One Exciting Night




  あれ以降、サンダウンとマッドは宿で酒を飲む事が多くなった。
  勿論、今まで通り荒野でサンダウンの安酒と、マッドの高価な酒を交換するように飲む事はある
 けれど、町で出くわした時は酒場ではなく、安宿に酒を持ちこんで飲み明かすようになった。
  そちらのほうが、サンダウンもどうやら気が楽なようであったし、誰にも横やりを入れられる事
 のない安心感と言う意味では、確かに小さな酒場よりも遥かに大きかった為、マッドもそれを了承
 した。
  二人で酒を持ち寄って、一つの部屋で眠るまで飲み明かす。
  賞金首と賞金稼ぎが、と思われるかもしれない。実際にマッドも、どうしてこんな事になったの
 か分からない。最初は、サンダウンの周りをうろちょろとするだけだったのに。
  サンダウンが何も言わないから悪いんだ。
  マッドは、今の自分達の状況に対して、全ての責任をサンダウンに押し付ける。いや、マッドの
 主張は間違いではない。賞金首であるサンダウンが、賞金稼ぎであるマッドの好きなようにさせて
 いたのが悪いのだ。賞金首であるならば、そうでなくともマッドが散々自分の首を狙って決闘を申
 し込んでいる事くらい分かっているのだから、多少は警戒するなりなんなりして、マッドを寄せつ
 けなければ良いのだ。
  しかし実際のところ、サンダウンはマッドを寄せつけないどころか、マッドが寄りついても好き
 なようにさせている状態だ。挙句の果てには、マッドの言葉を真に受けたのかどうなのか、マッド
 に酒まで奢っている。そんな賞金首は一体どうなのか。
  が、当の賞金首本人は今現在の状況を特に苦に思っていないらしく、平然とした表情で酒を煽っ
 ている。賑やかしい酒場にいた時こそ、少しばかり居心地が悪そうにしていたようだったが、こう
 してマッドと二人きりで安宿の一室に閉じこもる事は、特に問題ないらしい。青い眼はいつもより
 凪いでいるから、おそらく気分も悪くないのだろう。
  背の高い男は、ぬっとした身長の所為もあるのか、マッドから見れば随分とのっそりと動く。銃
 はあれだけ早く撃てるのに、と思うほど、それ以外の面ではのそのそ動くのだ。そしてその、のっ
 そりとした動きで空になった杯にアルコールを注いでいく。自分の杯だけではなく、マッドの杯に
 も。
  その、随分と寛いだ様子に、侮られているのかそれとも信用されているのかと、何度となく繰り
 返してきた問いが頭の中を回り始める。
  他の連中にはこんな姿は見せていないだろうな、と思う。他の賞金稼ぎだったなら、きっと撃ち
 殺されるかしているだろう。それをされない事が名誉なのか汚点なのか、マッドには分からなくな
 りつつある。
  ただ、どうにも自明の理になりつつあるのが。

 「あんたさ、俺を子供扱いしてねぇ?」

  酔ってふらふらと顔をシーツに擦りつけるマッドの髪を、ゆっくりと撫でる武骨な手を思い出し、
 マッドは憮然として問うた。
  紛れもなく、サンダウンはマッドよりも年上だ。正確な年齢は分からないものの、何処をどう見
 てもマッドよりも年上で、むしろ一回りくらい上なんじゃないか、と思う。そう思えば、マッドを
 子供扱いする事も別におかしな話ではない。
  が、マッドにしてみれば、口を尖らせたいような事実である。
  マッドはあくまでも、今ではまだサンダウンに届かないものの、サンダウンとは同等の立場にあ
 ると考えている。同じ荒野で、同じ銃に生きるものとして、上下関係のない、あくまで同等に対し
 ている。
  にも拘わらず、サンダウンはマッドを子供扱いする。それはまだマッドがサンダウンより弱いか
 らかもしれないが、しかし頭を撫でられたりしてマッドが喜ぶはずがない。大体、賞金稼ぎが賞金
 首に子供扱いされたら、どう考えても馬鹿にされているとしか思わないだろう。
  しかし、サンダウンはマッドの言葉にきょとんとしたようだ。

 「お前を?」

  そんな事はしていない、と首を振るサンダウンの髪が、部屋の鈍い光を受けてちかちかと瞬いた。
 それを眼で追いかけながら、マッドが唇を尖らせる。

 「してるじゃねぇか。」
 「いつ?」
 「いっつもだよ。もしかして、決闘の時に俺を殺らねぇのだって、俺を子供だと思ってるからじゃ
  ねぇのか。」

  子供だと思って手加減してるんだろう。
  そう告げると、サンダウンはやはり首を横に振る。

    「私は、お前はまだ若いから、こんな所で人生を棒に振らなくても良いだろうと考えてるだけだ。」
 「同じじゃねぇか!やっぱり俺をガキ扱いしてんだろ!」
 
  アルコールの入ったマッドは、ぷかっと怒りを上昇させた。アルコールの所為か、発火点がいつ
 もよりも低い。
  しかし、ぷかぷかと怒るマッドの前で、サンダウンは平然とグラスを傾けている。そして空いた
 グラスに再びアルコールを満たしていく。その手をふと止めて、ぷくんと頬を膨らませている、何
 処からどう見ても子供扱いされてしまいそうな様子のマッドを眺めた。
  その青い眼は、何処までも冷静でマッドのような激しい感情の起伏はない。その様子が妙に大人
 びて――というかサンダウンはどう見ても大人なわけだが――いて、マッドは何だか悔しい。
  別に、マッドとて普段はこんなふうに感情の起伏が激しいわけではないのだ。確かに、他の賞金
 稼ぎ仲間と酒を飲んでいる時は馬鹿騒ぎをするものの、しかしいきなり激したりするわけではない
 し、こんなふうに絡む事だってない。
  ただ、サンダウンの前では、サンダウンが常に落ち着いている所為か、その感情が読めないから
 イラつくのか、マッドは頑是ない子供のように振舞ってしまう。マッドだって分かっているのだ。
 自分の態度が子供じみている事くらい。マッド自身が気付いているのなら、それをぶつけられてい
 るサンダウンは、もっとそう思っているだろう。
  そして、今もきっと、膨れている自分を見て、子供のようだと思っているに違いないのだ。

 「マッド、私はお前を子供扱いした覚えはない。」  「嘘吐けよ。」
 「本当だ。」

  ぷっくりと膨れているマッドを宥めるその声が、既に子供の機嫌を直そうとするそれではないか。
 そう思ってマッドが膨れたままで視線を少しばかり下げていると、サンダウンが視界の端で何かを
 考えるように首を傾げた。
  それをマッドが映像として捉えた後の風景は、まるでコマ送りのようだった。
  ぬっとサンダウンの手が伸びて、マッドの視界を遮った。かと思うとそれはマッドの後頭部に回
 っており、ぐいと引き寄せられる。それと同時にサンダウン本体もマッドに近付いてくる。そして
 先程サンダウンの手で遮られた視界は、今度はサンダウンの顔で覆われた。次の瞬間にはサンダウ
 ンの髭がマッドの頬や顎に当たっている。その隙間から、何だか柔らかい物がふにふにと動いてマ
 ッドの唇を覆った。

 「…………!」

  マッドは眼を閉じなかった。その必要もなかった。真っ青な眼が自分を覗きこんだその中に自分
 がいる事を確認した瞬間、何が起きたのかを瞬時に判断した。そうなればする事は一つだけだった。

 「なにしやがんだ!」

  そう怒鳴って、サンダウンを突き飛ばす。が、サンダウンは表情一つ変えていない。

 「……子供には、こんな事はしない。」
 「ああ?!」
 「お前こそ、これくらいで騒ぐほど子供でもないだろう。」
 「なっ!」

    そういう問題ではない。
  だが、サンダウンの言う通り、口付けの一つや二つで騒ぐ年齢でもないのも事実だ。
  ぐ、と言葉を飲みこんだマッドの前で、サンダウンは再び平然としてグラスを傾け始めた。その
 様子を絶句した状態で眺めていると、サンダウンが固まったままのマッドの気付き、少し瞠目する。

 「……まさか絶対にないとは思うが、初めてだったわけではないだろう?」
 「当り前だろうが!」

  名誉にかけて吠えると、サンダウンはそれなら良いだろうと嘯く。一体何が良いのか。やはりこ
 れも子供扱いの一環ではないのか。
  立て続けに吠えようとすると、再びサンダウンが近付いてきて、今度は頬に口付けられた。

 「てめぇ!一体さっきから何の真似だ!」
 「子供扱いして欲しいのなら、こちらだろうと思っただけだ。」
 「誰が子供扱いしろなんっつった!」

  段々とサンダウンが何をしたいのか分からなくなってきた。いや、分からないのはいつもの事だ
 が。そもそも口付けと子供扱いの間に一体何の関連があるというのか。関連付ける必要性もない。
  が、サンダウンは男に口付けしておいて、平然として杯を重ねていく。マッドの唸り声も、気に
 していないようだ。
  そんな姿に、また子供じみていると思われるかもしれないが、むっとして席を立つと、ようやく
 サンダウンが少し慌てたような表情を浮かべた。

 「マッド。」
 「なんだよ。」

  機嫌を損ねて今にも部屋から出て行こうとしている賞金稼ぎに対して、賞金首は引き止める素振
 りを見せる。

 「……怒るな。」
 「怒ってねぇ。」

  機嫌を取ろうとするには、サンダウンの言葉はあまりにも武骨だ。その事はサンダウンも分かっ
 ているのか、言葉はすぐに行動に置き換わる。要するに、マッドの腕を取り引き止める。賞金首が
 賞金稼ぎを引き止めるのもおかしな話だが。

 「からかったわけではない。」
 「んな事分かってる。あんた、人をからかうなんて事できねぇくらい朴念仁だもんな。」
 「それなら。」

  サンダウンの腕がマッドを再び椅子に座らせようと導く。サンダウンの腕の力は思いのほか強く、
 マッドは大人しく椅子に座らされる。
  しかし、からかったわけではないのなら、一体何だ。
  一瞬、何か得体の知れないものに思い至ったような気がしたが、マッドは差し出されたグラスを
 前にしてそれを忘れる事にした。