貰った、とぼそぼそとした回答が返ってきた。
  深皿から立ち上がる白い湯気からは、薄っすらと塩の匂いがして、少しだけマッドはお腹が空い
 たような気がした。サンダウンから深皿とスプーンを受け取り、少し皿の中をくるくると掻き混ぜ
 てから、ゆっくりと一匙口に運ぶ。
  その間、サンダウンはマッドの動きをじっと見ていたが、やがて思い出したかのように、コップ
 を差し出した。

 「水分も、取っておいた方が良い。」

  いつもはアルコールで満たされているコップには、今は透明な水が入っている。それを少し不思
 議な気分で見ていると、サンダウンが少し顔を顰めた。

 「酒は、駄目だ。」
 「何も言ってねぇ。」

  確かに、普段ならその中は酒で満たされているのにと思いはしたけれど、酒が飲みたいだなんて
 思ってない。
  そう考えれば、酒も無いのに、こうしてサンダウンと一緒にいる事自体が酷く不思議だ。硝煙の
 匂いも、アルコールの香りもないのに、こうして同じ空間にいるのは、まずないと言っていい。こ
 うやって長時間一緒にいられるのは、基本的には酒の力を借りないと駄目だ。
  思っていると、不意にアルコールと一緒に訪れる色合いを思い出してしまった。マッドの口を塞
 ぐ為の口付けから始まった、一連の流れ。熱い吐息を伴うそれを思い出したマッドは、赤くなった
 頬を熱の所為にして、はむ、とお粥を口に運ぶ。

 「熱くないか……?」
 「あんた、俺を子供扱いしてねぇか?」

  まだ湯気が勢い良く立ち昇っているお粥を、口に運んでいるとサンダウンが気遣わしげに聞いて
 きた。その台詞に、マッドはむっとしたように言い返す。だが、言い返したものの、以前同じ台詞
 を吐いて、それからとんでもない流れを生み出してしまった事を思い出し、それ以降は絶句してし
 まった。
  だが、そんなマッドに気付かないサンダウンは、ゆっくりと首を横に振る。

 「……いや、お前が食べられると言うのなら、問題ない。」

  そう言ってマッドから離れテーブルに着くと、サンダウンは椅子に座ったままマッドを眺める。
 その視線にどう反応すれば良いのか分からず、そわそわしながらもマッドはお粥を食べ終わった。

 「……食べたなら、寝ると良い。」

  マッドが最後の一滴まで食べ終わったのを確認すると、サンダウンはすぐにマッドの手から深皿
 を取り上げ、マッドの身体を横たえるように促す。勿論、最後にマッドの額に濡れタオルを置くの
 を忘れずに。
  マッドは、かちゃかちゃと音を立てながら食器を片づけるサンダウンをベッドの中から見つめ、
 これからこの男はどうするのだろうか、と思う。この状態でマッドは酒を飲む事なんてできない。
 それはサンダウン自身も止めたのだから、紛れもない事実だ。では、それなら、サンダウンはこの
 まま何処かに行ってしまうのだろうか。それは当然の事と言えば当然の事。大体、さっきまで甲斐
 甲斐しく世話を焼いていたのがおかしいのだ。
  そもそも、何故マッドの世話をこんなに焼いたのか。
  いくら一緒に酒を飲む仲と言っても、熱を出した賞金稼ぎの世話なんか、普通見るもんじゃない。
 それとも、これは、酒と一緒に訪れるあの酔いによって行われる事なのだろうか。けれども、それ
 ならばますますマッドは分からなくなる。
  サンダウンは、マッドを一体何だと思っているのか。
  単純な性欲処理の相手なのか、それとも同性愛者が向ける肉欲を伴う恋愛対象なのか、それとも。

 「マッド?」

  黙りこんだマッドに、寝たのか、とサンダウンが声を掛ける。けれども、マッドは眠ってなどい
 ない。眼を開いて、サンダウンの行動を眺めていたのだ。そして振り返ったサンダウンと眼があっ
 て、マッドは遂に口を開いてしまった。

 「あんた、俺を何だと思ってやがる。」
 「………マッド?」

  唐突なマッドの台詞に、サンダウンが眉を顰めた。それに構わず、マッドは言葉を続ける。

 「こんなふうに俺と一緒にいて、おかしいと思われるとか、考えた事ねぇのか?」
 「……ひっついてきたのはお前だが。」

  確かにそうだ。一番最初に、サンダウンの周りをうろちょろしたのはマッドだ。野営してるとこ
 ろに酒を持ちこんで、勝手に座り込んで酒盛りを始めたのも、酒場に連れ込んだのもマッドが発端
 だ。
  けれども。

 「俺は、それ以上の事はしてねぇ。」

  口付けも、互いを慰め合う行為も、それらは全てサンダウンが仕掛けてきた事だ。マッドは振り
 解かなかった。だから、責任の一端はマッドにもあるのかもしれない。
  だが、だから、それを延々続けても良いというわけではない。

 「あんたは慣れてるから良いかもしれねぇけど、俺は、駄目だ。」

  ばれた時の事が怖い。
  別に、罪深いとかそんなのではない。罪深さで言えば、命を金に換算しているこの職種に就いた
 時点で地獄行きは決定だ。
  そんなのではなく、キリスト教信者の中の、教信者とも言える連中からの、あるいはフォビア達
 からの、迫害が怖い。自分に向かうそれではなく、この男への。
  勿論、そんなのはサンダウンにとっては脅威でも何でもないのかもしれないが、それを知らされ
 るマッドが駄目だ。
  そんなマッドの台詞に、サンダウンはますます眉を顰める。

 「私が、慣れている……?」

    何故、と言い掛けたサンダウンの口が、歪に固まり、やがて戸惑ったように呟く。

 「……お前、私が他の男とも、お前にしてきたような事をしていると思っているのか?」

  その言葉に黙っていると、サンダウンは、そうなんだな、と溜め息混じりに吐いた。そして、ゆ
 っくりと頭を振ると、マッドの顔を覗きこむ。

 「違う……マッド、そんな事はしていない。」
 「じゃあなんで俺にだけ、そんな事するんだよ。」
 「……分からないのか?」

  サンダウンは片眉を上げ、毛布に包まっているマッドの頬を撫でる。

 「ゲイなんじゃねぇのか……?」
 「違うと言っているだろう。いや……そうなのか?」
 「ほら見ろ、そうなんじゃねぇか!」
 「……だからそうじゃないと言っているだろう。」

  病床で叫ぼうとするマッドを押し留め、サンダウンは囁く。

 「……ゲイだからお前に触りたいんじゃない。お前に触りたいからゲイなのかもしれない。そう、
  言っている。」

  お前以外の男には触りたいだなんて思わない。
  耳元に口付けと共に落とされた声音は、やたらと甘い響きを持っていた。その言葉にマッドが眼
 を丸くしている間に、サンダウンはマッドの身体の上に乗りかかり、マッドの顔中に口付けを落と
 していく。

 「キッド!」

  男の行動にマッドは慌てて抗議の意味も込めて名前を呼ぶが、サンダウンはマッドをぎゅうと抱
 き締めると、叫ぶ唇を塞いでしまう。舌を舌で絡め取られて、呼吸さえも奪い尽くす勢いで貪られ
 たマッドは、熱の所為もあってあっと言う間に息を上げてしまった。

 「あ、はぁ……。」

  涙眼で声を零していると、サンダウンがマッドの米神に口付けを落とした。

 「マッド……。」

  低い声は、その声と一緒に指先でマッドの身体をなぞっていく。じんわりと生み出されていく痺
 れにマッドは身を捩った。けれども熱がある所為で身体は思うように動かず、サンダウンの腕の中
 でのたうつだけに終わった。

 「キッド……はなせ、よ……。」
 「駄目だ、マッド……。」

  マッドを組み敷いた男は、傍若無人にマッドの身体を弄りながら、けれども妙に苦しげな眼をし
 てマッドを見下ろす。

 「お前が、欲しいんだ。」

  もう待てない、と熱い手が触れた。