Cowboy




  マッド・ドッグは、賞金稼ぎである。向かうところ敵なしで、狙った獲物は逃さない、自他共に
 認める西部一の賞金稼ぎである。
  そんなマッド・ドッグが唯一逃し続けているのが、五千ドルという法外な値段を賞金として首に
 懸けられている賞金首サンダウン・キッドだった。
  マッドがどれだけ追いかけても寡黙に逃げ去り、何度決闘を申し込んでも、涼しい顔をしてマッ
 ドの銃を弾き飛ばして、これまた逃げ去っていく。それが何十回何百回と繰り返されているにも拘
 わらず、マッドはマッドで飽きもせず諦めもせず追い掛けており、サンダウンはサンダウンでマッ
 ドを撃ち抜こうとしない為、そろそろ二人の決闘は何千回目かを迎えようとしていた。
  しかし、何千回目かの決闘と、それを繋ぐ追いかけっこが続く間、サンダウンとマッドの関係が、
 賞金首と賞金稼ぎ以上のものに発展しなかったかと言えばそうではない。
  賑やかしいマッドにしてみれば、するすると砂が零れるように寡黙に逃げていくサンダウンは、
 単にすかしているようにしか見えない。元来、マッドは自分が中心にいないと気が済まない人間で
 ある。普段は、他の賞金稼ぎ仲間や娼婦の前では落ち着いてみせているものの――それにマッドが
 何か言わずとも彼らの中でマッドは中心であるため、マッドは何もする必要がないのだ――サンダ
 ウンの前では、皮肉な笑みを口元に吐いて、ゆったりと葉巻を燻らすなんて悠長な事はしていられ
 ない。そんな事をしていたら、逃げ足の速いサンダウンに逃げられてしまうのがオチだ。
  だからマッドは、親に構って貰おうとする子供の如く、サンダウンの前では声高に己の存在を主
 張し、サンダウンがマッドをその視界に捉えるまで、サンダウンの回りをうろちょろとうろつき回
 るのだ。
  その甲斐あってか、最近ではサンダウンはマッドが声高に主張する前にマッドを見るし、マッド
 を見ると立ち止まるようになった。
  けれどもマッドはそれだけでは満足しなかった。
  何せマッドの最終目標は、サンダウンを捕まえる事である。サンダウンがマッドを見て立ち止る
 だけでは駄目なのだ。サンダウンがマッドの前で立ち止まるのではなく、マッドの前で倒れなくて
 は。マッドを見て、逃げるのを諦めるようにならなくては駄目なのだ。
  なので、マッドはサンダウンの回りを以前にも増してちょろちょろするようになった。
  サンダウンの回りをちょろちょろして、隙あらばサンダウンの背後から飛び付いてみたりした。
 最初はそれを避けていたサンダウンだったが、最近では避けずにマッドの重みを受け止めるように
 なった。どうやら、マッドが背後から銃で狙う事はないと理解したようだ。勿論、マッドは端から
 サンダウンを背後から撃ち取ったり、大勢で押し掛けて数に物を言わせて撃ち取ったり、罠を仕掛
 けたりなんてするつもりは全くない。
  サンダウンが、マッドが決闘でサンダウンを撃ち取るつもりだという事を完全に理解した。
  が、だからと言って、マッドがサンダウンにちょっかいをかけるのを止めるわけではない。サン
 ダウンが野営している場所にわざわざ近寄って、そこでゴロゴロしてみたりと、どう考えても構っ
 て欲しい子供の素振りを見せる。
  それに対して、サンダウンが何か反応を見せるかといえば。
  何もしない。
  マッドに構うでもなければ、マッドがそこにいる事を咎めるわけでもない。マッドが傍でコロコ
 ロしていれば、マッドがしたいようにさせている。マッドが勝手に酒を漁っても、文句を言うでも
 なく、自分も飲むだけだ。
  そんなふうに、サンダウンが何も言わないのを良い事に、マッドがサンダウンの回りをちょろち
 ょろしている。
  けれども、サンダウンが何も言わない何もしないというのは、少々マッドにはつまらない。だが、
 サンダウンから何かをさせるというのは、なかなか難しい。
  そんな事を、サンダウンの横で寝そべりながら、酒瓶を傾けつつ、マッドは思った。サンダウン
 はといえば、焚き火の前に座って酒の満たされた杯を傾けている。古びた帽子を目深に被っている
 為、その表情は良く分からない。だが、恐らく無表情だろうと思う。マッドはサンダウンの表情が
 変化するのを見た事がない。マッドはサンダウンの前で表情を変化させる事は多くても、サンダウ
 ンはほとんど表情を変えないのだ。それはマッドの前だからなのか、他の人間の前でもそうなのか、
 マッドには分からない。

 「あんた、何飲んでんの?」

  瓶から口を離し、マッドはサンダウンが傾けるコップの中身を問う。マッドが飲んでいるのはマ
 ッドの持ち物であるアイリッシュ・ウィスキーだ。
  口から離した、まだ中身の残っている瓶をサンダウンに差し出すと、帽子とポンチョと髭の隙間
 から青い眼が覗いた。その眼がマッドの持っている瓶を捉えると、サンダウンは自分の持っている
 コップをマッドに差し出し、代わりにマッドの持つ瓶を受け取る。
  サンダウンからコップを受け取ると、マッドはすぐにそれを口に付けた。そして顔を顰める。コ
 ップの中に入っているのは、ウイスキーはウイスキーなのだが、マッドが飲んでいるもののように、
 何とは言い難い、何処かその辺で適当に作った安い物だ。味も薄い。

 「あんた、いっつも、なんてもん飲んでんだよ。」

  いくら放浪者と雖も、こんな酒ばかり飲んでいては舌もおかしくなるだろう。マッドがそう思っ
 てサンダウンを見上げれば、サンダウンは表情を隠してマッドのウィスキーを飲んでいる。その様
 子からは味に満足しているかどうかは分からないが、間違いなくサンダウンの酒よりも上物なのだ
 から、満足しているはずだ。

 「ほんと、良くこんなの飲んでるよなぁ。」

  ぶちぶちと垂れながらも、マッドはサンダウンの酒を飲み干す。
  飲み干しながら、マッドがこうして野営の回りをちょろちょろしても何も言わないのは、マッド
 の持っている酒を飲めるからかもしれない、と思う。もしもサンダウンが、マッドと同じような酒
 を買うようになれば、マッドがこうして野営周辺にいる事を許さないかもしれない。
  そう考えれば、サンダウンが飲んでいる酒は、こんな安酒で良いような気もする。
  コップの中の薄いアルコールを飲み干し、マッドはコップをサンダウンに返し毛布に潜り込む。

 「寝る。」
 「………ああ。」

  毛布に包まったマッドの耳に、サンダウンの応えが届いた。辺りが静かでなければ聞きとれない
 のではないかというくらい、低い、サンダウンの声は、久しぶりに聞いたような気がする。ほとん
 ど喋らないサンダウンの声は、一度の邂逅で聞ける事はあまりない。
  その声が聞けた事に、今日は満足しながら、マッドは身を丸くした。
  耳にサンダウンが酒を飲み干す音と、焚き火が爆ぜる音だけが聞こえ、それ以上サンダウンの声
 は聞こえなかった。