Side.Pg

 はらはらと落ちては降り積もる木の葉を見つめる。
 その色は、赤や橙、黄色と様々で、子供達の眼を楽しませているが、それは一時の悦楽でしかない
ことを、彼らは覚えていない。
 頭上高くを覆い隠すほどに広く伸び渡った巨大樹達の枝から落ちる木の葉は、大人達にしてみれば
覚悟の時代を示すものだ。いつの間にか葉の薄くなった枝の隙間からは、今までは覗かなかった青空
がちらちらと見えている。そして、見える空の色は、何処か色味が薄い。
 赤、橙、黄色。
 今はまだ、色づく木の葉が、次第に茶と灰に代わる時、子供達も思い出すだろう。艶やかに染め上
げられた葉が、実は死に装束に近しいものであったのだということに。
 積もった木の葉の上を、何かの小さな獣が走り回っている。彼らもまた、木々が死を迎えようとし
ていることに気づいている。頬をぱんぱんに膨らませた動物達は、素早く動きまわり、いつの間にか
何処かに消えていた。
 やがて、あの動物達も、姿を見せなくなるだろう。
 す、と、開いた枝の隙間から、白い輪が落ちてきた。今までも、光の輪が落ちることはあったが、
ここまで大きく落ちてくることはなかった。そして、大きいにも関わらず、光の輪の中は、いつもほ
ど温かくはない。
 東から昇り、西に沈む。それを必ず繰り返す、空の上に煌めく炎の塊でさえ、もうすぐその力が途
絶えてしまう。世界から光は萎み、夜の支配が長期化する。地面は硬化し、木々は何も生み出さない。
遠からず、世界は白に包まれる。
 あらゆる生命が恐れる時代がやってくる。
 冬。
 昏く、凍てついた日々。
 花は咲かず、明るい陽射しもない世界。
 手足が痩せ細るような、深く沈む季節が、確かに近づこうとしていた。





Side.Ob

 遠くで、幼い声で歌う、文字通り童歌が聞こえてきた。
 静かに沈む西日の中、心なしか笑みを浮かべながら、子供達の拙い歌を聞く。なんて、なんて穏や
かな時間。
 一つ、二つ、と子供達が歌に合わせて何かを数えている。
 それを壁を隔てた何処か遠くのほうで聞きながら、ああ、あれは影法師を数えているのだ、と心の
中で呟いた。
 影法師を数えて、おや一つ多い、だーれだ、と唄う、よくよく考えてみれば怪談とも言える歌なの
だが、子供達の無邪気さは紛れ込んだ深い闇には気がつかない。気が付かないまま、もしかしたら妙
なものと戯れているのかもしれない。
 自分が子供だった頃を懐かしみながら、けれども、とほほ笑む。
 気が付かないままであるなら、なんの問題もないのだ。子供達はそうやって大人になり、いつしか
忘れてしまう。それが正しい。
 一つ多い影に気が付かない。
 それで良い。
 そう、この西日でいっぱいに染められた部屋の中のことに、気が付かない。それが正しい。
 ゆるりと部屋の中に染み渡った赤を睥睨し、これを見るのはこの屋敷の女中か誰かだろうと見当を
つける。赤の中に倒れ伏した男は、ひくりとも動かない。それ以外の誰もが、忙しなく動いている。
今回は、この男だけを首尾よく西日で染め上げることができた。
 誰も、気づかなかった。
 日差しで眩しい廊下を渡る時、長く長く伸びた影法師を、誰も疑わなかった。一つ増えた影法師。
それは、女中がこの部屋を開くまで、誰も増えたと知らないだろう。いや、増えたことさえ気づかず、
ただ、悲鳴を上げるだけかもしれない。
 それが、良い。
 本当は、この男の影法師が本当に何処にもなければ一番良かったのだろうけれど、そうもいかない。
この男の影は、長く長く、世間様に知れ渡ってしまった。良くも悪くも、知れ渡ってしまっていたか
ら、突然消えることはできない。
 だから、仕方がない。誰にも気づかれないくらい長い影で、その影を覆いつくしてしまうだけ。
 大騒ぎになる。
 でも、やっぱり、とも思われるだろう。それだけのことを、この男の影は飲み込んできた。
 ひらり、と背を向けた瞬間、自分の影が男の頭上に降りかかったのが、ちらりと見えた。





Side.Sn

 全うな地平線など、この地にはないようだ。
 枯れ果てた荒野を見つめ、そう思う。
 だだっ広い荒野だが、しかし何かしらと凸凹としている。真の真っ平というものは、やはりここに
は存在しないようだ。けれども、どれだけあちこちに凹凸があったとしても、それらは余りにも無秩
序に並べ立てられていて、それを導にして何処かに向かうことは不可能だ。
 いや、以前ならば、その混沌とした中に何らかの道を見つけ、その先を進むことができただろう。
 けれども、今ではそれは不可能だ。
 己の眼からは、自分が行くべき方向を見定めるだけの力が失われてしまっている。
 虫は、輝く空の星を見て、己の行く末を定めるという。鳥は、風に乗って行く先を決めるという。
獣は、己や同朋の匂いで居場所を探るという。人は、言わずもがなだ。
 そして自分は、それら全ての力を失っている。眼だけではなく、何かを感じ取り、行く先々を決め
られぬようになっている。それでも辛うじて、なんとか歩み続けられているのは、自分ではなく、愛
馬の本能によるものだろう。獣である愛馬は、自分と同じように誰かを背に乗せている者を嗅ぎ取り、
そちらに向かう。
 自分には見えぬ道が、きっと愛馬には見えているのだろう。
 だが、やはりどれだけ目を凝らしても、見えるのは何もない、不毛の大地だけだ。これを一体、あ
とどれくらいの間、見続ければ良いのだろうか。
 命の半ばにして、辿るべきものを亡くした自分にとって、この先、命が費えるまでの時間は、ひら
すらに長い。何も持たず、何も生み出せぬのに、ただ茫洋と生き長らえるだけなのだ。
 だが、死のうにも、どうすれば良いのか分からない。
 というか、死にたいのか、生きていたいのかも分からない。
 誰かが、ふと、まるで海月のようだな、と言ったのを不意に思い出した。海月というのが一体どう
いうものなのか分からないが、己のようなものだというのなら、その生命にどれだけの意味があって、
生きているのだろうか。
 気にはなったが、それきり、その話はしてない。
 いっそ、この延々と乾いた砂地が続く大地から離れて、別の大地に行けば良いのだろうか。そうす
れば、別の生き様が見出せるだろうか。しかしそんな気は全くしないし、そして本能のままに正しい 
道を示す愛馬は、決して乾いた大地を離れようとしない。だからきっと、荒野で生き続けることが、
自分にとっては一番正しい最後なのだろう。
 決して、その果ては見えず、ただただ永遠に近い時間が流れているだけであったとしても。















長いものは
何?