Night Fall




  まずい。
  賞金首を2、3人撃ち落とした辺りでマッドはそう思った。なんだか背筋に悪寒が走る。それな
 のに骨の中は熱い。喉を奥がうずうずと痛くて、瞼は今にも閉じてしまいそうなくらい思い。要す
 るに、なんだか熱っぽい。
  大きな狩りの真っ最中に、何度か身震いしたマッドは、ようやく狩りが終わって賞金首達を保安
 官に突き出して安堵の溜め息を吐いた。
  幸いにして、自分の体調不良は誰にも気付かれていないようだった。その証拠に、何人もの賞金
 稼ぎ仲間が、マッドを飲みに誘ってくる。だが今のマッドには馬鹿騒ぎをする元気はない。出来る
 事なら今すぐに、何処かの宿のベッドに飛びこんで眠ってしまいたかった。
  なので、彼らの誘いを適当にあしらって、ふらふらと適当な宿を探す。もしかしたら、医者に行
 ったほうが良いのかもしれないが、狩りが終わったばかりの些か興奮した状態で、そんな辛気臭い
 場所に行く気にはなれなかった。
  というか、誰にも逢いたくない。
  出来る事なら、傷を癒す獣のように、身を丸めてひっそりとしていたかった。何人にも自分の周
 りをうろついて欲しくなかった。同じように興奮を纏った賞金稼ぎ仲間にも、香水を染みつかせた
 娼婦にも、薬の匂いしかしない医者にも。
  一人で身を丸めたいのだ。
  そう思いながら、マッドはふらふらと宿に向かう。
  が、ふらつく身体とは裏腹に、神経は妙に正直に研ぎ澄まされていた。それはもはや脊髄反射と
 言えるもので、マッドの意志ではどうする事もできない。思わず振り返った後で後悔しても、もう
 遅いのだ。
  その気配に咄嗟に振り返った眼の先には、案の定――というよりも振り返ってからマッド自身も
 認識した――砂色の髪と青い眼が佇んでいる。あまりにも静かにそこにいるから、そのまま荒野に
 溶け込んでしまいそうではあったが、マッドの研ぎ澄まされた神経は誤魔化せない。勿論、マッド
 自身も。
  図らずとも、サンダウンを見つけてしまったマッドは、内心で舌打ちした。
  マッドは今日、体調が悪いのだ。こんな時にサンダウンを見つけたって、何も出来ない。決闘し
 たところで絶対に負けてしまうだろう。だから、マッドには有るまじき事なのだが、そのままサン
 ダウンから眼を逸らし、見なかった事にしようかと考えた。
  だが、マッドが視線を逸らすよりも先に、サンダウンがマッドに気付いた。青い眼がマッドの姿
 を捉えた事には、マッドだってすぐに分かる。ひっそりと、荒野の空のような眼でサンダウンはマ
 ッドをの姿を捉えている。
  しかし、普通なら此処でサンダウンもマッドを視線から外すはずだ。サンダウンは賞金首で、マ
 ッドはサンダウンを追う賞金稼ぎなのだ。サンダウンにしてみれば、マッドに拘わる必要もない。
  確かに、最近はマッドはサンダウンの周りをうろちょろして、一緒に一つの部屋に閉じこもって
 酒を飲む事も多くなった。サンダウンがマッドの為に酒を用意する事だって珍しくない。サンダウ
 ンが、低い声で、この酒はどこそこの、と短く説明するのをマッドは何度も聞いた。わざわざ説明
 なんかする必要もないのに説明するのは、やはりマッドがそこにいるからだろう。
  それに、厄介な事に、この飲みに性的な色合いも付随してくるようになった。相手のものを擦っ
 て処理するだけのものだが、賞金首と賞金稼ぎが行うには――ましてや相手はサンダウンだ――些
 か馬鹿話では済まされない部分がある――だからマッドは、サンダウンがゲイなんじゃないかと思
 っているのだが。 
  しかし、後半の性的な話はサンダウンからであるが、前半の事の発端部分はマッドによって齎さ
 れるものだ。つまり、マッドがサンダウンの周りをうろちょろしなければ、酒盛りも性的な話も何
 もない。この点に関しては、サンダウンから動きだす事は今までなかった。
  だから、マッドがこのままサンダウンを無視しておけば、サンダウンはそのまま立ち去ってしま
 うはずだった。
  が、こういった時に限って、普段通りに事は運ばないものである。
  或いは、サンダウンもマッドの様子がおかしい事に気付いたのか――それでも放っておくのが普
 通だとは思うが。
  サンダウンは事もあろう事か、マッドに気付くや、のそのそとマッドに近付いてきたのだ。
  それを見たマッドは、慌てて踵を返して逃げ出すが、何故かサンダウンは追いかけてくる。しか
 も、のそのそ追いかけてくる男は、マッドよりも足が速い。あわあわと熱に浮かされながら逃げる
 マッドは、すぐにサンダウンに追いつかれ、そのまま捕まえられてしまった。

 「放せ馬鹿何すんだ!」

  サンダウンに肩を掴まれて引き寄せられたマッドは、賞金首に捕まえられた賞金稼ぎとして、至
 極真っ当な台詞を吐く。
  が、サンダウンはマッドのそんな言葉には怯みもせず、マッドの赤い顔をまじまじと見ると、ひ
 たり、とその大きな手をマッドの額に置いた。思いのほかひんやりとしていたそれは気持ち良くて、
 マッドは思わず眼を閉じてしまいそうになる。
  しかし、マッドの額に触れたサンダウンはといえば、その顔をみるみるうちに険しくさせていっ
 た。

 「……マッド。熱がある。」
 「……んな事は、分かってんだよ。」

  あるだろうな、とはマッドだって思っていた。だってこんなに身体が熱っぽい。
  しかし、マッドの台詞にサンダウンはますます表情を厳しくさせる。

 「分かってるなら、何故こんな所をうろついている。すぐに休むべきだ。」
 「だから、今からそうしようとしてたんだ。」
 「ならば、すぐにそうしろ。」

  サンダウンはいきなりマッドの手を掴むと、そのままずんずんと道を歩き、一軒の安宿にマッド
 を放り込んだ。熱でぼうっとしたマッドの代わりに、てきぱきと宿をとると、マッドを小さいが清
 潔そうな部屋に押し込んだ。
  押し込まれてからマッドは気がついた。その宿が、安いながらも、それなりに小奇麗な様相を保
 っている事に。普段、酒盛りをするようなヤニの染み込んだような宿ではなかった。そんな事をぼ
 んやりと思っているマッドを、サンダウンはベッドに入るように指示する。

 「……酷い熱だ。」

  もう一度マッドの額に手を当て、サンダウンはそう呟くと、手の代わりに濡れた布をそっと額に
 置いた。

 「そんな事……。」

  しなくて良い、とマッドは言おうとしたが、それさえも億劫になった。それほど、マッドはしん
 どかったのだ。けだる気に言われるままにベッドに潜り込むと、途端に再び起き上がるのは無理な
 んじゃないかと思われるくらい、身体が重くなった。

 「医者には、」
 「行ってねぇ……。」
 「………。」

  マッドの答えに、サンダウンが小さく溜め息を吐くのが聞こえた。それにむっとしていると、サ
 ンダウンが顔を覗きこんできた。

 「………今日は、もう、大人しくしていろ。」

  何でお前なんかに指図されなきゃならねぇんだ。
  普段なら、悪態の一つや二つ言えただろうが、流石に今日のマッドは具合が悪い。口を閉ざして、
 ベッドの中で丸くなる。
  それを見下ろしたサンダウンは、マッドの髪を掬いながら囁いた。

 「後で、何か食べられるものを持って来てやろう。それまでは、寝ておけ。」

  明らかに、賞金首が賞金稼ぎに言う台詞ではなかった。
  けれど、それを指摘するほどの元気はマッドには無い。むしろ、低く染みわたるサンダウンの声
 が、他の娼婦や賞金稼ぎ仲間や医者の声よりも、ずっとマッドの中にすとんと静かに入り込んでい
 くのが、とても心地良かった。それが、何故なのかは分からないが。
  戸惑ったようにサンダウンを毛布の隙間から見上げれば、此処にいるから、とどうにも見当違い
 な言葉を返された。
  だが、その言葉に妙に安心した。