ランダルと言葉を交わしたのは、それが最初で最後だった。
  マッドが一人、酒場の隅で酒を飲んでいる時に、よりにもよって近づいてきたのだ。マッドは人
 付き合いは悪くないが、しかしこうしてわざわざ隅を選んでいる時は、誰かと一緒にいるのが億劫
 な時だ。
  西部一の賞金稼ぎとして君臨するには少しばかり若く、また身体つきも荒々しさに欠けるマッド
 は、その地位に辿り着くまでに銃の腕だけでなく思考回路も研ぎ澄ませてきた。元来考える事に長
 けた頭は、しかし同時にいらぬ事も考える時がある。
  そういった時は、出来る限り一人でいるのだ。人付き合いに煩わされず、流れ続ける思考が治ま
 るのをただ待つだけの時間が。
  付き合いの長い賞金稼ぎや娼婦なら、マッドのそんな気配に気づいただろう。一人でいたのだと
 醸し出す雰囲気に。
  けれどもランダルはそんな雰囲気は感じなかったのか、それとも端から感じ取る気などなかった
 のか、平然としてマッドに近づいてきた。
  マッドは脇に立って自分を見下ろす青年を、視線だけを動かして見上げた。淡い笑みを浮かべる
 青年の顔には、以前見た露骨な眉間の皺はない。だからと言って、マッドのように賞金首を殺す賞
 金稼ぎに対して嫌悪感がないわけではないだろう。
  浮かべられた表情を相手の感情だと思い込むほど、マッドはおめでたくはない。

 「マッド・ドッグさん、ですね?僕はランダルといいます。」

  馬鹿丁寧な言葉遣いに、マッドは特に反応を見せなかった。表情のない視線で見つめていると、
 その前でランダルの笑みはますます深くなる。それはちょうど、何も知らない子供が自分だけは
 仲良くなれるのだと思い込んで猛獣に笑いかけるそれによく似ている。

 「貴方の噂はよく聞きます。なんでも狙った賞金首は全員捕えてきたとか。」
 「用件だけを言え。」

  友好的に話を進めようとするランダルの声を、マッドは面倒臭そうにぶった切る。よく知りもし
 ない上に興味もない相手の御託を聞く趣味はマッドにはない。
  マッドの冷やかな声音に気づいたのだろうか、ランダルが鼻白んだような気がした。一瞬で笑み
 を消してしまった青年に、彼がどうしようもない素人である事にマッドは気づく。ランダルは、対
 外的な交渉術は何も持っていないのだ。それでも賞金稼ぎ達の中で噂になったのは、一重にその物
 腰の良さと付き纏う少年達の働きによるものか。
  賞金首を生け捕りにしてきたという銃の腕に間違いはないものの、組織的に何らかの事を起こす
 には、ランダルはあまりにも稚拙だ。
  それだけの事を一瞬で見抜いたマッドは、それでもランダルの運と、無垢であるが故の面倒臭さ
 にげんなりとする。確かにこれは、賞金稼ぎ達の言うように、酷く面倒な男なのかもしれない。
  表情一つ変えずにそれだけの思考を巡らせるマッドに、ランダルはそれを見抜く気はないのだろ
 う、さっさと用件を口にした。

 「では本題に入りましょう。寄付していただきたいのです。」

  真っ直ぐな瞳でそう告げた青年に、マッドは感情の欠片も見せなかった。それを気にする事もせ
 ず、ランダルは話を続けていく。

 「カウ・シティという町を御存知ですか?小さく貧しい町です。そこに、孤児を集めて面倒を見て
  いる教会があるのですが、その教会も、とても貧しく、子供達を養う事は難しい。そこで、僕は
  彼らを助ける為に寄付金を募っているのです。」

  ランダルは粗末な木の箱を差し出して見せた。中でカランカランと音がするところをみると、そ
 れほど金は入っていないようだ。
  それを一瞥してマッドは葉巻に火を点ける。そして短く告げた。

 「断るぜ、俺は。」
 「な!貴方には、貧しい人達を救おうという気持ちはないんですか!彼らは今日も苦しんでるんで
  すよ!」
 「俺なら、助けられもしないくせに孤児を集めるほうの気が知れねぇな。」
 「飢えている子供を見たら助けたくなるのは人の性です!」
 「だったらてめぇで助けてやれよ。てめぇの金で助けてやりな。」

  氷のようにひんやりとした言葉に、ランダルはマッドを睨みつけた。そして苦々しい口調で吐き
 捨てる。

 「やはり貴方のような人に頼むのではなかった!所詮、人殺しは人殺しだ!」

  叫ぶランダルの声に、酒場にいた少ない客がこちらを見る。それを振り払うように、ランダルは
 募金箱を持って酒場を出ていく。
  憤りを隠せない様子の後ろ姿を横眼で眺めやりながら、マッドは小さく思案した。




  とある夜、マッドはサンダウンに会っていた。
  マッドが捜し当てたのではない。むしろその日、マッドはサンダウンに逢うつもりなど毛頭なか
 った。それでも出会ってしまったという事は、それはただの偶然か、それとも逆にサンダウンがマ
 ッドを捜し出したのか。
  横顔を橙の炎で照らされながら、マッドが沈黙していると、珍しい事にサンダウンのほうから口
 を開いた。

 「……………何かあったのか?」
 「ああ?」
 「最近、騒がしい。」

  荒野の化身のような姿をした男は、もしかしたらランダルにより引っ掻き回されている賞金稼ぎ
 や娼婦、町の人々に気づいているのかもしれない。それにより、荒野全体が落ち着かない事を肌で
 感じ取っているのかもしれない。
  そして、その何処かにマッドが関わっていると思っているのだろう。

 「別に、何もねぇよ。」
 「……………そうか。」

  マッドの答えに対し、男は特に否定をしなかった。しかしその声音からは、マッドの言葉を信じ
 たという気配も見られなかった。代わりに、小さく呟いただけだった。

 「誰も知らないんだろうな…………西部一の賞金稼ぎともなれば、こんな事までしなくてはならな
  い事など。」
 「俺が勝手にしてるだけだ。立ち位置は関係ねぇよ。」
 「……………そうだな。」

  最後、サンダウンが何かを言いかける気配がしたが、マッドはそれを追求しなかった。
  燃え盛る炎の中で、何かが爆ぜる音がした。




  次の日、カウ・シティの教会が焼け落ち、神父と修道僧、孤児達は命からがら逃げ出したものの
 町にはもういられなくなり、何処か別の場所へと移動する事になったという。
  ランダルがそれに酷く同情しており、そしてマッドについて酷く罵っているという事を、マッド
 は賞金稼ぎ仲間達から聞いた。だがそれはマッドにしてみればランダルの無知を確信するだけの出
 来事でしかなく、ランダル自身には特に興味もなかった。
  町を出た神父と孤児達が乗る馬車が襲われ、神父は殺され、孤児達は何処かに連れ去られたとい
 うのも、マッドにはもはや過ぎ去った出来事でしかなかった。