同刻。
  マッドは自分の目の前に広がる、銃を持った子供達を見て、自分の予想が当たった事を知った。
  ランダルも含め、秘密裏に物事を進める事などできない連中だ。悉くが素人じみていて、同時に
 自分達こそはと目立ちたがりの意識に侵されている。
  だから、彼らが自分に向けて不満をぶちまける日が近い事など、マッドにはお見通しだった。
  所々で繰り広げられる名ばかりの作戦会議が見つからないと思ったのか。蜂起の声を声高に叫ぶ
 その声が聞こえないとでも思ったのか。
  だとすれば、彼らは西部一の賞金稼ぎを見縊りすぎている。
  マッドの情報網は広く、深い。マッド自身は興味がない事でも、その網には幾らでも引っ掛かっ
 てくる。どれだけランダルが西部に受け入れられたと言っても、長年それだけの関係を築き上げて
 きたマッドには叶わない。
  要するに、ランダルの情報をマッドに売る人間など、大勢いるのだ。
  こっそりと――しかし激しい雄叫びを上げて、己の勝利を確信してマッドのいる酒場に襲いかか
 ってきた無知な子供達は、嫣然と笑いながら自分達を迎え撃ったマッドに何と思っただろうか。
  銃を持った、しかもほとんど暴徒のように暴れる子供達を危険因子と見做さない者はいない。そ
 れに、実を言えば熱心に無血主義を叫ぶランダルを厭わしく思わぬ者がいないわけではなかった。
 ランダルの真似をして、危険な狩りであるにも関わらず、半人前の子供達が無血を叫んでいちいち
 狩りの内容に口を出す事は、もはや賞金稼ぎ達にとっては己の命の危機に直結する。
  それ故、マッドの呼びかけに多くの賞金稼ぎ達が応じた。
  酒場に雪崩れ込んだ少年達は、開いた扉の向こう側から冷やかに無数の銃口に見つめられ、その
 場に立ち尽くした。酒場にいたのは熟練の、どう考えても少年達が足元に及ばないような賞金稼ぎ
 達ばかりだった。
  本気で戦えば勝ち目はなく、また、大人達の眼に手加減の眼差しがない事も明らかだった。少年
 達が夢見る、無血での勝ちは贔屓目に見てもあり得ない。
  それでも銃を振り回して突撃しようとした少年は、その場で撃ち殺された。当然だった。
  流される仲間の血に怒りの声を上げた数人の少年は、しかしそれよりも早く床に押し倒されて縛
 り上げられた。足を竦ませていた少年達も同じように縛られ、そして保安官達のもとへ連れて行か
 れた。
  そこから先の事は、マッドの関知するべき事ではない。生け捕った犯罪者に裁きを下すのは、検
 事のするべき事だからだ。
  マッドが聞いたのは、抵抗した少年のうち銃を撃とうとした者は縛り首になるとの事だけだった。
 彼らは最期まで慈悲を請うたという。せめて銃殺にしてくれと言ったらしいが、マッドにはどうで
 も良い事だった。
  ただ、生き残った少年達はこれで分かっただろうと思う。この西部において、実は縛り首ほど不
 名誉な事はないという事が。マッドが対峙した賞金首達にも、そういう連中が何人かいた。それを
 稀に叶えてやった自分もどうかと思うが。
  それに、今回処刑人達にも文句を言われてしまった。子供の処刑をするほうにもなってみろ、と。
 一人始末してやっただろ、と言うと、ああそうだなと肩を落とされてしまった。縛り首にする側も
 楽ではないのだ。例え相手が極悪人であろうと。それを忘れて無血を叫ぶなど笑わせる。




 「………静まったな。」

  夜、木陰で酒瓶を傾けていると、夜の底から湧いたような声がした。それに驚くでもなく、マッ
 ドは口角を上げる。

 「んだよ、最近ずいぶんと積極的にやってくるじゃねぇか。」
 「………そちらは片付いたのか?」

  まるで何もかもを知っているかのような声で問われ、マッドは、ふん、とそっぽを向く。

 「特に片付けるほどの事はしちゃいねぇよ。面倒臭い事ならあったがな。」
 「………当分は起こらないだろう。」
 「あ?」

  やけに断定的なサンダウンの言葉に、マッドは片眉を上げてその暗い影を見上げた。闇に埋もれ
 そうなサンダウンの顔は良く見えなかった。しかし彼が何らかの事を成し遂げた事は伝わってくる。
 それがやけに冷徹な雰囲気を秘めていて、マッドは背筋がひやりとした。

 「おい、てめぇ、一体何をした。」
 「性質の悪い賞金稼ぎを一人撃ち落としただけだ。」

  まるで今日の夕飯はシチューだったと言うような声音で告げた男に、マッドはそれが何を意味し
 ているのか即座に理解した。
  そしてそれに対して何らかの文句を吐こうとして、文句を言う理由――賞金首が賞金稼ぎを撃ち
 殺す事は別におかしい事ではない――がない事に気づき、止める。代わりに零れたのは乾いた笑い
 声だった。

 「そうか、あいつ、あんたのとこにも行ったのか。」
 「…………ああ。」
 「で、なんか言ってたか。」
 「世迷い事をほざいていたな。」
 「世迷い事、ねぇ………。」

  色々と想像して、マッドはあまりにも色々な事が思い浮かんで、それを止めた。

 「それで、あんた、あいつの死体どうしたんだ?」
 「知らん。誰かが何処かに持って行っただろう。」

  その誰か、というのは多分コヨーテとか狼とかハゲワシとかだろう。 
  結構酷いなと思っていると、サンダウンの腕が急に伸びてきて、マッドの顎を掴んだ。手にした
 酒瓶の中がその拍子に激しく揺れる。取り落としこそしなかったが、一体何なのだ。

 「おい………!」
 「お前が、良い。」
 「は………?」

  声を荒げようとした矢先に、声を被せられ、しかもその意味が分からずにマッドは間抜けな声を
 出す。
  が、サンダウンはそんなマッドを置き去りに、すたすたと立ち去っていく。ぽかんとして見送っ
 ていると、その歩みは不意に止まり、しかし振り返らずに低く言い放った。

 「私を狩りにくる、玉座にいる賞金稼ぎは、お前が良い、と言ったんだ。」

  言うなり、また、ずんずんと立ち去っていく背の高い影。なんだか自分でも想定していなかった
 台詞を吐いてしまった後のようなその様子に、マッドは再び呆気に取られる。だが、その言葉の意
 味をようやく飲み込み、

 「あたりまえだろうが!てめぇを捕まえるのは、この俺様以外に誰がいるってんだ!」

  その背中に向かって、声を張り上げた。