Night Cap




  その後も、何度かマッドはサンダウンを酒場に誘った。
  一番最初に訪れたような、大きくて派手で賑やかな酒場ではなく、ひっそりと路地裏に佇む、ど
 ちらかといえばうらぶれた、小さな酒場を選んだ。そのほうがお尋ね者であるサンダウンには良い
 だろうと思ったし、マッドとしてもサンダウンと二人で飲む時に、不要な横やりに気を取られたい
 とは思わなかったからだ。
  大きな酒場は、賑やかであると同時に、どうしたって騒ぎの原因となりやすい。そこに大型賞金
 首であるサンダウンとマッドがいれば、いつかは大きな火種となるだろう。サンダウンの性格から
 してそんな事を求めはしないだろうし、マッドとてサンダウンをいつかは撃ち抜くと言っていても、
 酒を飲んでいる時に他の人間の野次に囃し立てられるようにそれを遂行するのはご免だった。
  だから、一番最初の酒場での反省を踏まえ、あれは味気なかったと考えて、サンダウンが気を張
 る必要のなさそうな――と言っても、サンダウンがサンダウンである以上、本気で気を抜いてしま
 うという事はないだろう――酒場を選ぶようになったのだ。
  今にも崩れ落ちてしまいそうな小さな酒場は、しかしひっそりと言葉を交わすには適した場所だ。
 マッドも、一人で酒を飲みたい時はこういう酒場を選ぶ。元来寡黙なサンダウンなら、尚の事こう
 した場所を好むに違いない。
  そう思って、町で逢う度に、大きな酒場ではなくて大通りの裏側にあるような小さな酒場へとサ
 ンダウンを誘った。そして、マッドのその考えは間違ってはいない事を示すように、薄暗いオレン
 ジの光が小さく灯る酒場では、グラスの中で氷が動く音以外にも、ぽつりぽつりと小さな声が零れ
 るようになった。
  賑やかしいマッドとて、静かな空気を一気にぶち壊してしまうほど野暮ではない。グラスを傾け
 ながらマッドも一段と低い声で囁く。囁くのは、他愛のない事ばかりだ。何処かの町で起きた少し
 血腥い事件の話もするが、それに対してマッドが何らかの正義を振り翳して演説する必要もない。
 淡々とあった事だけを話せば、同じく正義を振り翳す気のないサンダウンが無言で頷く。
  そう言えば、とグラスを傾けながら、今夜も無言でマッドの言葉に頷いている男を見て、マッド
 は思う。
  確かに以前の賑やかな酒場よりも、サンダウンはずっとくつろいで見える。けれども、話をする
 のはいつもマッドだ。マッドが何かを口にして、それにサンダウンが頷く。サンダウンはあまり喋
 らないから気にもしなかったが。
  それに、とマッドは眉根を寄せた。その様子に気付いたサンダウンが、少し首を傾けてマッドの
 顔を覗きこんだのに対して、マッドは何でもないと首を横に振るが、少しだけ腹の中で蟠っだもの
 を思い出したのは事実だ。
  こうやって酒場で飲む時、勘定をするのはいつもサンダウンだ。
  最初に一緒に酒場で酒を飲んだ時、マッドはサンダウンにいつも自分が良い酒を持ってきている
 のだから、と言ったが、別に本気でそう言ったわけではない。だがそれを真に受けたわけではない
 だろうに、サンダウンは酒場で飲む時は必ずマッドの分も含めて勘定を払う。
  それに対して、儲けたとかそんな事を思えるほど、マッドの神経は図太くない。ましてサンダウ
 ンに奢られるなんて。貸し借りがどうとかそんな理由ではなくて、単純に何となくばつが悪い。だ
 が、マッドが先に支払おうとしても、サンダウンはもっと早く勘定を済ませてしまう。
  一度、借りが出来たなんて思うんじゃねぇぞ、と言うと、とても怪訝な顔をされたから、サンダ
 ウンも貸し借りを意識してやっているわけではなさそうだ。では、一体何のつもりでマッドの分ま
 で勘定を払ってしまうのか。まさか、先程は否定したが、本当にマッドがいつも良い酒を持ってく
 る事に対して後ろめたく思っていたとでも言うのだろうか。
  むっつりと黙りこんだマッドの隣で、サンダウンも黙ってグラスを空けている。
  マッドが黙れば、もはやそこには沈黙しかない。サンダウンに何かを喋れというのは酷な話だ。
 一年中放浪して、町に来る事など生活必需品を買い足すだけの男に、何か語るだけの事があるとも
 思えない。
  そう考えると、こうしてマッドと肩を並べて酒を飲んでいるのはサンダウンとしては、あまり有
 り難くない事なのではないだろうか。まして酒場で飲む場合は、勘定はサンダウン持ちなのだし。
 サンダウンは何も言わないけれど、よくよく考えれば迷惑な話だろう。

 「マッド。」

  むっつりと沈み込んで考えてしまった所為か、周りが見えなくなってしまっていたらしい。サン
 ダウンの声に我に返った。
  はっとして顔を上げれば、サンダウンが立ち上がっている。どうやら酒場から出るつもりのよう
 だ。今日はまだあんまり飲んでないぞ、と思ったが、マッドにはそんな事を言う権利はない。何せ
 サンダウンがすでに勘定を払ってしまっている。奢って貰う人間が酒の量をとやかく言うのは間違
 っている。
  飲み足りない思いと、色々と蟠った思いを抱え込んで、マッドもサンダウンに倣って立ち上がり、
 のそのそと酒場から出ていく。薄暗い酒場では、誰が出て行こうと誰も気にしないようだ。一瞬ち
 らりと周囲の視線が持ち上がるものの、それ以上の反応はない。それを幸いと思いつつ、マッドは
 酒場を出る。
  出るなり、サンダウンの長い身体にぶつかって行く先を阻まれた。

 「なっ……!」

  何で急に止まるんだ、と文句を言いそうになったマッドに、ぬっとサンダウンが顔を近付けてき
 た。間近に青い眼が瞬いたのを見て、マッドは出かかった言葉を詰まらせる。

 「………あまり、飲んでいなかったな。」

  飲み足りないと思っているのを言い当てられたような気がして、マッドは言葉に詰まった。飲み
 足りないのは事実だったが、それはサンダウンさっさと席を立ってしまった所為ではなく、単にマ
 ッドのグラスを重ねるスピードが遅かっただけなのだ。
  具合が悪いのか、と問うてくる男に、賞金首が賞金稼ぎの心配してどうすると思ったが、とりあ
 えず忌々しげに呟いておく。

 「うるせぇな。俺は奢りってもんに慣れてないんだ。」

  途端に、サンダウンはきょとんとしたようだった。しかしそれは一瞬の事で、マッドの言葉を理
 解するや、その口元に誰にも気付かれないような笑みを浮かべた。

 「……お前が?」
 「ああ。俺みたいな腕の良い賞金稼ぎは、仲間内では奢るほうに回るんでね。」

  吐き捨てるように言ったが、これは本当だ。マッド程の賞金稼ぎともなれば、仲間から奢られる
 事よりも奢る事のほうが多くなる。

 「だから、大人しかったのか……。」

  サンダウンの静かな声の中に、微かにだがおもしろがる色が浮かんでいる。それをどう捉えるべ
 きか、マッドは迷った。笑われているのだから気分を害せば良いのか、それとも珍しい男の変調に
 喜ぶべきなのか。
  マッドが悩んでいると、サンダウンが首を傾げて囁いた。

 「飲み直すか?」
 「……別の酒場で?今度は俺の奢りでってか?」
 「……宿に酒を持ちこめばいい。」

    互いで良い酒を持ち寄って。それならば奢りだのなんだの言う必要もないだろう。
  けれどもそれなら最初から、荒野にいる時にも良い酒を持っていれば良いだろうとも思うのだが、
 よくよく考えてみれば、サンダウンが良い酒を買ったとしても、それをマッドがやって来るまで残
 しておくのも妙な話だ。
  尤も、賞金首と賞金稼ぎが一緒に酒盛りする時点で妙な話なのだが。
  しかしそこに敢えて突っ込まず、マッドは唇を尖らせて、あんた今良い酒を持ってんのかよ、と
 サンダウンに問うた。