Texas Rose




 「やめろよ。」

  ふにふにと口付けを仕掛けてくる男を、マッドは押し留める。
  宿で一緒に酒を飲むようになってはや一ヶ月。その間にサンダウンとマッドの遣り取りは、微妙
 に変化してしまった。
  良い感じで酔いが回ってきたあたりで、サンダウンが何を思ってかマッドに口付けを仕掛けるよ
 うになったのだ。酔いと一緒にぺらぺらと舌の回転数も上がったマッドは、下手をしたら絡み酒と
 しか思えないのかもしれない。それを黙らせる為にそういう事をしたのかもしれない。実際、最初
 に口付けられた時、マッドは子供扱いだのなんだの言いながら、結構鬱陶しくサンダウンに絡んだ。
  ただ、それにしたって口付けなんて行動に出る必要はない。もしかしたら、これはマッドとの時
 間が嫌になって、それでこういう行動に出てマッドにも不快感を与える事で遠ざけようとしている
 のではないかとも思った。が、それでもやって来るマッドをサンダウンが鬱陶しがる素振りはやは
 りなかった。むしろ、徐々にサンダウンが選んでくる酒のレベルが上がっていっているような気が
 する。
  マッドとしても、サンダウンと酒を飲む時間を口付け一つの所為で蹴ってしまうつもりはない。
 そもそもマッドがサンダウンの周りをうろちょろとして、サンダウンとの酒宴にまで持ちこんだの
 は、サンダウンに自分の存在をアピールする為だ。いつもいつも飄々としている男に、自分は此処
 にいるのだと知らしめる為だった。
  だから、サンダウンと一緒に酒を飲むようになったのは、拍手喝采すべき事だったし、からかい
 かもしれないが、サンダウンがこうしてマッドに口付けるようになったのはマッドの存在を認めた
 からだろうから、それはそれでマッドの当初の目論見通りと言えた。
  だが、何が楽しいのか、マッドをからかう事がそんなに楽しいのか、サンダウンは本日、数える
 気にもなれないほどの口付けを仕掛けてくる。マッドが何か言おうとするたびに口付けるものだか
 ら、そんなに今日の時分はお喋りだろうかと考えたほどだ。
  別に、男同士の口付け、というのはそれほど珍しいものではない。確かに賞金首と賞金稼ぎがす
 るには些か親しみがあり過ぎる行為だが、荒くれものやティーンの馬鹿騒ぎの間にだったら、その
 場の盛り上がりによっては笑いと共になされる事も多々ある。マッドにはそんな経験はないが、賞
 金稼ぎ仲間が稀にそんな状況下に陥っているのを横目で眺めている事もあったので、別に男同士の
 口付け如きでぴよぴよ騒ぐつもりはない。むしろ、騒いでサンダウンに子供扱いされるのが、癪だ。
  しかし、問題は口付けの相手がこの男だという事だ。
  この男に限っては、馬鹿騒ぎのノリで、誰彼構わず口付けするなんて事態に陥る事など万が一に
 も有り得ないと思うのだ。それと同じくらいの確率で、マッドをからかっているという可能性も低
 いしサンダウン自身もからかってはいないと言っている。だが、サンダウンが馬鹿騒ぎのノリで口
 付けるのと、マッドをからかう為に口付けるのとでは、後者のほうがまだ考えられる。
  そして、その、恐らくからかいの口付けが再びマッドに繰り出されようとしているのを見て、マ
 ッドは身を捩ったわけだ。

 「男にして楽しいもんでもねえだろ。」
 「ひよこのようだな。」
 「ああん?」

  いきなり話が飛んで、マッドは怪訝な顔をする。そんなマッドの頭に武骨な手を置いて、サンダ
 ウンはマッドの黒髪に手を埋める。

 「ふわふわで短い毛が、ひよこのようだ。」

    子供扱いどころかひよこ扱いされたマッドは、一瞬で顔を真っ赤にして沸騰する。そして、ぴよ
 ぴよと盛大に吠えはじめた。

    「てめぇ!言うに事欠いてひよこだと!俺の何処がひよこだってんだ!」
 「髪。」
 「髪の色だとてめぇのほうがひよこに近いだろうが!」
 「私はお前ほど、ふわふわの毛はしていない。」

  もさもさの髪をした男はそう嘯いて、何事もなかったようにグラスに酒を注いでいる。しかしひ
 よこ呼ばわりされたマッドの気はすまない。更にぴよぴよと騒ごうとすると、今度こそサンダウン
 に口付けを仕掛けられてしまった。
  軽いリップノイズと共にマッドの唇から離れて、サンダウンは低く囁く。

 「……落ち着け。」
 「てめぇの所為……!」
 「マッド……。」

  再び叫ぼうとしたマッドを、サンダウンは再び口付けて食い止める。が、今度口付けを落とした
 場所は唇ではなかった。赤いタイがきつく締められた白い首筋に、サンダウンはひたりと吸いつい
 た。
  基本的に首筋は生物の中でも弱い部分の一つだ。弱い部分はそこを守る為に過敏になる。それは
 人間も同じ事。サンダウンもその事を知っているからそこに口付けたのだろうし、マッドもまた、
 サンダウンの思惑通りに口を閉ざした。ごくりと息を飲んで、一瞬退くつきそうになった身体を押
 え込む。

 「キッド!」

  サンダウンのかさついた唇は、余計にマッドの肌を削って、妙な感覚を生み出した。それが嫌で
 マッドはサンダウンに抗議の声を上げたのだが、サンダウンは離れない。マッドの抗議の声さえも
 途切れさせるつもりか。
  思わず震えそうになる身体を叱咤して、もう一度マッドは声を荒げようとした。が、それを阻ん
 だのはサンダウンの声だった。

 「……怖いのか?」
 「怖いわけねぇだろ!」

  咄嗟に強がりのような言葉を発してしまったのは、マッドの生来の気質の所為だ。ましてサンダ
 ウンにだけは怖がっているところなど死んでも見られたくはなかった。だが、その負けん気の強さ
 が今回ばかりは仇となった。
  サンダウンが小さく笑った気配がした。思った通りの反応だったのだろう。己の予想が当たった
 事に笑い、そしてマッドの言葉に対して容赦なく首筋に顔を埋める。

 「っ……おい!いい加減に!」
 「怖くないんだろう?」
 「そういう問題じゃねぇ……!」

  サンダウンのかさついた唇が首筋の上で動くたびに、皮膚の中に言葉に出来ない感覚が生み出さ
 れていく。それは漣となって消えていくのではなく、内に内にと溜まっていく。痺れのようなそれ
 に酔いの熱が混じり合って、マッドは本気で危機感を覚えた。
  そんなマッドを見て、ふむ、とサンダウンは頷いた。

 「確かに、それだけの問題ではなさそうだな……。」

  言うと、マッドの身体を引き寄せてその背後に回り、武骨な手をマッドの脚の間へと滑らせてい
 く。その意図に気付いたマッドはぎょっと身を強張らせたが、サンダウンは意に介せず、そっと布
 地の上からその形を確かめるようになぞり始める。そこは、先程の刺激の所為で、微かにだが芯を
 持ち始めていた。

 「キッド!笑えねぇ冗談はやめろ!」
 「……じゃあ、お前はどうするつもりだ?」

  この状態で。
  優しくなぞりながら問われて、マッドは微かに呼吸を上げる。なぞられればなぞられるほど、そ
 こに溜まった熱は増えていく。それを散らそうと首を横に振っていると、サンダウンの手がマッド
 の顎を捉えた。そして顔を覗きこまれて、マッドはその眼を睨みつける。

 「てめぇ……人をからかうのもいい加減にしろよ。」
 「からかっているつもりはない。お前も、このままだと辛いだろう。……お前が怖いのなら、止め
  るが。」
 「怖いわけじゃ……あぅ。」

  優しく擦り上げられて、声が上がってしまった。布越しの愛撫はじれったい。だから、思わず腰
 が揺れてしまう。
  抵抗してもあっさりと弾き返されてしまい、ベルトを外されて既に張りつめた自身を引き摺り出
 され、マッドは泣きそうになった。こんな姿を見られるなんて。
  ふるふると震えているマッドの様子に気付いたサンダウンは、マッドの身体を反転させて自分と
 向かい合わせになるようにすると、マッドの手を取り自分のほうへと引き寄せた。

 「……やられっぱなしが嫌だと言うなら、お前も私にしてくれ。」
 「何言って……。」
 「したくないならそれで良い。だが、私は止めない。」
 「なんで。」
 「……その状態のままだと、困るのはお前だろう?」

  そう言って包み込まれる。直に触れられた所為で、マッドは思わず仰け反った。やわやわと扱か
 れると、あっと言う間に立ち上がってしまった。

 「マッド。」

  声に促され、マッドはおずおずと手を伸ばし、サンダウンのものに触れる。そして、同じように
 ゆっくりと包み込むと、サンダウンもゆっくりと手を動かし始めた。
  込み上げる快感に抗いきれず、それでも声だけは上げないようにとマッドは歯を食いしばる。そ
 れを見たサンダウンはマッドの後頭部に空いたほうの手を回し、そっと自分の肩口に寄せた。マッ
 ドが微かに視線を動かせば、そこからはサンダウンの顔は見えず、どうやらサンダウンもマッドの
 顔は見えないようだ。それがサンダウンの配慮だったのかどうなのか、マッドには分からない。考
 えるより前に、馴染んだ、けれどもいつもよりもずっと的確な快感が込み上げてきたから、それ以
 上の思考は出来なかった。
  サンダウンがするように、マッドもサンダウンに快を与えようと手を動かす。同じ男だ。どうし
 て欲しいのかは良く分かるし、何よりもサンダウンの手も器用に動いているのだから、尚更どうす
 れば良いのかは分かる。
  だが、果たして思う通りに手が動いているのか、マッドには分からなかった。どう考えても、マ
 ッドのほうがより煽られているように思えるし、そうなると手先も危うい。一方でサンダウンは揺
 るぎもなくマッドに快感を与えていく。
  裏筋を引っ掻いて、先端をくるくるとなぞって、かと思えば袋を揉みしだかれる。卑猥な水音が
 耳朶を犯しているけれど、それはマッドだけから聞こえているように思える。

 「くぅ……っ!」

  高められていたところで、いきなり先端を抉られて、マッドの身体は大きく跳ね上がった。同時
 にぱたぱたと液を零す。耐え切れずにくぐもった声を零してしまった。ふるふると身体を震わせて、
 そして喘ぎながら脱力する。
  膝が崩れかけた身体をサンダウンが支え、その時になってようやく、マッドは自分の手も濡れて
 いる事に気がついた。