マッドが寄付金を与えていれば、あの教会は助かったかもしれない。
  それがランダルの言い分で、世知に疎い少年達はそれをあっさりと信じた。もともと貧しいが故
 に賞金稼ぎにならねばならなかった子供達は、何処かで裕福な者達が自分達を助けてくれない事に
 対する不満を持っていたのだろう。
  じりじりと燻ぶる彼らの不満がとうとう爆ぜたその日、ランダルはサンダウンに接触した。
  そしてそれが、銃の腕と柔らかな物腰、そして正義感で、西部一の賞金稼ぎの座に肉薄しようと
 していたランダルの運の尽きだった。

 「初めまして、僕はランダルと言います。貴方が、サンダウン・キッドですね?」

  近づく気配に眉を顰めて振り返ったサンダウンの視線の先に、淡い茶色の髪をした青年がいた。
 柔らかな物腰に、ほんの一瞬貴族の香りを嗅いだような気がしたが、貴族特有の傲慢にも思える秀
 麗さがない事に気づき、似たような色をしているだけの庶民だと分かった。
  何よりも、その表情は貴族のように顔色を隠す事に慣れていない。平然と顔色を変える様を見や
 り、サンダウンは眉間に寄せた皺を更に深めた。
  けれども、素人じみた賞金稼ぎの青年は、サンダウンの表情など読む気もないのか、何事もない
 かのように言葉を紡いでいく。

 「僕は、貴方が誰なのか知っています。サンダウン・キッド。かつて無血逮捕で知られた名保安官。
  けれどもその銃の腕に挑もうとするならず者達が町に押し寄せるようになり、自らの首に賞金を
  懸けた………。」

  まるでそれが正しい事であるかのように、サンダウンの過去を暴くランダルには、一切の罪悪感
 も感じていないに違いない。現に彼は自分の言葉に酔ったかのように、歯の浮くような台詞を並べ
 立てていく。

 「僕は貴方の事を尊敬しています。保安官時代、どんな犯罪者であろうと殺さずに捕まえた貴方を。
  貴方こそ、この西部を律するのに相応しい。如何でしょうか?もう一度保安官に戻られて、この
  血みどろの荒野を、正しいあるべき姿に戻しませんか?」

  その誘い文句に、サンダウンはようやくこの青年が、ここ数日続いていた荒野のざわめきの原因
 だと悟った。マッドのもとで賑やかしくも狂いのなかった空気が、奇妙に歪んでいるのは、この所
 為か。
  正義感に溢れるこの若者こそが、西部の荒ぶる魂を曇らせる元凶。

 「今、この荒野は金を目的とした賞金稼ぎの食い物となっています。彼らは血を流す事に何の戸惑
  いもなく、また自分達が良ければ貧しい人々がどうなっても良いと考えている人間です。その筆
  頭が、賞金稼ぎマッド・ドッグ。彼は先日、孤児を集めて育てる教会を見捨てたのです。寄付金
  を得られなかった教会は焼け落ち、再建も望めぬまま、別の土地へ行くしかなかった。しかもそ
  の後、彼らの乗る馬車はならず者に襲われ、神父は殺され孤児達は行方知れずです。そんな現状
  を許しているあの男が、この荒野を支配しているなんて僕には許せない。」

  一息にそう言い放った青年の言葉は、噴飯もの以外の何物でもなかった。ランダルがおとしめて
 いる賞金稼ぎという職業はランダル自身の職業でもあるし、賞金稼ぎとて決して裕福なわけではな
 い。一度の狩りで数ヶ月間の生活を確保する賞金稼ぎは、それこそマッドくらいのものだ。
  そしてマッドは慈善活動として賞金稼ぎをしているわけではない。彼の貯めた金をどのように使
 うかは、それこそマッドの勝手だろう。
  それに何より、マッドはこの荒野を支配しているわけではないのだ。
  いや、もしかしたら支配しているといっても良いのかもしれないが、その為にマッドがどれだけ
 この荒野で得た情報の一つにさえ慎重になっているか、この青年は考えた事があるだろうか。マッ
 ドは決して、与えられた権利を貪るような男ではない。それに伴う責任も十分に理解している。

 「僕には未来を担う子供達がついていてくれる。彼らも今の現状には疑問を抱いている。ならば、
  この荒野は変わらなくてはならない。だから、子供達は今、自らの手で動こうとしている。」
 「……………何を、させるつもりだ?」
 「何もさせません。彼らは子供だ。僕は彼らをこの争いに巻き込むつもりはない。」
 「……………そうか。」

  ランダルのその台詞に、サンダウンは臓腑の内側から冷えた心地がした。
  子供達の事を口にしておきながら、彼らは無関係だと言い張るその神経は、紛れもなく無責任だ。
 ランダルはその事にさえ気づいていないのだろう。彼らは自分には関係ないと、彼らの事に責任は
 持たないと言っているようなものである事に。
  抑止力のない子供は、あっという間に暴徒化する。それを本気で分かっていない事が、おぞまし
 い。正義を掲げながらも、正しく物事を進められない人間が、この乱雑を極める大地を治めるなど
 虫唾が走る。
  まして、この青年は、正しい知識さえ持っていないのだ。それは、マッドが寄付しなかったとい
 う教会について、見当違いな憤りを覚えている時点で明白だ。

 「………無知は罪だ。」

  サンダウンは、舞台役者のように長台詞を吐いていたランダルに、それだけ告げた。サンダウン
 の声で自分の声を遮断されたランダルは、間の抜けた顔を見せた。

 「この荒野において大切なものは、なんだと思う?」

  それは銃の腕でも、周りの人間を引き寄せる話術でも気配でもなく、まして無血を貫く正義感で
 も慈悲でもない。
  情報が錯綜しやすく、狡猾な犯罪者達が嘘を垂れ流し、事実が何処かに埋もれてしまうような荒
 野では、情報を正しく読み取る知識と思慮深さが最も重要だ。
  もしも、この荒野の頂点にある玉座に着くのならば、尚更。




  あの夜。サンダウンが、マッドに何が起きているのかと問うたあの夜。マッドは件の教会に火を
 点けていた。
  理由は、教会の裏手で栽培されていた植物を見れば明白だった。
  畑を覆い尽くす緑は、見る者が見れば一瞬で分かる。それは芥子畑だった。阿片の材料になるそ
 れにマッドは火を点けたのだ。
  阿片は違法ではない。しかし表向きは貧しさを装っている教会が、それを栽培している時点で十
 分にきな臭い。阿片は決して安いものではないのだ。だから、マッドは教会を襲い、神父に問い質
 したのだ。この教会の現状を晒されたくなければ、本当の事を話せ、と。
 
 「あの神父、大したタマだぜ。芥子の世話をさせるために、孤児を集めてやがったのさ。」

  神父を教会から追い出し、火を放ったマッドはサンダウンにそう言った。孤児はまるで奴隷のよ
 うな扱いを受けるのだ、と。中には神父の欲望の捌け口になった子供もいるかもしれない、と。
  馬車で子供達をつれて一目散に逃げ出した神父達を見送り、マッドはしかし隠れ潜む犯罪者を逃
 がすつもりはなかったのだ。それは、神父の乗った馬車が『ならず者』に襲われて神父が殺された
 事からも明白だ。
  きっと、そのならず者はマッドがけし掛けた、ならず者ぶった義賊か何かだろう。彼らは神父を
 殺した後、孤児達を助け出して安全な場所に連れて行ったに違いないのだ。
  保安官では、とてもでは出来ない所業。
  西部一の賞金稼ぎは、そこまで出来なくては務まらないのだ。そしてそれが出来る人間は、サン
 ダウンの知る限り、マッドただ一人だった。




  サンダウンはそれをランダルに告げる事はしなかった。何処までも素人で、他人を傷つける事に
 無自覚な青年に、それを理解しろというのは到底無理な話に思えたからだ。彼に、生け捕りにした
 後の賞金首の死について、彼にも責任があるのだと説いたところで、分かりはしないだろう。
  物事の繋がりを考える事が出来ない人間だ。教会が焼け落ちた理由は考えず、眼に見える不幸に
 ばかり心を砕く。
  そんな人間に、支配などされたくない。
  だから、放っておけば無自覚に無意味な争いを引き起こす青年の眉間に、この荒野を平定しての
 けたマッドに無責任にも子供達をけし掛けた青年の眉間に、銃弾を撃ち込んだ。