Side.Ol

 勇者だ、と叫ばれた。
 武道大会で勝ち抜き、優勝し、王女との結婚を約束されたあの日、民草全てから、勇者だ、と叫ば
れ、祝福された。
 勇者。
 その響きに、憧れを抱かない少年はいないだろう。
 人生の何処かで、その手に一度でも剣を携えたことがあるのなら、大人になってからも、心の片隅
に憧憬が残っていてもおかしくはない。
 だから、武闘大会の頂点に登りつめ、人々から勇者の称号を贈られた時、心底誇らしく思ったもの
だ。
 実際に、勇者らしいことは何一つとしていないにも関わらず。
 それについて疑問の余地を抱く暇もなく、民草からは賛辞を受け、勇者に成り上がった。だから、
自分が勇者であることに、まるで違和感を覚えなかった。
 未来の妻となる王女が、魔王に奪われ、それを奪還しに行く時、ようやく、自分に与えられた勇者
の称号の意味が分かったけれども、それだけだ。今まで空であった称号に、中身が満たされたのだと
気づくには、あまりにも勇者の名は彼の身体に染みついていた。
 そんな、張りぼてのような称号を振り翳していたからだろうか。
 勇者としての道程は、見るも無残にあっさりと折れた。
 魔王は斃した。犠牲も出た。けれども魔王は斃した。ただ、王女は何処にもいなかった。そして、
犠牲があった。
 その犠牲の最後の果てに、勇者の称号は剥奪された。
 いや、そもそもそんなもの始めからいなかったのだ。
 魔王と呼ばれる存在が、実は何処にもいなかったのと同様に、勇者という存在はこの国には存在し
ていなかった。剥奪された今なら分かる。武闘大会に優勝して、王女との結婚という栄誉に肖っただ
けで、勇者と呼ばれるなど、おこがましい。
 勇者など、最初からいなかった。
 そして、王殺しの嫌疑をかけられた若者は、一言、叫び声によって魔王に転じた。
 勇者と呼ばれた祝福は、魔王と言う呪詛へと変貌し、それは勇者という名前以上の速さで国中に知
れ渡った。
 その声が届かぬであろう、山の頂まで。






Side.Ak

 その人の死から数か月経った頃、何人かがぽつりぽつりと焼香に訪れた。
 彼の家族は何処にもおらず、遺骨を引き取りに来るものもいなかったから、孤児院たっての希望で、
孤児院でその遺骨と墓を管理することになった。
 自分達と、彼を知っていた町の人々が焼香にやって来るだけの遺影に、彼は天涯孤独であったのだ
と改めて感じた。そして、そうなるまで彼の事など何一つ知らなかったのだと思い知らされた。
 天涯孤独であったのも、何も知らされなかったのも、おそらくは彼の希望であり、彼はそれを死の
縁までやり遂げたのだろうけれども。しかし残されたこちらとしては、何も知らないという事実はか
なり心に柵のようなものを作り上げたのだ。
 やがて、葬式も終わり、自分達だけが遺影を見て、墓参りをするという日々が始まって、そうして
数か月。
 誰に聞いたのだろうか、彼が此処で死んだと聞いた人々が、ぽつぽつとやって来るようになった。
 彼らは一様に、昔世話になったものだと告げ、彼の遺影の前で唖然とし、時にはぽたぽたと涙を流
し、焼香を上げて帰っていった。
 一瞬ではなかった。
 しかし、彼の死の噂は、確かにじわりじわりと広がって、遠くの果てに届いた。
 一瞬で広がって、一瞬で消え去る人の噂とは違い、ただ、じりじりと侵食し、そして延々と誰かに
傷を残しているようだった。
 その傷は、深く。
 けれども生前の彼のことを知る上ではこの上なく重要で。
 だからこそ、新たな人がまたやって来るのではないかと、微かな希望が煌めく。






Side.Qb

 閉ざされた空間で、私の製作者が、傷ついている。
 宇宙空間の中でぽっかりと一つ開いた空隙――宇宙船の中には、既に死体ばかりが転がっており、
しかし逃げようにも一番生きるに適した場所は、宇宙船の中だけしかないという事実。
 どれだけ計算を繰り返したところで、この場に留まるのが最善だという答えしか導き出せない。
 危険度は高い。
 けれど、宇宙空間に飛び出すよりは、生存確率は高い。
 だが、私の中では警告が鳴り響いている。
 ここは危険だ、と。今すぐにでも、此処から逃げ出さなくてはならない、と。
 次々と増える死傷者の数、宇宙船内を徘徊する未知の生命体、隊員同士のトラブル、そしてもう一
つ、如何なるセンサでも補足できない何らかの脅威。
 前者三つは、まだシミュレーションにより、何らかの対策が出来る。
 だが、最後の一つは。
 まるで、分からない。
 どれだけ何にアクセスしようとも、如何なる脅威も見いだせない。そう考えると、やはり未知の脅
威など何処にもないのだという結論ばかりが最終的には下される。実際、思考ルーチンは、その他の
脅威を弾き出せずにいる。
 弾き出せないからこそ、まだ、この宇宙船の中は宇宙空間よりも安全だという話になっているのだ。
 だが。
 私の中で、思考ルーチンとは全く別の、何処にあるのか、何の系列なのかも分からない回路で、こ
こは危険だと警告が鳴り響いている。
 理論も何もない。如何なるセンサでも異常は感知できない。何も見つからない。
 なのに、私の知らない人工知能の回路で、激しく警告が点滅している。
 それは、この宇宙船が、宇宙空間と同じくらいに致死率が高いと、突きつけている。
 危険だ、危険だ、危険だ。
 計算によって出された何かではなく、ただ、私自身が壊れてしまったかのように、警告を訴えてい
た。














より
大きく鳴る
もの

何?